強者と弱者

(え……?)


 一条は思わず目を丸くした。


(今……なんて……)


「だから……私は、一条くんのことを悪く言う人は許せません!」


 セリナの言葉を聞いて、一条は思わず顔を赤く染めた。


(いや、それは友達としてってことだよな……!?)


 そう思ったが、なぜか胸の奥が熱くなるような感覚を覚えた。


(っ……!)


 悠人はその感情の正体に気付き、動揺した。


 そして──。


(俺は……セリナさんのことが好きだ!)


 その瞬間、一条の心の中にあったもやもやとしたものが一気に晴れた気がした。

 それと同時に──一条の心の中には、新たな決意が芽生えていた。


(決めた……俺は絶対にセリナさんを幸せにさせてみせる!)


「おい、神崎!」

「あ?」


 突然一条に名前を呼ばれ、神崎は不機嫌そうな表情を浮かべた。

 だが、そんなことは気にせずに一条は言葉を続ける。


「俺は絶対にお前を見返してみせる!」

「はぁ? 何言ってんの?」


 神崎は馬鹿にするように笑ったが、一条は真剣な表情で言った。


「だから……俺と勝負しろ!」


 それを聞いた瞬間──神崎はニヤリと笑った。


「どんな勝負だよ?」


 神崎がそう聞くと、一条は一瞬躊躇った後に答えた。


「そ、そんなの決まってんだろ……俺とお前、どちらが強いかタイマンで殴りあうんだよ!」


 それを聞いた瞬間、神崎は吹き出すように笑った。


「あははははっ! マジで言ってんの!? 」

「ああ……俺は本気だ」

「まぁいいや。そこまで言うなら……ってやるよ」


 神崎は低い声でそう呟くと、拳を構えた。


(っ!)


 一条は緊張で唾を飲み込んだ。


(落ち着け……今の俺には戦う理由があるんだ!)


 一条が覚悟を決めていると、神崎が話しかけてきた。


「お前、何か格闘技やってたの?」

「いや、何も……」


 一条がそう答えると、神崎は意外そうな顔をした。


「へぇ……じゃあお前のその自信は何だよ?」

「それは……」


 一条は言葉に詰まった――だが、すぐに言葉を続けた。


「俺は……俺はセリナさんのために戦うだけだ!」


 一条の言葉を聞いて、セリナは頰を赤らめた。


「一条くん……」


 セリナが一条の顔を見つめていると、神崎が不機嫌そうに舌打ちをした。


「チッ……気持ち悪ぃんだよ!」


 神崎はそう言うと、勢いよく距離を詰めてきた。


(速い!)


 一条は瞬時に間合いを詰めてカウンターを放つと、神崎の顔面に拳を叩き込んだ。


「ぐはっ……!」


 神崎は鼻血を流しながら後退る。

 すると、すかさず一条が追撃を仕掛けた。

 

 しかし──。


(あれっ……?)


 気が付くと、目の前にいたはずの神崎の姿がなくなっていた。


「っ!?」


 一瞬動揺した直後、背後から衝撃が走った。


「ぐはっ……!」


 一条が振り向くと、そこには神崎の姿があった。


(いつの間にか背後に……!)


 一条は慌てて距離を取ろうとするが、神崎は逃さないとばかりに拳を放つ。


「おらっ!」

「ぐはっ!」


 強烈な一撃を受けて、一条はその場に倒れ込んだ。


(くそっ……なんでだ……!?)


 一条が困惑していると、神崎が嘲笑うように言った。


「あははっ! やっぱりモブは雑魚だなぁ!」

「くっ……!」


(たしかに……今はコイツの方が強いかもしれない……)


 一条は思った。


(だけど、俺は必ずセリナさんを守ってみせる!)


