第6話 乙女の初キッス

船内を歩く、すれ違う海の男達やスチュワート商会の人間が挨拶をしてくれる

腐っても…じゃなくて家出しても公爵令嬢なんだな。俺は別に腐ってないよ


「ごきげんよう」って言うとみんな畏まっちゃうから

「〇〇さん、おはよう」と普通の挨拶をするようにしてる。


今もほら

「サムさん、おはよう」


「おぅ……ハッ?!お嬢様おはようございます

き、今日もいい天気です、ね。甲板で日光浴して、なさって下さい」


「無理して敬語喋らなくてもいいですよ?

馬鹿って言われても不敬罪にしませんから」


「滅相もねぇ、あ、ないです。

とんでもないです、お嬢様を馬鹿呼ばわりする阿呆がいたら海に落としてやるぜ!あ、やります。へへ」


にっこり笑ってバイバイして部屋に入る。


部屋の外から

"ウオオオ!今日はたくさん喋っちまったぜぇ!すげーいい匂いがシタぁぁ!やったぁ今日はいい日だぁフォォォ!"

"うるせぇサムのくせに!"

"サムいいなぁ"

"俺もお嬢様と喋りてぇよ"


悪い気はしないよね。

ハハッ可愛い子って楽すぃ!

この先面白おかしく生きていけそうだよ


『外から馬鹿の雄叫びがきこえる…お前はまた何かしたの?』


「挨拶しただけよ」


俺のベッドに黒猫がコロンとしてる

猫飼ってる人はわかると思うけど、お猫様ってベッドの真ん中とか枕の上とか陣取るよね。


『挨拶しなくていいよ、誰かとすれ違うたびにウルサイ』

猫がぶーたれてる

何コイツめちゃめちゃカワイイんだけど!

猫がぶーたれてるとさ、ついつい撫でちゃうね。


ヴラドに頼んで甲板にテーブルセットを出してもらう。もちろん運ぶのは海の男達。

日焼けしてそばかすだらけで

腕が太くて俺の太ももほどあるんじゃね?

磯臭いんじゃなくて酸っぱいような男臭ぇ!


香りのきつい紅茶を頼んだ。

だってなんか臭くて吐きそうだよ、みんな風呂入ってないんだな。

まぁ言わないでおくよ、だって若い女の子から臭いって言われるとねぇ?


ヴラドが日傘を持ってきて俺の斜め後ろに立つ

静かに紅茶を飲む…ものすごく見られてるね。

ネッチョリした視線からアイドルに向けるような視線とか感じる。

振り向けば隠れちゃう人もいるし、ニコッと手を降って来る人もいた。


ヨシュアが来て叫んだ

「サボるなお前達!お嬢様を見過ぎだ!金取るぞ持ち場に戻れ」


「私がいたらみんなお仕事にならないわね…」


「いえ、そんな、お嬢様は好きに過ごして下さい…チーズケーキをご用意しました。お好きでしたよね?」


「覚えててくれたのね嬉しいわ、ヨシュアも椅子を出して座って」


「マリーウェザー様とお茶を飲む喜びに感謝します」

ヨシュアが神に祈りを捧げてる。いつの間に改宗したの?


それから少し食べ物の話しをした。

俺の好き嫌いを確認してるようだから乗ってあげる。

生のサラダやフルーツとかたまに食べておかないと船乗りの病、ビタミンC欠乏症つまり壊血病になるからな。


話が途切れた所で

「ねぇ、ヨシュアは私の卒業式の事を知ってるの?」


「卒業式ですか、その頃はまだ僕は公爵領の学園にいましたから直接は…。

首席で卒業されて立派に挨拶をなさったと伺いました。

わずか8歳で首席卒業は前代未聞のことだと王都でも話題でしたよね。

その後、領地の温泉街に卒業旅行に来られましたね。1度だけ僕は夕食に招かれました。

お嬢様は貴族のお友達にたくさん囲まれて楽しそうでしたよ」


「その時、私に変なところは無かった?」


「変なところ?うーん…特に変なところは……あぁ、兄離れなさったところですか?

