名無しの権兵衛
一条は思わず眉を顰ひそめたが、努めて冷静に振る舞おうとした──ここで冷静さを失ってしまえば相手の思う壺だと思ったからだ。
「それで俺に何の用でしょうか?」
「そう
「お願いしたいこと……?」
一条は警戒しながら尋ねる。
すると、男はククッと笑い声を上げた後で言った。
「簡単なことさ──君の大切な恋人である『セリナちゃん』の命を救って欲しいんだ……」
(!?)
思いがけない発言に一条は動揺する──どうしてこの男が彼女の名前を知っているのかと疑問に思ったが、今はそれどころではない。
「セリナさんの命を救って欲しいとは……どういう……」
動揺しながらも一条は質問を投げかける──すると、男は淡々とした口調で答えた。
「そのままの意味だよ……彼女は今、とても危険な状況にあるんだ」
「具体的にはどういうことですか?」
「まあ、簡単に言えば……彼女は誰かに狙われているということだよ」
「なっ……!」
一条は驚きの声を上げる──それと同時に背筋がゾッとした感覚に襲われた。そして、同時にセリナの身を案じる……今すぐにでも彼女の元へ行きたかったが、この状況ではどうすることもできないだろう。
(どうすればいい……!?)
一条が思案に暮れていると、電話口の向こう側から笑い声が聞こえてきた……その声を聞くと無性に腹が立ったがグッと堪える。
「何がおかしいんですか?」
「いや……別に君を笑ったわけじゃないよ」
男はそう言うと、更に続けて言った。
「ただ、君が考えていることは手に取るように分かるからさ……」
(こいつ……一体何者なんだ……?)
一条は得体の知れない相手に対して、恐怖を感じていた──だが、ここで怖じ気づいてしまえば相手の思う壺だろうと思い、平静を装った。
「それで、俺にどうしろと言うんですか?」
「簡単だよ──君がセリナちゃんを助けてあげればいい」
「どうやって?」
一条の質問に、男は含み笑いをした後で答える。
「それは君次第だよ……まあヒントくらいは出してあげようかな?」
男はそう言うと、静かに言った──。
「このままだとセリナちゃんは……死ぬよ」
「セリナさんが……死ぬ!?」
一条は思わず聞き返す。
「ああ、彼女は時期に命を落とすことになる……。3日後の8月22日だ」
電話口の向こう側にいる男が言っていることは本当なのだろうか? もし本当なら、今すぐにでもセリナさんの元へ駆けつけて助けたい──だが、本当に信じていいのだろうか? いや、そもそもこれは罠なのではないか? そんなことを考えているうちに、一条は頭が混乱してきた……どうすればいいのか分からなくなっていたのだ。
「迷っているみたいだね?」
男は一条の心を見透かしたように言ってくる。
「ええ、まあ……」
一条は正直に答えた──すると男は、ククッと笑った後で言った。
「まあ、無理もない……いきなりこんなことを言われたら誰だって混乱するだろうしね」
「でも、これは冗談ではないんですよね?」
「もちろんだよ……私はいつだって本気さ」
男は自信満々に答える。その言葉を聞いた瞬間、一条の腹は決まった──今はこの男を信じるしかないだろう。
「分かりました……それじゃあ今からセリナさんの家に行っ──」
「いいや……君には明日の午後8時に新宿駅東口の『アルタ前』に来てもらいたい」
一条の言葉を遮りながら男は言った。
「新宿駅東口のアルタ前……ですか?」
「ああ、そこで君を待ってるよ……一条悠人くん」
「どうして俺の名前を──」
男との電話が途切れたしまった。
その後、一条は呆然としたままベッドに倒れこんだ。
(一体どういうことなんだ……?)
あの男が何を考えているのかさっぱり分からない……だが、今は奴を信じるしかないだろう。
「クソッ……!」
一条は悪態を吐くと、スマホを枕元に放り投げた。そして、深い溜息を漏らす──すると、不思議と眠気がやってきたような気がしたので、そのまま目を閉じることにした……明日に備えるためにも、今は休むことが最善だろうと思ったのだ。
(絶対に救ってみせる……!)
心の中でそう呟くと、一条は眠りについたのだった──。
◇◆◇◆
8月20日。時刻は19時55分。
一条は新宿駅東口にあるアルタ前に来ていた。周囲には大勢の人が行き交っているが、その中でも一際目を引く存在がいた。
(あれが……名無しの権兵衛か?)
そこに立っている男は、白いローブのようなものを羽織っており、顔は見えないように深くフードを被っているため、表情を確認することができない。
(一体どんな人物なんだろう……?)
一条は思わず身構えた。
すると、男が一条に気付いたらしく歩み寄ってきた──そして、目の前まで来ると笑みを浮かべて言った。
「こんばんは、一条悠人くん」
「名無しの権兵衛……ですか?」
一条が警戒しながら尋ねると、男は首を縦に振った。
「ああ……そうだよ」
(こいつが……)
一条は目の前にいる人物に対して、強い嫌悪感を抱いていた──その理由は至って単純明快だ。彼は見るからに怪しい雰囲気を漂わせているからだ。まるでこちらの全てを見透かしているような瞳に見つめられると、背筋がゾッとした感覚に襲われてしまう……。
「立ち話もなんだから移動しようか?」
男はそう言うと、スタスタと歩き始めた。
一条は慌てて後を追いかける──すると、男は振り返らずに言った。
「心配しなくても大丈夫だよ。私は君に危害を加えるつもりは毛頭ないから」
「…………」
(信用できるわけがない……)
一条は無言のまま歩き続けた──。
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