 そう心に誓うと、再び神崎に向かっていった。

 しかし、何度向かっていっても神崎に攻撃を当てることができなかった。

 それどころか、逆に攻撃を受けてしまい、どんどん体力が削られていく。


 そして──とうとう一条の限界が訪れた。


「はぁ……はぁ……」


 一条は膝に手をついて息を荒げていた。


「おいおい、もう終わりかよ?」


 神崎はそう言うと、ニヤリと笑って言った。


「じゃあそろそろ終わりにするか!」


 神崎はそう言うと、拳を構えて距離を詰めてきた。


(っ!)


 一条は咄嗟にガードしようとするが──間に合わなかった。


 神崎の拳が頬に直撃し、一条は床に倒れ込んだ。


(くそっ……やっぱり強い……!)


 悔しさに歯嚙みしていると、神崎が見下すような視線を向けてきた。


「あはははっ! モブごときにこの僕が負けるわけないんだよ! 諦めた方が身のためだぞ~」


(……諦める?)


 その言葉を聞いて、一条の心の中に怒りが込み上げてきた。


(ふざけるな……!)


 一条はゆっくりと立ち上がった。


「まだ立つのかよ……」


 神崎は面倒くさそうに呟くと、再び拳を構えた。


(諦めるわけないだろ!)


 一条は心の中で叫ぶと、神崎に向かって走り出した。

 そして、神崎の顔面に向かって全力で拳を突き出した――だが、その攻撃はあっさり躱されてしまった。


「モブのパンチが僕に当たるわけ──」


 しかし、これで終わりではなかった。

 一条は体を捻って回し蹴りを放ったのだ。


 すると、神崎は驚いたような表情を浮かべながら一歩後退した。


「なっ……!?」


(今だ!)


 一条は畳み掛けるように、神崎に向かって攻撃を仕掛ける。


「クソっ……! モブの分際で……調子に乗るなぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 神崎はそう叫ぶと、一条の攻撃を躱しながら反撃を開始した――だが、その動きには先ほどまでのキレがないように見えた。


(いける!)


 一条はそう確信すると、さらにスピードを上げて攻撃を仕掛けた。


 そして──ついに神崎を追い詰めることに成功した。


「くっ……! この野郎……!」


 神崎は怒りの形相で拳を振り上げたが、その動きは緩慢だった。

 一条は大きく息を吸い込むと──渾身の力で突きを放った。


「がはっ……!」


 一条の拳が神崎の腹部にめり込み、呻き声が漏れる。


「ぐ……ぐうぅぅ……!」


 神崎は悶絶しながら床に倒れ込んだ。


(よし!)


 一条は心の中でガッツポーズをした。

 そして、神崎に向かってゆっくりと歩み寄る。


「ぐっ……くそっ……てめぇ……」


 神崎は苦しげな表情でこちらを見上げてきた。その様子を見て、一条は勝利を確信した──その瞬間だった。


 突然、神崎はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


「な~んてな……」

「一条くん!」


 次の瞬間──神崎が素早い動きで立ち上がり、一条に向かって飛びかかってきた。


「なっ!?」


 予想外の動きに反応できず、一条は神崎に押し倒された。


「がはっ……!」


 勢いよく床に叩きつけられ、肺の中の空気が一気に吐き出される。


(くそっ……油断した!)


 慌てて一条は起き上がろうとするが、神崎に両腕を押さえつけられてしまったため、身動きが取れなかった。


(まずい! このままじゃ……)


「クッ……離せ!」


 一条は必死に抵抗するが、神崎はビクともしない。


 そして──神崎はゆっくりと顔を近づけてきた。


「ふひっ……僕の勝ちだ!」


 神崎は不気味な笑みを浮かべながら、続けてこう言った。


「ざまぁみろ! モブのくせに調子に乗りやがって……!」

「っ……!」


 一条は必死に抵抗するが、神崎の力が強く振りほどけない。


「さて……そろそろ終わりにしようか!」


 そう言うと神崎は、一条の顔面を目掛けて拳を振り上げた。

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