第10話 ミザリー・エンド その2

信じられなかった…嘘よ!

だってそんな、お父様はそんな…


※ダガートはジェイコブに意地悪を提案していた3つ上の従兄弟で、決して優しくもない


「嘘よ!あなたの言ってることは全部嘘よ!私を騙して楽しい?」


「ハァ、あのね

私達は貴女が婿をとって領地を継ぐから王都には来るなと言われて、そのつもりで田舎で暮していたのよ?

それなのに洗礼式目前に王都に呼ばれて!あのおっさん!

妻と娘に逃げられたから一緒に暮して欲しいって泣き言の手紙が来たからには行かないといけないでしょ?

いざ渋々来てみれば貴女はいるし、変な噂でお茶では肩身が狭いし

奥様付きだった従者は私達に塩対応だし、田舎に帰りたいわよ!」


「はぁ?」


「ミッチェルから聞いたわよ?

あなた悪口を言う令嬢達にハサミを持って何かするつもりだったのでしょ?

ミッチェルが咄嗟に泣き真似して幼気で健気な弟の演技をして乗り切ったけど

ミッチェルがいなかっなら窓から顔を出していたでしょう?

窓からハサミを持った貴女を見たミッチェルが機転をきかせたのよ!わかる?

スプラッタホラー映画じゃないの!(ボソッ)」


「ミッチェルに見られていたの?!」


「いつでもどこでも誰かに見られていると思いなさい!それがこの王都よ!

貴族である限り一生、誰かの目があると思いなさい!逃げられないわよ!それが嫌なら平民になって田舎で暮らすことね!」


「何よ!私を平民にして家を乗っ取るつもりね!」


「私達は公爵領の田舎でほぼ平民のような暮らしをしていたわよ?

だってあのおっさん家賃だけしか払ってないもの

無駄に広い屋敷なのに、使用人も雇えないしご飯も食べて行けないのよ?ふざけてるわ!

仕方ないから自分で読み書き計算を教えて働いて息子を養っていたのよ?

架空の良き父親をでっちあげて息子の夢を壊さないようにしてたのに!洗礼式前に呼ばれて、無理矢理辻褄を合わせて話してたら

ミッチェルは父親がどんな人物か気付いていたのですって

親切な貴女の従兄弟がそれ別人だって笑って教えたのですって!」


「文句を言わないって言ってたのに文句ばっかりじゃないの!」


「そりゃ文句も言いたくなるわよ!

この家の奴らみんなして貴女の所業を黙っていたわね?

今日1日でどれだけ恥をかいたか!…知ってたら対策も取れたのに、頭悪いくせに無駄に結束が固くて黙ってるんじゃ、あんたらおしまいね!

もっと賢く生きなさいよ馬鹿じゃないの?」


「馬鹿はあなたよ!さっきからなんて言葉が悪いのよ」


「フン!私はカレッジで次席でしたのよ?生徒会にも入っていましたし!

頭の悪いお嬢様に生きるすべを教えてるのよ!

いつまでも母親の後を辿ってないで自分の道を探しなさい!

今のままアカデミーに通ったって一週間で辞めるわよ

貴女は母親の嫌がらせに使われたのよ!まだ気付かないの?」


「お母様はそんな人じゃないわよ!いい加減な事を言わないでよ」


「じゃあどんな人なの?

後妻の来る家を末娘だけ連れ出して、乳母は逃がしてるじゃない!味方でもない従者だけ置いて娘を1人残す母親はどんな人なの?

私ならミッチェルを1人こんな所に置いて行かないわ!

一緒に出るか、さっさとこの家を乗っ取って、使えない使用人は全て排除して自分たちで盛り立てるわ」


「じゃぁ私はどうしたらいいのよ!アカデミーも行けないなら結婚も出来ないじゃないの!」


「貴女のお母様は本当に何も教えずに去ったのね?

そんなに学校に通いたいなら、公爵領の学校もあるし、知り合いに会いたくないなら、海側領地にも貴族の学校あるわよ?

ハインツ辺境伯の所は学力を重視してないから低能でも通えるし。図書館に学校案内の掲示板があるわよ?図書館で勉強しないの?」


「何よ!そんなの平民が通う学校でしょ?」


「平民は7歳くらいから学校へ通ってるわよ?

