看病のはずでは!?

「はぁ!?」


 一条は思わず声を上げた。

 

 すると、茜はクスリと笑いながら言った。


「冗談だよ! でも、私のファーストキスの相手がお兄ちゃんでも、別に私は嫌じゃないよ!」

「ふざけるなよ……ったく」


 一条は呆れた表情を浮かべると──ベッドから起き上がった。そして、茜の頭を優しく撫でる。 


 すると、茜は嬉しそうに微笑んだ。


「えへへ……お兄ちゃんの手、あったかい」

「そうか?」

「うん……もっと撫でて欲しいな……」


 茜は甘えた声で言った。その目はトロンとしており、どこか色っぽい雰囲気を醸し出していた。一条は思わずドキッとしたが──平静を装って妹の頭を撫で続けた。すると、茜は気持ち良さそうな声を漏らす。そんな妹の姿はとても可愛らしく見えた。


(なんか、妹相手にドキドキするなんて……情けないな)


 一条は心の中で自嘲した。

 だが、不思議と嫌な気分ではなかった。

 むしろ心地よいとさえ感じていたのだ。


(俺ってシスコンなのかな……?)


 一条がそんなことを思っていると──茜が不満げな表情を浮かべた。


「お兄ちゃん、どうして無視するの?」

「え? いや……別に……」


 一条が狼狽えていると──突然、部屋の扉が開いた。そこには驚いた表情を浮かべているセリナの姿があった。


「ゆ、悠人くん……!?」

「セリナさん!? どうしてここに……?」


 一条は動揺しながら質問した。

 すると、セリナは戸惑いながらも答えた。


「悠人くんが心配で様子を見に来たんだけど……まさか、妹さんとそういう関係だったなんて……」

「いや、違うから!」


 一条は慌てて否定しようとしたが──それよりも先に茜が声を上げた。


「そうだよ! 私たちは愛し合ってるの! だから邪魔しないで!! お兄ちゃんの……お兄ちゃんの……そう言えばこの人、お兄ちゃんとどういう関係なの?」

「えーと、それは……」


 一条が言葉に詰まっていると──セリナが代わりに答えた。


「悠人くんの彼女よ!」

「あっ……」


 一条は思わず声を上げた。


(ちょ……セリナさん!?)


 すると、茜は目を見開いて驚いていた。


「お、お兄ちゃん……彼女いたの!?」

「あっ、いや……違うんだ!」


 一条が慌てて否定すると──今度はセリナが爆弾発言をした。


「私たちはキスもした仲なのよ!」

「ちょっ……!!」


 一条は慌てて止めようとしたが──既に遅かった。茜は頬を真っ赤に染めて、口をパクパクさせていた。そして──瞳に涙が溜まっていく。


「そ、そんなの嘘だよ! お兄ちゃんがこんな綺麗な人と付き合うなんて……!」


(確かにそうだけど……本人がいる前で口に出さないでくれよ! 俺の心が傷つくから!)


 一条は心の中で叫んだ。

 だが、既に後の祭りである。

 茜は涙目になりながら叫んだ。


「お兄ちゃんの浮気者! もう知らない!」


 そして、茜は勢いよく部屋を飛び出して行ってしまった。


(あぁ……やっちまった)


 一条が頭を抱えていると──セリナがクスクスと笑っていた。


「妹さんに浮気者って言われちゃったね!」

「笑い事じゃないですよ……」


 一条が不満げに言うと──セリナは微笑ましそうに見つめてきた。そして、彼女は一条の隣に腰を下ろした。


「体調はどう?」

「熱もだいぶ下がったし、良くなったよ」

「そっか……よかったぁ……」


 セリナは安堵の表情を浮かべると、そのまま一条に寄り添ってきた。その行動に一条はドキッとする。


(ち、近い……!)


「悠人くん……ごめんね」

「えっ?」

「私のせいで悠人くんに迷惑かけて……本当にごめんなさい」


 セリナは申し訳なさそうな表情で謝罪してきた。どうやら彼女は責任を感じているようだ。だが、一条は首を横に振ると優しく語りかけた。


「俺は別に迷惑だと思ってないよ」

「でも……」

「確かに昨日は大変だったけど、結果的には良かったと思ってるよ。セリナさんを守れたからね」

「悠人くん……」


 セリナは目に涙を浮かべると、一条に抱きついてきた。そして、一条の胸に顔を埋める。セリナの身体の柔らかさと温かさを感じた瞬間──一条の心臓が高鳴った。


(あっ、ヤバい……これ!)


 一条が戸惑っていると──セリナが上目遣いで見つめてきた。その瞳は潤んでいるように見える。彼女の桜色の唇が艶めいていた。


「ねぇ、悠人くん……キスしてほしいな」

「えっ!?」


(いやいやいやいや! それはまずいって!)


 一条は必死に理性を保ちながら答えた。


「俺、風邪引いてるから……その……風邪をうつしたら大変だし……ね?」

「大丈夫、移っても平気だから……お願い」


 セリナは甘えた声で一条に迫ってくる。

 彼女の吐息が一条の頰に当たる度にゾクゾクとした感覚が襲ってくる。


 一条は理性を保つのに必死だった。


(だ、ダメだ! 耐えろ俺!)


 心の中で自分に言い聞かせながら、必死に耐える。


 すると──セリナが悲しそうな表情を浮かべた。


「やっぱりダメ?」

「そ、そういうわけじゃ……」

「なら……いいよね」


 セリナはそう言って──一条の頰に手を添えてきた。そして、ゆっくりと顔を近づけて唇を寄せてくる。


「ま、待って!」


 一条が叫ぶと──セリナはハッとした表情を浮かべた。そして、慌てて一条から離れると顔を真っ赤に染めて俯いてしまった。


(危なかった……もう少しで理性が吹っ飛んでいたところだった)


 一条は安堵の溜息をつくと──ゆっくりとベッドから抜け出した。そして、着替えを持って浴室に向かうことにした。

 

 すると、後ろから呼び止められた。


「悠人くん……! どこに行くの?」

「えっと……汗かいたからシャワーを浴びようと思って」

「そ、それなら私も一緒に……」


 セリナが頰を赤く染めてモジモジしながら言う。その様子を見て、一条は頭を抱えたくなった。


(頼むから勘弁してくれ……!)


「いや、一人で大丈夫だから……」

「でも、心配だし……もし何かあったら──」

「大丈夫だから!」


 一条は叫ぶようにそう言うと──逃げるように浴室に向かったのだった。

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