僕が感じたのは、スコット様と少し距離があると思いました。だけど普通の兄妹に比べると仲は良好の方です」


スコットとは次男の事だ。

言われるまで、今の今まで思い出さなかった

長男と同じくらいにしか思って無かったけど。

ヨシュアに言われて、ポッカリ胸にスキマが出来たみたい

「兄離れしたの?」


「その、えっと…(チラッ)

幼少期は一緒に寝るくらい仲が良かったと伺いました。

それまでも、スコット様によく懐いてるように見えましたし。

でも卒業旅行の時は"お兄様"と呼んで手を繋いだり抱っこしたりはしてませんでしたね…」


なるほど、お兄ちゃん子だったのか。

そう言えばぼんやりと一緒に寝てた記憶が…

この霞がかったような記憶は、マリーウェザーの記憶だろうな。

俺の記憶じゃないから鮮明に思い出せない

女の子っておマセさんだもんな。お兄ちゃんに懐くのが恥ずかしくなる頃かな?


ヨシュアがヴラドをチラリと見た。

何かを言いたいけど言わないような…言いたいことがあるならハッキリ言えよ!とは言わない。

そこにヨシュアの気遣いのようなものが見えたから。


ヴラドが潮風で髪が傷んでしまいます、と部屋に戻るように促した。

片付けは海の男達が我先にと出て来てこちらにアピールしながらやってた。ニコッと笑って「ご苦労さまです」


ヨシュアにエスコートされて部屋に戻ると、黒猫が部屋にいなかった。

船の中を歩いてるのかもしれない


「お嬢様は、スコット様を愛しておられました」


ギョッ!?

何いってんだコイツ!兄妹だよな?


「もちろん兄妹愛ですよ?クフフ」


ビビったぁ!近親そう…いや考えたくない!紛らわしい言い方すんなや!

「それで?」


「そう、それです

スコット様の為なら王太子にも喧嘩を売るほど大好きな兄なのに」


「大好きな兄なのに……卒業旅行では兄離れしてたのね。なぜ?兄妹喧嘩でもしてたの?

スコットお兄様はコーネリアスお兄様と領地でお祖母ちゃまにしごかれてるんでしょ?」


「コーネリアス様は確かに領地経営を学びにいかれましたが、スコット様の裏の目的は別です

スコット様はいまだに探しておられるのです」


「何を?」


「さぁ?スコット様の大切な何かではないですか。お嬢様が登城するまでの間にと期限付きで領地に行きましたから。スコット様は卒業後に宮仕えの予定でした」


「……出奔しちゃったよ」お兄ちゃんごめんよ


「妹離れのいい機会では?」


「その言い方だと、妹離れできてないみたいに聞こえる…つまりスコットお兄様は私に関する事を領地で調べてるのね?

何故領地で調べるの?

ヨシュアも卒業式は立派に挨拶をしたって言ってるけど…本当は何かあったのね?

ヴラドは私付きの執事でしょ?何か知ってるのではなくて?」


「それを話すまでに、たくさんの説明があります…ゆっくり聞いて下さいますか?」


「どうせ暇だもの、聞くわよ、さぁ話して」


「長くなりますからお茶を入れます

全部聞き終わっても私を…いえ、聞き終わってから考えて下さい」


ヴラドの瞳が揺らいだ

その顔はどうも見覚えがあるようだ…胸がギューッと苦しくなる

これはマリーウェザーの体が覚えてて、勝手に反応してるに違いない。

俺の知らないマリーウェザーの事


「お前さ、何をそんな怖がって躊躇ってるのか知らないけど、どんな内容でもヴラドの事を嫌いになったり怒ったりしないよ」所詮は他人事だしな。


「貴女はいつだってそう言ってオレを許してくれるんです。

そして、オレの罪も思い出も全部無かったことにしたんです。怒っても憎んでも嫌ってもいい、今度こそは忘れないで下さい。

貴女に忘れ去られるくらいなら、死ぬまで憎まれた方がいい」


「ちょっと?お前何したんだよ?聞くのがめちゃくちゃ怖いんだけど?