私は7歳から通って3年で首席で卒業したわ!

"そなたは賢いからカレッジへ行くべきだ"と叔父に言われて、しばらく王都の叔父の家で働いて、お金を自分で稼いでからカレッジに通ってたわよ」


「そんな…」


「人生は一度きりだけどね、選択肢はたくさんあるのカレッジが合わないなら一週間で辞めた貴女は賢いのよ!イヤイヤ3年通う事ないわよ

海側でもハインツでも自分に合うところを探せばいいの!

ハインツは男女比が9:1で女の子はモテモテらしいわよ

チヤホヤされたいなら行くべきね

都会の奥手で軟弱な男と違って、たくましい男達が毎日貴女を取り合うんじゃない?

あちらは途中入学も受け付けてるわよ?1年も王都にいなくていいわよ

はっきり言って王都って臭いのよ!田舎の方が水も美味しいし野菜も新鮮だし果物も甘いわ!」


「そんな事を言って私を騙す気でしょ?」


「自分の目で見てきたら?どうせ暇でしょ!

そんな簡単な事も出来ないワケ?

紹介状を書いてあげるわよ貴女の保護者として

療養するとでも言っておくわ

無責任な貴女のお父様は無駄に引き止めて、貴女を屋敷に閉じ込めておきたいらしいけど

無責任なあのおっさんの意見なんて聞かなくていいわよ!

自分の人生は自分で責任持ちなさい!貴女の責任を取る人はもういないのよ」



そしてその場で書いた紹介状には

大事な箱入り娘を体験入学させてほしいと丁寧に書いてあった

カレッジの次席は嘘じゃないみたい

私にはこんな文章書けないもの悔しくて何か反論したかったから


「さっきから、お父様をおっさん呼ばわりしないでよ!」


「あら私はまだ25歳よ?

十分おっさんじゃないの!ミッチェルは可愛いけど、貴女も旦那様も全然私好みじゃないわよ!」


「私だってあなたなんて好きじゃないわよ!嫌いよ!お母様を追い出して、お父様はミッチェルばかり可愛がるし!」


「貴女のお母様を追い出したのは、あなたのお父様よ!私たちじゃないわ。

ミッチェルなんて生まれてから3回くらいしか会ってないのよ?

少しくらい父親に可愛がられたっていいじゃない」


「私から全部奪ったくせに!」


「あなたの場合は自業自得じゃないの。今日はもう疲れたから寝るわよ?騙されたと思って一緒に寝なさい!」


「はぁ?なんであんたと寝なきゃ行けないのよ!」


「平民は家族が一緒に寝るからよ」


「なんで平民の話しが出てくるのよ!」


「ハインツの学校が9:1でほぼ平民だからよ」


「騙したわね!」


「わたくしは嘘など一言もついていないわよ?

早く服を脱ぎなさいシワになるわよ!えい!」


「ちょっと!触らないでよ!脱がさないでよ」


「疲れたから続きはベッドで話しましょう!ほら早く転がって、えい!」


「やめてよ!いやぁ!お母様ァ」


「ほーほほ私が新しいお母様よ!呼んだ?」


「何なのよ!…………何で急に黙るのよ!」


「あ、寝てたわ疲れてるのよ、もう!ふふふっ誰かと寝るのは久しぶりね」


「普段は誰と寝てたのよ?ミッチェル?」


「ふふふっダガート様よ?3人で寝てたわ…楽しかったわぁ

田舎での暮らしはとても良かったのに、王都なんかに呼ばないでよ!

全くお転婆娘のせいでとんだ迷惑だわ!

私達はあの場所で楽しく暮らしていたかったわ」


「信じられない!ダガートのどこがいいのよ!!

残酷悪魔じゃない!」


「昔はヤンチャしてたんでしょ?人は変わるのよ、日焼けした肌で笑うと白い歯が見えてチャーミングだったわ」


「信じられない!それ別人よ!」


「ふふふっ貴女も別人になれるわ、いらない過去なら忘れなさい。

あなたには辛いときに添い寝してくれる優しくて聡明で美人で賢い母がいたのよ

これは嘘にならないわよ覚えておきなさい」


「自分をほめすぎよ!」


「いいじゃないの!ここの人は誰も私を褒めてくれないもの!自分で褒めなきゃ!

