妹の誘惑

「ひっ……!」

「お前は俺を騙して何がしたかったんだ?」


 一条が冷ややかな口調で問いかけると、東雲は恐怖に満ちた表情で答えた。


「わ、私は……神崎に頼まれて……それで……」

「断ればよかったじゃないか」

「そ、それは……」


 東雲は口籠ると、小さな声で呟いた。


「わ、私は……神崎のことが好きで……その……」


(あぁ……なるほどな)


 一条は全てを理解した。

 

 そして──東雲を睨みつけた。


「もういい……お前の気持ちなんかどうでもいいし、興味もない」


 一条が冷たく言い放つと──東雲は涙を流しながら訴えかけた。


「わ、私はただ……神崎のことが好きだったの……! だから、神崎に頼まれたら断れなくて──」

「黙れ! 共犯者! お前も神崎のようにしてやろうか!!」

「ひっ……! ゆ……許してください! もうしないから……ごめんなさい!!」


 東雲は土下座するように地面に頭をつけた。

 すると、一条は東雲の髪を掴んで持ち上げた。


「もう二度と俺に近づくな……いいな!?」

「は、はい……!」


 東雲が涙目で返事をすると、一条は東雲を解放した。


 そして──東雲は逃げるように屋上から去って行った。


(さて……俺も帰るか)


 一条は屋上の扉を開こうとした──すると、屋上の扉が開かれて、とある人物が一条の目の前に現れた。


「セリナさん……」

「悠人くん……一体何があったの!?」


 セリナは驚いた表情を浮かべながら、一条に駆け寄ってきた。


「ど、どうして……ここに?」


 一条は戸惑いながらも質問した。


「校舎の外から屋上で争うような音が聞こえて……それで気になったから……」

「そう……だったんだ……」


 一条は何とも言えない気持ちになった。

 まさか、このタイミングでセリナに遭遇するとは予想もしていなかったからだ。


(まずいな……どう説明したらいいんだ?)


 一条が悩んでいると──セリナが心配そうに話しかけてきた。


「ねぇ、悠人くん……何があったの? 私、心配で……」

「いや、なんでもないよ!」


 一条は誤魔化すように笑うと──その場から離れようとした。


「待って!」


 だが、セリナは逃がさないというように一条の腕を掴んだ。


「お願い……何があったのか話して? 私も力を貸すから!」


 セリナはそう言ってきたが──一条は無言のまま俯いてしまった。


(言えるわけがない……)


 すると、セリナが不安そうな表情で一条を見つめる。


「悠人くん?」

「ごめん……今は一人にして欲しいんだ……」


 一条が小さな声で言うと──セリナは悲しげな表情を浮かべた。


「そっか……そうだよね……ごめんね……」


 セリナはそう言って、一条の手を離した。


「じゃあ私……先に戻るね……」


 セリナは寂しそうな表情を浮かべながら立ち去ってしまった。


「クソッ……!」


 一条は一人になると、悔しげに叫んだ。


(何やってんだよ……俺!)


 一条は唇を嚙み締めた。

 だが、どれだけ悔やんでも現実は変わらない。

 これからどうすればいいのか──それさえも今の一条には分からなかった。


◇◆◇◆


 翌日──一条は学校を休んだ。というのも、風邪を引いたのだ。熱も高く、身体もかなり怠い状態だったため、流石に学校には行けなかった。


(あー、だるいな……)


 一条はベッドの上で横になりながら、心の中で呟いた。


 すると──部屋の扉が開いた。


「お兄ちゃん、体調はどう?」


 部屋に入ってきたのは、妹の茜だった。

 手にはお盆を持っており、その上には水の入ったコップと風邪薬があった。


「少し楽になったよ」

「そっか……」


 茜は安心したように微笑むと──ベッドの端に腰を下ろした。そして、一条の額に手を当てていく。ひんやりとした感触が心地よい。だが──風邪を移したくないので、一条は茜の手を振り払った。


「心配しなくても大丈夫だよ。俺は大丈夫だから……茜に風邪を移したら大変だし──」

「もう! こんな時くらい妹に甘えなよ!」


 茜は怒ったように頬を膨らませた。そして、再び手を伸ばしてきた。だが、一条はその手も振り払った。すると──茜の表情が悲しげに歪んだ。


「ねぇ、お兄ちゃん……私じゃ頼りないの? それとも信用できないの?」

「違う……そうじゃないんだ……」


 一条は罪悪感に苛まれながら答える。

 本当は甘えたいのだが、これ以上心配をかけたくなかったのだ。


「じゃあ、どうしてなの?」

「それは──」


 一条が言い淀んでいると、茜は呆れたように溜息をついた。そして──唐突に話題を変えてきた。


「そういえば、お兄ちゃんって今好きな人とかいるの?」

「は? なんだよ、いきなり……」

「いいから教えてよ!」


 茜に促されると──一条は渋々と答えた。


「いねぇよ……」


 すると、茜がニヤニヤと笑い始めた。


「ふーん、そうなんだぁ〜」


(なんだコイツ……)


 一条が訝しげな表情を浮かべると──突然、茜が一条に抱きついてきた。


 そして──一条の耳元で囁いた。


「ねぇ、お兄ちゃん……キスしよ」

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