彼女の家

 道中では他愛もない話をしたりしていたが、一条の頭の中はセリナのことでいっぱいだった。


 そしてついに目的地に到着したようだ──そこは住宅街の一角にあるマンションだった。


 中に入るとセリナはエレベーターに乗り込んで6階のボタンを押した──どうやら最上階に住んでいるらしい。


 エレベーターを降りてから少し歩いたところでセリナは立ち止まった。


「ここが私ん!」


 そう言ってセリナが指差す方を見ると、そこには『603号室』と書かれたプレートがあった。

 

 それから鍵を開けると、中へ入るように促されたので足を踏み入れた……部屋の中に入ると綺麗に整頓されており、とても清潔感のある空間が広がっていた。


「入って!」


 セリナは笑顔で言うと、キッチンへと向かった。そしてお湯を沸かすと紅茶の準備を始めたようだ……。


(セリナさんのご両親はまだ帰ってきてないのかな……?)


 一条はそんなことを思いながらソファに腰掛けていると、目の前にマグカップが置かれた。中には湯気が出ている紅茶が入っているようだ。


 それを見た瞬間、自然と喉がなった。


「ありがとう」

「どういたしまして……熱いから気をつけてね」


 セリナは微笑みを浮かべながら言った──その表情はまるで天使のように美しく見惚れてしまうほどだった。それからしばらくの間は静寂に包まれたが、居心地の悪さを感じることはなかった……むしろ心地よいとさえ感じたくらいだ。2人で映画について語り合ったり、学校での出来事を話したりしているうちに、時刻は午後10時になっていた。


 そろそろ帰らないといけないと思い、一条は立ち上がる──すると、セリナが寂しそうな表情を浮かべた。


「もう帰っちゃうの……?」


 セリナは残念そうに言ってくる……その表情を見ていると、一条は胸が締め付けられるような気持ちになった。できることならずっと一緒にいたいと思ったが、これ以上迷惑をかけるわけにはいかないと思い、踏みとどまった。


「セリナさん、今日はとっても楽しかったよ……ありがとう」


 一条がそう言うと、セリナは笑顔を浮かべて言った。


「私もすっごく楽しかった! またどこかに遊びに行こうね」


 セリナの言葉に一条は微笑みながら頷いた──そして、玄関へと向かう。


「それじゃあまた明日、学校で……」


 一条はそう言ってドアノブに手をかけようとした瞬間──後ろから抱きしめられる感触を感じた。驚いて振り返ると、セリナは一条の胸に顔を埋めながら呟くように言った。


「もっと一緒に……いたいな」


 その言葉を聞いた瞬間、一条の胸が大きく高鳴った──そして、同時に身体が熱を帯びていくのを感じた……それと同時に鼓動が激しくなっていくのを感じる。


「セリナさん……」


 一条はセリナの名前を呼ぶと、そのままゆっくりと唇を重ね合わせた──最初は軽く触れるだけのキスだったが、次第に深いものへと変わっていった。お互いの舌が絡み合う度に快感が生まれていき頭の中が真っ白になっていく……。


 長い口づけを終えると、セリナは名残惜しそうな表情を浮かべながらゆっくりと離れた──銀色の橋がかかるのを見て恥ずかしくなるが、それ以上に幸せな気分になっていた。


「ふふっ……今日はこれで我慢しておくね!」


 セリナは悪戯っぽく微笑むと、一条から離れていった。それから彼女は自分の唇に指を当ててウインクをした──その姿がとても可愛らしく見えた。


「悠人くん、おやすみ」

「お、おやすみ……」


 一条は戸惑いながらも返事をした。

 そしてそのままエレベーターに乗ると、地上へと降りた──その間も胸の高鳴りは収まることはなかった。むしろ時間が経つにつれて、強くなっていっているような気がした──。


◇◆◇◆


 一条は自宅に帰ると、ベッドに倒れ込んだ……目を閉じると今日の出来事が鮮明に蘇ってくる──同時に胸の高鳴りも強くなっていった。


(俺は一体どうしてしまったんだろう……?)


 そう心の中で呟くが、答えは出てこなかった……ただ1つだけ言えることは、セリナに対する想いが強くなっているということだ。


 一条は自分の唇を指でなぞりながら深い溜息を吐いた──明日どんな顔をして彼女と会えばいいのか分からない……でも会いたいという気持ちだけは強かった。


「はぁ……」


 自然と溜息が出てしまうほど憂鬱な気分になってしまう……このままではいけないと思い、一条は気分を切り替えるためにシャワーを浴びることにした。


 湯船に浸かり、身体を温めると──次第にリラックスしていくのを感じた。そのまま目を閉じれば眠れそうだと思ったが、脳裏に浮かぶのはセリナのことばかりである。


「はぁ……」


 一条はもう一度溜息を吐くと、湯船から上がった──そして身体を拭き、パジャマに着替えてベッドに入る……だが、一向に眠気が訪れる気配はなかった。


(明日も学校なのにな……)


 そんなことを思いながら瞼を閉じるが、眠れない……それどころか余計に目が冴えてしまった気がする。 


(このままじゃダメだ……何か他のことを考えよう) 


 そう思い、一条は思考を巡らせる──しかし、思い浮かぶのはセリナのことばかりだった。


(ダメだ……全然眠れない)


 一条が困り果てていると、ふとスマホが鳴ったので手に取った。画面を見ると──そこには『非通知』と表示されてある。


(こんな時間に誰だろう……?)


 一条は怪訝に思いながらも電話に出ると──そこから聞こえてきたのは、聞き覚えのない男の声だった。


「もしもし?」


 訝しげに返事をすると、相手の男はクスリと笑った後で言った。


「やぁ……初めまして」

「どちら様でしょうか?」


 一条は警戒しながら尋ねる──すると、相手の男は落ち着いた口調で答えた。


「そんなに怖がらなくて大丈夫だよ。別に怪しい者じゃないからさ……」


 男はそう言うとクスクスと笑う──まるで一条の反応を楽しんでいるかのようだ。

 そんな男に対して、一条は苛立ちを覚えながら再度尋ねた。


「もう一度お聞きしますが、どちら様ですか?」


 男は咳払いをすると、落ち着いた口調で答えた。


「おっと、これは失礼したね……私の名は──

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