あー田舎に帰りたーい!

ダガート様の方が格好良かったわ!

笑った顔がチャーミングだったし、いつも褒めてくれるし、お腹も締まってるし、頭も剥げてないし、顔もテカってないし、いい匂いがしたし、腕も力強かったし、口も臭くなかったし、食べ方も綺麗だったし、料理も美味しく作れるし、子どもの面倒も見てくれるし、偉ぶらないし、賢くて優しくて素敵だったわ!

元の婚約者よりも素敵だったのに…本当にあんたってドジね?」


「もう、やめてよ!

わかったわよ悪かったわよごめんなさい!」


「あら虐めすぎてしまったわ、前妻の娘をイジメるなんて私も悪女ねホホホ

離縁させられて田舎に帰ろうかしら?

……フフフわかったでしょ?貴女が必死にしがみついてるのは地獄の門よ

とっとと逃げて幸せになりなさい

田舎にも素敵な出会いは落ちてるわよ」


「信じられないわ!」


「何が信じられないのよ?」


「ダガートがそんないい男になってるなんて!」


「ほほほ、そっちは見に行かなくていいわよ!

早く寝なさい!お肌が荒れるわよ小娘が!」



そして一週間もしないうちに私の荷物が馬車に乗せられて家を出る事になった

お母様の時と違って、いつの間にか味方につけた屋敷の使用人のほとんどが見送りに出ていた

お母様の派閥の従者は私の味方でも何でも無かったのね。

賢い人に喧嘩を売ってはいけない事がよく分かった

どう足掻いても私には勝てないのに


「着いたら手紙くらい書きなさい、落ち着いてからでかまわないから。あなたのために可愛い便箋を入れておいたわ

お金は多くは持たせることが出来なかったけど、多分物価は安いわよ

ニコニコ笑って畑を歩くと何かしらくれるわ今の時期なら

それと、もし友達の誰かに手紙を出したいなら大きな袋に入れてまとめてこちらに出しなさい

一回の値段は変わらないのよ。ここから方々へ出してあげるわよ」


「そんな裏技があるなんて知らなかったわ」


そう言えば乳母のメイリーも手紙を出してと言っていたけどお母様は言ってなかったわ…

泣きそうになるわ、虚像にすがりついていたなんて馬鹿みたい


「泣かないの、私がいじめてるみたいじゃないの

ハインツが合わなかったら帰ってきて、また別の所を探せばいいわよ?貴方はまだ若いんだし何度でも出直せば良いのよ

気軽にいってらっしゃーい」


「姉上お元気でお過ごし下さい

母上の話は半分くらいに聞いていて丁度良いです

お土産を買うなら海側へ寄ってから外国の物がいいです」


「息子が反抗期だわ!早すぎるわよ」


使用人達は以前と違って明るくて

屋敷の雰囲気良く、私の帰ってこれる場所になった


あの日から毎日一緒に寝て

一緒に食事して、一緒にお茶を飲んで、一緒に図書館にでかけて、勉強を見てくれてそこそこ楽しかった

悔しいけど友達みたいで楽しかったし、離れて行った友達よりも大事にされてるって初めて実感できた…


サシャにも手紙を書こうかしら


馬車に揺れながら

毎晩寝る前に田舎の良さについて語られてた事を思い出して胸がワクワクしてきた。

田舎が楽しいなんて、本当かしら?


それにしても、ハインツ辺境伯だなんて

ハインツは随分前に公爵領になったのに…以外と世間知らずなのね

田舎って情報が遅いのかしら?


夕暮れ前に宿について1人でベッドに入る

寝る前に不思議な物語りをたくさんしてくれるマリアベルが恋しいだなんて


お話しを思い出しながら眠りについた。

カレッジであった事を思い出して、泣いて起きていた夜がなくなってたことに今更気づいた

寝る前にたくさん話をしてくれたのは夢にうなされないようにしてくれてたのね…


学校を退学させられたことを後悔して夢にうなされてたけど、新しい学校に通うと決まってから夢に見なくなった


今なら素直に謝れるかしら





そらから数年後――…

海側領地を今の婚約者と観光に来て、食事処に入ったら


見覚えのある目立つツヤツヤの白銀の髪に宝石の様な青い目の美しい少女


マリーウェザーがいた!