8万人殺したと言われてる本物のドラキュラのモデル並みの悪行重ねたの?」


「結論から言うと…お嬢様から魔法を奪ってしまいました」


「は?」何いってんだコイツ


「だって先輩が憎かったんです…

先輩を消せばオレが一番になれるってあの時は本気で思ってました愚かにも。

マリーウェザーから…あなたから大切なものを奪いました。貴女を愛して愛されたかった男の憐れな話です」


「…マリーウェザーとヴラドは両思いだったの?マリーウェザーの片思いかと」


「貴女が愛してたのはオレじゃない…先輩ですよ」


「先輩?」先輩執事なんて屋敷にいっぱいいるよね誰だよ?


「思い出せませんよね?それこそがオレの罪です。

愛し合ってる2人を引き裂きました、隙間を作って割り込んで…そのうちオレだけのものにしたくて、あさましくも図々しく、貴女からすべて奪いました…何もかも」


「え??マリーウェザーってお前の事ちゃんと好きだったよ?だって今も胸が苦しいし」

締め付けられてギューッドキドキする。これは恋のドキドキだよ。多分…経験上?


「オレより大事にしてた存在がいたんです…幸せそうな2人を見てられなかった」


「その先輩とやらを殺したの?」


「しぶとくて死なないので封印してもらいました、貴女はそれに巻き込まれて大切なものを失いました。私も直接見てませんでしたから詳しくは……その時にオレも討伐されました」


「巻き込まれた?討伐って?ヴラドは今もここにいるじゃん?」


「今のオレは…本体が殺されて、消滅しそこなった、言わばカスみたいに残った残滓です」


「本体?残滓?ヴラドはヴラドじゃないの?」


「2年ももつなんてフフッ……でも終わりが近いようです」


「ヴラド消えちゃうの?」


「やっと消えることができます。最後の時は側にいて下さい。1人で寂しく消えたく…ないです

これまでお仕えしてきた退職金がわりの最後の我儘です。ずっと貴女に抱かれて終りを迎えるのを夢見てました」


コイツ旅の間に死ぬつもりか?


「ちょっと…嘘だよね?また冗談でしよ?……まだ消えないでよ!ずっと一緒にいるって約束したのに!お前の愛しいマリーウェザーもお前の事好きだったと思うよ…多分。

いずれ俺が消えるからヴラドは消えんな!

マリーウェザーにこの体を返すから、お前が消えることないよ?

お前の愛したマリーウェザーを奪ってゴメンナサイ。どうにか出てくからさ?」


「違うんです…あなたはマリーウェザーなんです。覚えてないだけで…マリーウェザーはあなたなんです」


「でも俺、違うんだよ……マリーウェザーの時のことなんて覚えてないもん」そもそも憑依者だし?


「それでもあなたはマリーウェザーです

俺こそが偽物なんです、本体の分体コピーでしかない」


「分体なら別に偽物じゃないだろ…マリーウェザーと幸せになりな?ちゃんと俺が消えるからさ」


「チッ…強情ですね!馬鹿でゲスでエロい妄想ばっかり、そのくせ自分の事を繊細だとかよく言うんです。守銭奴で、すぐ厄介事をロバートさんとかに押し付けて事を大きくしてしっぺ返し食らって。

でも人が良くて、犬でも人でもよく何でも拾ってくるし。もちろん世話は丸投げ。無理はしない主義だとか言って無茶苦茶するし、無茶振りもしてくるし。

勝てない喧嘩はしないとか言って裏技使って力技でゴリ押しするし…

そんなエゲツない貴族令嬢は他にいませんよね?

