第2話
息子は、取調室にいた。
私が駆け寄ろうとすると、刑事に止められた。
「未遂で初犯でしたし、まだ十三歳ですので、しっかりと事情を話してくれれば、すぐに帰れますから」
別室で、私は話を聞かれる事となった。
職場からとんぼ返りをした主人と一緒に、刑事から事情を聞く。
「今学期に入ってから、学校には、あまり行っていなかったようです」
刑事に聞かされ、私は愕然とした。
「そんな……!」
毎日、決まった時間に「行ってらっしゃい」と見送っていたのに……!
愕然とする私に、主人は烈火のような目を向けた。
「母親が、息子が学校に行っていたのかどうかも気付かなかったのか!」
……父親は、気付かなくてもいいんだ。
そう思いながらも、言い訳はできず、私は
「ごめんなさい……」
と頭を下げた。
刑事は無表情に話を続ける。
「どうやら、息子さんはいじめを受けていて、いじめグループの主犯の少年から、金を
確かに最近、息子の金遣いの荒さを
月々のお小遣いで足りないからと、万単位で請求され、何に使うのかと聞いても答えなかったため、少々厳しく断った。
それが、犯罪に手を染める動機になっていたのだとしたら、一体私は、どうすれば良かったのか……。
その日のうちに釈放され、三人で帰宅した夕食の食卓は、修羅場だった。
「おまえは一体なにをやっているんだ! 専業主婦で昼間はゴロゴロしている癖に、息子が学校に行っていなかった事も知らないとは、母親失格だ!」
全く他人事のような言い方をするのだから、つい私も言い返してしまった。
「あなただって父親でしょう? 最近、息子と話した事があるの?」
「仕事で忙しいから仕方がないだろう! 朝は早くて残業で夜は遅くて、そんな時間がどこにあるんだ!」
「私だって、精一杯、家の事、息子の事を考えてきたわよ! どんなに話し掛けても、学校の事は教えてくれないのよ。気にはしてたけど、ずっと見張ってる訳にもいかないから……」
ドン! とテーブルを叩く音がした。
息子が立ち上がり、
「うわあああ!」
と、皿を壁に叩き付ける。
「うるさいうるさいうるさいうるさい!!」
息子は血走った目で私を睨み、こう言った。
「おまえがお金をくれていれば、俺は犯罪者にならずに済んだんだよ!」
***
一体、私はどうすれば良かったのか。
眠れぬ一夜を過ごし、ベッドから起きると、リビングに夫がいた。
「昨日は、警察から職場に電話があったんだ。早退するのに、上司に事情を話さない訳にいかないだろう。もう、会社には行けない」
何も考えたくない思いで、簡単に朝食を作り、息子の部屋へと運ぶ。
しかし扉をノックしても、息子の返事はなかった。
……それから、我が家は地獄だった。
無言でテレビを見ているだけの夫と、部屋から出てこない息子。
それでも、生活はしていかなければならない。
しかし、近所に噂が立っているに違いなく、昼間、買い物になど行けるはずもない。
夜中に、深夜営業のスーパーにこっそりと買い物に出かける。
昼間は、息の詰まる思いで家事をするしかない。
私の居場所などなく、心を休められる時間などなかった。
そんな中、一度だけ、学校に話を聞きに行った。
校長室の応接椅子に、校長と担任が並び、私はひたすら頭を下げた。
「この度は、大変ご迷惑を……」
「いやいや。実は、その事なんですが」
校長の話によると、息子をいじめていた不良グループのリーダーと、振り込め詐欺を取り仕切る反社会的勢力が繋がっており、息子は脅されて協力させられていたらしい。
「その事を、学校でも危惧いたしまして、独自に調査したところ、実は、息子さん以外にも、脅されていた生徒がいまして」
「えっ……」
「実はその彼は、警察に知られていないのです。息子さんも、同じ境遇の彼をかばったんでしょうな。我々も、息子さんの気持ちを尊重したいのです」
「…………」
「未来ある若者です。……ご理解いただけますかな?」
つまり、その生徒の事を息子が話したとしても、警察には黙っていろ、という意味だ。
私は不審な顔をせずにはいられなかった。
「それにですね……」
今度は担任が、神経質そうに眼鏡を上げた。
「一度や二度の犯行にしては、彼が休んでいた期間が長すぎる」
「どういう意味ですか?」
「あ、いや、私の憶測で言える事ではありません。ただ言えるのは、学校としては、これ以上、事を大きくしたくはない、と……」
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