幼い頃も可愛かったけど、成長して随分と美しくなっていた。

私の婚約者が見とれてたから足を踏んでやったわ!


そして唯一の心残りだった事


「あの、失礼…貴方はマリーウェザーではなくて?」


「え?はいそうです…あの?」


「マリーウェザー…あの時はゴメンナサイ!」


「え?!……あのどちら様ですか?」


「……ミザリー・エンドよ。私の事を覚えてないの?」


「……すみません、事故にあってから記憶喪失になってしまって。

私を知ってるから、お知り合いの方ですよね?えっと…ヴラド知ってる?」


執事「…あぁ、ミザリー・エンド子爵令嬢ですね。私は存じております。

お嬢様、謝罪をお受けになられますか?

今ここで彼女の所業を話しても構いませんが、忘れてるなら思い出さなくても良いことです」


「え?あっそう?ならいいわ。

謝罪お受けいたしました、私も忘れてたのでお気になさらず。

それより、私の事を教えて下さるかしら?

昔の事をよく思い出せなくて。

あ、良ければ席をご一緒しませんこと?もしかしてデート中でした?無理にとは言いませんが」


「記憶喪失?!」何があったのよ!


執事「お嬢様を良く思わない者は後をたちませんから…私の落ち度です」


「別にヴラドのせいじゃないわよ、私がドジ踏んだのよ

自分の身も守れないようなポカしたのよ

それに死なずに生きてるのだし別にいいわよ」


「……」

王太子妃候補だったはず

でもここにいるってことは、ミシェランド派の貴族にはめられて追放されたのね、きっと。

貴族って無責任な噂が好きだから、私みたいに王都にいられなくなったんだわ…


「私の知る貴方は、幼い容姿ながら

聡明で勉強が出来て賢くていつもニコニコ笑ってる可愛い少女だったわ

髪の艶も昔と変わらないし、そのキラキラした瞳も変わってないわ

友達に囲まれて楽しそうにしてて、当時の私に無いものをたくさん持っていたわ」


「褒めすぎですわホホホ」


「いつもニコニコ笑ってるあなたを大事にしていたお兄様はお元気でいらっしゃるの?

レイナルド殿下の側近になれたのかしら?」


「…兄は殿下の側近を目指していたの?」


「本当に記憶がないのね?

…思い出せれば良いわね、お兄様もさぞ貴女を心配なさってるのではなくて?」


「…兄は2人共温泉街なの、何も言わずにここまで来てしまったわ

そう、私を心配してくださる兄がいたのね

兄がいた事は知ってるのだけど、何をしていたのか思い出せないの」


執事「お嬢様、手紙を書きますか?

温泉街宛ならここからでも出せますよ」


「そうね、書いてみようかしら

でも王太子に婚約破棄を突きつけて出てきたなんて驚くわね?」


「は?あなたが破棄されたのではなく?それに元って?」


「あー、まだ非公開かしら?

レイナルドは多分廃嫡されたかな?かろうじて王族かしら?…アイザック王子の方が一枚上手で賢かったのよ」


「はぁ?信じられないわ!」


「その場でアイザック様に求婚されたから逃げてきたのよ。

せっかく王太子妃から逃れられると思ったのにアイザック様に求婚されたら同じじゃない?

私はお城に軟禁生活なんて嫌よ。

だから海に出たの、だって王都より海の方が楽しいもの。ねぇヴラド?フフフ」


執事「その通りですお嬢様」


私は開いた口が塞がらなかった


仲睦まじく見える2人に、もしかして執事と禁断の恋の逃避行なのでは?と下世話な勘ぐりをしてしまいました


それからすぐに商人らしきお供が来て、私達は解散した


王都から離れたのに楽しそうにあの頃のようにニコニコ笑っていた

心残りだった彼女への謝罪が済んで良かったわ

衝撃的な事を聞かされて、それどころではなかったけど


彼女のしあわせを願うばかりですわ

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