学年一のモテ男

(どうして俺なんかと……)


 一条がそんなことを考えていると、突然教室のドアが開いて一人の男子生徒が入ってきた。その男子生徒は背が高く、整った顔立ちをしていた。


 一条はその男に見覚えがあった。


(学年一のモテ男……神崎冬至かんざきとうじ! だけど、どうして神崎がここに……?)


 一条がそう思っていると、神崎は一条たちに声をかけてきた。


「君たちに話があるんだけど……ちょっといいかな?」


(神崎が俺たちに話……?)


 一条は不思議に思いながらも、神崎の後をついて行った。


 そして、誰もいない空き教室までやって来て立ち止まった。


「えっと……話って?」


 一条の問いに、神崎は真剣な表情で答えた。


「セリナちゃんさぁ……どうしてこんな奴と仲良くしてるの?」

「え……?」


 予想外の答えに、セリナは困惑した表情を浮かべた。


「どうしてって……それは……」

「もしかしてさ……セリナちゃん……こんな奴のことが好きになっちゃったの?」

「っ!?」


 神崎の言葉に、セリナは頰を赤らめて俯く。

 

 そんな様子を見て、神崎はニヤリと笑った。


「セリナちゃんって、見た目に反して変わってるね~! こんな奴のどこが好きになるんだよ……」

「それは……」


 セリナは言い淀む。

 その様子を見た神崎は、さらに追い打ちをかけるように言った。


「こんな奴なんかよりさ……僕の方がいいと思うよ?」

「え……?」


 突然の神崎の告白に、セリナは驚いた表情を見せた。


「僕と付き合ってくれるなら、セリナちゃんの欲しいものをなんでも買ってあげるよ!」


 神崎はそう言いながら、セリナの手を握る。


 一条はそんな光景を見て混乱していた。


(いや……そんな……まさか……セリナさんが俺のことを好きなわけ──)


「ど、どういうことですか?」

「だからさぁ……僕と付き合えば、君が欲しいものは何でも手に入るってことだよ!」


 神崎はそう言うと、強引にセリナを抱き寄せた。


(っ!?)


「きゃっ!?」


 セリナは抵抗しようとしたが、体格の差がありすぎて振り解くことができない。


「ちょっと……離してください!」

「いいじゃん! 別に減るもんじゃないし!」


 神崎はそう言いながら、セリナの身体に手を伸ばしていく。


(やめろ……!)


 一条は心の中で叫んだが、怖くて動くことができなかった。


(くそっ……何してんだよ……俺!)


 一条がもどかしさを感じていると、セリナはキッパリとした口調で言った。


「嫌です! あなたみたいな人とは付き合いたくありません!」


 セリナがそう言うと、神崎は不機嫌な表情になった。 


「はぁ……わかった……」


(よかった……)


 一条はホッと胸を撫で下ろした。

 しかし、次の瞬間──神崎は不敵な笑みを浮かべた。


「じゃあさ、君がコイツと付き合っているってことを学校に広めてもいいよね!」

「っ!?」


 セリナはビクッとして神崎を見た。


「君みたいな超可愛い子が、こんなモブ男と一緒にいるなんてありえないもんね~! さぞかしみんな驚くだろうなぁ!」


 神崎はそう言って高笑いした。


(こいつ……どこまで卑怯なんだ……!)


 一条は怒りで拳を震わせた。

 しかし、ここで自分が何か言ったところで状況が悪化するだけだと思い、何も言えなかった。


 そんな様子を見て、神崎はさらに続けた。


「君はさ……僕の言うことを聞いていればいいんだよ……」


 神崎はそう言いながら、セリナの顎をクイッと持ち上げる。


 そして、自分の唇を近づけていった。


(っ!?) 


 その光景を見た瞬間──一条は我に返った。


(このままじゃダメだ!)


 そう思った時には既に身体が動いていた。

 一条は全速力でセリナの元へ向かって走ると、神崎の肩を掴んだ。


「おい……」

「あ?」


 神崎は不機嫌そうに振り返った。


「もう……やめろ……」


 一条がそう言うと、神崎は苛立った様子で舌打ちをした。


「うるせぇな……モブは黙ってろよ!」


(っ!)


 神崎の蹴りが悠人の顔に迫る──その瞬間、一条は咄嵯に頭を動かして蹴りを躱した。しかし、完全に避けきることはできず、頰に鋭い痛みが走った。


「痛っ……!」


 一条が頬を押さえながら後退ると、神崎はニヤリと笑った。


「へぇ……少しはやるじゃん! モブのくせに……」


 神崎はそう言うと、再び距離を詰めて殴りかかってきた。


(っ!)


 一条は神崎の拳を躱すと、カウンターを仕掛けるように拳を突き出した──が、神崎は拳を受け流すと、逆に一条の腹に蹴りを入れた。


「ぐはっ……!」


 一条は床に倒れ込んで悶絶する。

 そんな様子を嘲るように見下ろしながら、神崎は言い放った。


「モブに何ができるってんだよ……現実を見ろっての!」


 そう言うと、神崎は一条を蹴り上げた。 


「がはっ……!」


 一条は苦悶の声を漏らしながら、床に叩きつけられる。


(くそっ……!)


 一条が立ち上がろうとした、その時──。


「もうやめてください!!」


 セリナの声が教室に響き渡った。


 一条は驚いた表情でセリナの方を見つめると、彼女は目に涙を浮かべていた。


「どうしてそこまで一条くんのことを悪く言うんですか? 彼は何も悪いことをしていません!」


(セリナさん……)


 セリナの言葉を聞いた瞬間、一条の胸が熱くなる。


 神崎は呆れたようにため息をつくと、冷たい口調で言った。


「セリナちゃんさぁ……こんな奴のことを庇っても意味ないって……」


 神崎はそう言って一条を一瞥する。


「教えてあげるよ。コイツは──」


(やめろ……それ以上言うな!)


 一条は心の中で叫んだ。

 しかし、神崎は容赦なく言い放った。


「根暗で何の才能もないんだよ! コイツがいるだけでクラスの空気が重くなるんだ!」


 神崎の言葉を聞いた瞬間、一条は絶望感に打ちひしがれた。


(やっぱり……俺の人生は終わってるんだ……)


 すると突然、一条の視界が涙で滲んだ。


(くそっ……!)


 一条は腕で涙を必死に拭うが、溢れ出る涙を止めることはできなかった。

 そんな様子を見て、神崎は勝ち誇ったような表情を浮かべた。


「わかったかい? だからこんな奴を庇っても意味ないって──」


 すると、セリナはキッパリとした口調で言った。


「いいえ、意味はあります」

「えっ……?」

「はっ……?」


 予想外の返答に、一条と神崎は同時に思わず声を漏らした。


(セリナさん……?)


 一条が呆然としていると、セリナは一歩前に出て神崎を見つめた。


「たしかに一条くんの容姿は地味だし、パッとしないです! でも、だからと言って、彼がクラスにとって必要のない人だとは思いません!」


 セリナの言葉を聞いて、神崎は不機嫌そうな表情を浮かべた。


「はあ? 何言ってんだよお前……そんな奴になんの価値があるってんだよ!?」


 神崎がそう言うと、セリナは胸を張って答えた。


「あります! だって私は……一条くんのことが大好きだから!」

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