二人きりの時間

 そして、一条はすぐにシャワーを浴び始めた。


 頭からお湯を浴びながら大きく息を吐く。


(危なかった……もう少しで理性が吹っ飛んでいたところだった)


 一条が胸を撫で下ろしていると──扉越しに声が聞こえてきた。


「悠人くん、タオルと着替え置いておくからね!」

「うん……ありがとう」


(ていうか、セリナさんって意外と強引なところがあるんだな……)


 一条は苦笑いを浮かべると──浴室を後にした。そして、バスタオルで身体を拭いて着替えると、リビングに戻ることにした。


 リビングに戻ると、夕食の準備をしているセリナの姿があった。彼女はエプロンを身に着けており、テキパキと動いている。

 

 ──その後ろ姿は実に美しかった。


(やっぱり綺麗だなぁ……)


 一条が見惚れていると、セリナが気づいたようだ。彼女は振り返ると、ニコリと微笑んで言った。 


「あっ、悠人くん! ちょうど呼びに行こうと思ってたの」

「ごめんね……色々と迷惑かけちゃって」

「ううん、全然迷惑じゃないよ! むしろ嬉しいくらいだし!」


 セリナは笑顔で答えると──夕食の準備を再開した。テーブルの上には既に料理が並んでいた。どれも美味しそうだ。


(なんだか申し訳ないな……)


 一条が罪悪感に苛まれていると──セリナが声をかけてきた。


「さっ、座って!」

「あっ、うん……」


 一条は言われるままに席に着くと、手を合わせた。そして──食事を始めた。セリナはその様子を微笑みながら見つめていた。一条が食べていると、不意に彼女は口を開いた。


「悠人くん……」

「ん?」

「もしよかったら……食べさせてあげようか?」


 セリナが頰を赤く染めながら提案してきた。そんな彼女の姿は可愛らしく思えたが──同時に恥ずかしくもあった。だが、せっかくの申し出なので、一条はお願いすることにした。


「じゃあ……お願いします」

「う、うん!」


 セリナは嬉しそうに返事をすると、箸を手に取り、料理を一口サイズに切り分けると一条の口元へと運んでいく。そして──それを口の中に入れた。


(なんかすごいドキドキするな……)


 一条は緊張しながら咀嚼する。味はよく分からなかったが、とても幸せな気分になったのだけは確かだ。その後もセリナに食べさせてもらいながら、一条は食事を続けた。


 そして、あっという間に完食してしまった。


「ごちそうさまでした」


 一条が手を合わせると──セリナは食器を片付け始めた。それが終わると、セリナは再び一条の隣に座った。そして、一条の肩に頭を預ける。彼女の甘い香りが一条の鼻腔をくすぐった。


「今日はありがとう……色々としてくれて」

「気にしないで! 私は悠人くんの彼女なんだから!」


 セリナは照れ臭そうに笑うと、一条の手を握った。そして、指を絡ませるように握ってくる。いわゆる恋人繋ぎだ。手から伝わる温もりが心地よく感じた。


「ねぇ、悠人くん……一つお願いがあるんだけど……」

「なに?」

「その……キスしてほしいな」


 セリナが上目遣いで見つめてくる。その表情はとても可愛らしく思えたが──同時に艶やかでもあった。一条はごくりと唾を飲むと──覚悟を決めた表情で言った。


「分かった……でも、その前に聞きたいことがあるんだ」

「ん? 聞きたいこと?」

「どうして俺なんかを好きになったんだ? セリナさんみたいな綺麗な人が、俺を好きになる理由が分からないよ」


 一条は疑問に思っていたことを口にした。

 すると、セリナは恥ずかしそうに俯いた。


 そして──小さな声で答える。


「一目惚れ……」

「えっ?」


 予想外の答えだったので、一条は思わず聞き返してしまった。すると、セリナは頰を染めてモジモジし始めた。そして、上目遣いでこちらを見つめてくる。その仕草は反則級に可愛らしかった。


「初めて会った時から悠人くんのことが気になって……気がついたら好きになってて……」


(マジか……)


 一条は自分の顔が熱くなるのを感じていた。

 まさか一目惚れだったとは、思いもしなかったのである。


「そ、そっか……ありがとう」

「いえ……」


 二人の間に沈黙が流れる。

 一条は緊張しながら覚悟を決めた。

 そして──ゆっくりと唇を重ね合わせた。柔らかい感触が伝わってくると同時に幸福感を感じた。


 そして──唇を離して目を開けると、セリナの顔が真っ赤になっていた。彼女は恥ずかしそうに俯いている。そんな彼女を見ていると愛おしさが込み上げてきた。


(あぁ……ヤバいな)


 一条はセリナの肩を掴むと、彼女の目を見つめながら言った。


「もう一度キスしてもいい?」

「うん……」


 セリナは小さく答えると──そっと目を閉じた。

 一条は優しく唇を重ねると、セリナの背中に手を回した。彼女もそれに応えるように抱き返してくる。


 二人はしばらくの間、そのままの状態で抱き合っていた──。

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