苦渋の選択
(まさかとは思うが、茜は本当にそのジンクスを信じているのか? ……いや、絶対に信じているな)
「茜……それ本気で言ってるのか?」
一条は恐る恐る尋ねた。
すると──茜は笑顔で答えた。
「もちろん本気だよ! さあ、お兄ちゃん! 私とキスしよ!」
「……マジで?」
一条は内心焦り始めていた。
確かに茜とは仲が良いが……さすがにキスをするのは抵抗がある。しかも、彼女がいる前で妹とキスするのはマズいだろう。なんとかして断ろう──そう思ったのだが……。
「わ、私もしたい! 悠人くんとキス!」
セリナが口を挟んできた。彼女の目は本気だった。絶対に退くつもりはないらしい……。
「いや、さすがにそれは……」
一条は苦笑いを浮かべながら拒否した。
しかし、セリナは諦めようとしなかった。
「お願い! 悠人くん!」
そう言うとセリナは身を乗り出してきた。
彼女の顔がどんどん一条に近づいてくる……これは本気でキスしようとしているようだ。このままではマズい──そう思った時だった。
茜が口を開いた。
「じゃあさ、お兄ちゃんに選んでもらおうよ」
「選ぶ?」
一条は首を傾げた。
選ぶも何も……2人のどちらかを選ぶなんてできない──そう思っていたのだが、茜の口から衝撃的な発言が飛び出した。
「私とセリナさん──どっちとキスするか選んでもらうんだよ!」
「え? いや、それは……」
「さあ、選んで! お兄ちゃん!」
2人は期待に満ちた目で見つめてくる。
一条としてはどちらも選ばず逃げたかったのだが……逃げ道はなかった。
一条が選べずにいると──2人は同時に顔を寄せてきた。
「お兄ちゃん、どっち?」
「悠人くん、どっちなの?」
2人は迫ってくる──一条は完全に追い詰められた状況だった。
一条は考えた──どちらかを選べばもう一方を傷付けることになる。
だから──。
「2人とも大好きだ!」
一条は叫んだ。
すると──2人の動きが止まった。
「え?」
「はい?」
2人は戸惑った表情を浮かべた。
だが、一条は構わず続けることにした。
このままでは埒が明かないと思ったからだ。
一条は自分の想いを告げることにした。
「俺はどっちも選べない……だから、両方とキスするよ!」
「……それってどういう意味?」
セリナは訝しむような視線を向けてきた。
どうやら彼女はまだ理解できていないようだ。
ならば、分かりやすく説明しよう。
「だから……3人でキスしよう!」
一条は堂々と言い切った。
それを聞いた2人は絶句した──しかし、すぐに我に返ると慌て始めた。
「お、お兄ちゃん……本気なの!?」
茜は戸惑いながら一条に聞いてきた。
それに対して一条は真剣な眼差しで答える。
「ああ、本気だよ」
一条がセリナの方を見ると、彼女は顔を真っ赤にしながらコクンと頷いた。どうやら彼女は了承してくれているらしい……。そのことに安堵していると──ついに頂上に到達した。
「じゃあ……するよ?」
一条は2人に尋ねる──すると、2人とも黙って頷いた。それを見届けると、一条はゆっくりと顔を近づけていく。
そして──3人の唇が重なった。
3人は観覧車を降りると、出口に向かって歩き始めた。道中、会話はなかった。だが、気まずいという訳ではない。むしろ心地よい沈黙だったと言えるだろう……ただ黙って歩いているだけで幸せだと感じていたのだ──その時だった。
「ねぇ、お兄ちゃん……」
突然、茜が話しかけてきた。
一条は立ち止まり、彼女の方を振り返る──すると、茜はいきなり抱き着いてきた。
「ど、どうしたんだ? いきなり……」
突然のことに動揺する一条に対して、茜は満面の笑みで言った。
「大好き!」
その一言を聞いた瞬間、一条の心臓が大きく跳ね上がった気がした。胸が高鳴り、顔が熱くなるのが分かる。一条は自分の顔が赤くなっているであろうことを自覚していたが……それでも構わないと思った。今この瞬間だけは自分の気持ちに素直になろう──そう思ったからだ。
「俺も大好きだよ」
一条は茜を抱きしめ返した。すると、彼女は嬉しそうに笑ったあと──さらに強く抱きしめ返してきた。その力があまりにも強いので少し苦しかったのだが……不思議と嫌ではなかった。むしろ、心地良いとさえ感じていた。やがてどちらからともなく離れると照れくさそうに笑い合った。
その様子を隣で見ていたセリナが羨ましそうな視線を向けてきて──。
「ゆ……悠人くん!」
突然、セリナが大きな声を上げたので驚いた一条だったが、彼女は意を決したように口を開いた。
「わ、私にも……」
「ん?」
「私にも妹さんと同じようにして……」
「もちろん」
一条は即答した。
断る理由などない……むしろ、こちらからお願いしたいくらいだからだ。
「えへへ……!」
セリナは顔を真っ赤にしながら嬉しそうに微笑んだ──その笑顔は反則級に可愛かった。一条が思わず見惚れていると……彼女はおずおずと手を伸ばしてきた。その手を取ると、優しく握り返す──それだけで幸せな気持ちになれた気がした。
それからしばらく時間が経ち、辺りはすっかり暗くなり始めていた。
そろそろ帰る時間だと判断した3人は、遊園地を後にすることにした。出口に向かって歩いている途中、一条は2人の様子を窺った──すると、2人ともまだ興奮冷めやらぬといった様子だった。無理もない……今日は本当に楽しかったのだ。
「ねぇ、お兄ちゃん」
ふと、一条の隣を歩く茜が声をかけてきた。
一条が茜に視線を向けると──彼女は上目遣いで見つめてきた。その表情からは何かを訴えかけるような印象を受ける。おそらく……お腹が空いたのだろう。
「何か食べてから帰るか?」
一条が提案すると、茜は嬉しそうな表情を浮かべて頷いた。その様子を隣で見ていたセリナは羨ましそうな視線を向けてきたが、何も言わなかった──彼女もお腹が空いているのだろう。
「2人は何が食べたい?」
一条は尋ねてみた。
すると、2人はほぼ同時に口を開いた──その瞬間、言葉が重なる。
「ラーメン!」
「私はラーメンが食べたい!」
2人は同時に見つめ合った──数秒間の沈黙の後、先に口を開いたのは茜だった。
「え? なんで被るの?」
「それはこっちの台詞なんだけど……」
2人は激しく火花を散らし始めた──その様子を見守っていた一条は苦笑いを浮かべると、2人の間に割って入った。そして、それぞれの頭に手を置くと、優しく撫で始めた。
「喧嘩しないの……。じゃあ、ラーメンで決まりだな」
こうして3人は、近くのラーメン屋に入店するのだった。
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