金髪のエルフの姫騎士がいたらクッコロ…」

「もうヤメロ!分かった!それ俺だ!(クッコロ言うなよ恥ずかしぃやんか!)

間違いなく貴族令嬢マリーウェザーじゃなくてそれ俺だよ!

うそん…本当に覚えてないだけでマリーウェザーって俺なの?

領地に温泉街作ったのも?エジソンと勉強して冷蔵庫作ったのも?俺すげーな!天才かっ?!あ、天才少女だったわ」


「自画自賛に天才少女が追加されましたね。

いつも"本物の天才はエジソンで俺じゃねぇし"と言ってました。貴女はエジソンにも懐いてたんですよ?

他にも農地向上にフィギュア作成にサザーランドのフェスティバルも言い出しっぺはお嬢様ですよ。

隣国にカカオ豆の工場建てて、王族にチョコとコーヒー売ってスチュワート商会を大きくしたのもお嬢様です。

スチュワート商会が目立って良くないヤカラに目を付けられそうになったから、自分の名前で商会を立ち上げてました。その時の持てるコネと金と権力と人々の関心を使って…」


「そんな事より魔法奪ったって言ってたよね?何したんだよチクショー!」

俺って魔女っ娘だったの?信じられない!今日一番ショックだなぁ


「先輩を殺してもらおうと教会にリークしました。ついでに邪魔そうなマークフェルド司祭を…

まぁ返り討ちにあいましたが。オレのこと恨んで下さい許さなくていいです」


「なぁ、俺の血吸っとけよ?終わりが近いって貧血か何か?

"憎くて愛おしい"ヴラドが死んだらやだ!お前がってか、お前自身が勝手にそう思ってるだけだと思うけど、自分が悪いことをしたって思ってるならさ、償えよ!俺に!

俺の為に死ぬんじゃねーよ!せめて俺がもう大丈夫って思うまで頑張って下さい!一人にしないでよ!お願いします!まだ死なないで!」


太陽もにんにく料理も水も鏡にだって映るのに、消えるって怯えてたんだな。

ヴラドの腕を掴んだら震えてたんだ

揺れる瞳が、顔が歪んで泣きそうな顔してるのに

涙が出ないのか?

コイツ泣けないのかよ

ってかガタイ良くて体もしっかりしてんな。細身に見えて筋肉質だし腕硬いな…あれっ思ったより元気そうだけど?死ぬ死ぬ詐欺か?消える自分に酔ってない?


「俺が魔法を取り戻すまで馬車馬のようにこき使ってやるよ!」


「クフフ…それてそこ貴女だ」


「あら声に出ちゃったのね、言い換えるよ……えっと。

私が死ぬまで側にいて大好きダーリン?」


「仰せのままに」


ヴラドが跪いて手を取り指先に挨拶キスを落とした

タッパのあるイケメンは絵になるね。


「契約書にサインする?口約束など信用できん!」


「神でも仏でもなく自身の魂と貴女に誓って この命尽きるときまで側にいます」


「…カッコつけてるつもりかよ

本当に勝手に死なないでね?お前の判断でそろそろいいかなぁシュワシュワッとか消えないでよ?

約束な?」


「…そんな儚く消えませんよプクク」


ヴラドが立ち上がる時にスッ手をひっぱられ

体が寄る、慣れた手付きで俺の腰に手をやって後頭部を支えてきた


そのままチュッと口付けされた


また既視感デジャヴだ…

あまりにも慣れた手付きで当たり前みたいにやるから避ける暇が無かった

そして野郎と口付けしたのにそんなに気持ち悪いとか嫌じゃ無かった…BLだと?

あ、今は超絶可愛い女の子だった…合法か?


「って!ちょっと何すんの?!唇まで許したつもりなんてねーし!」


「すみません、あまりに可愛顔で驚くから悪い事したと思えませんでした」


「乙女のファーストキッスを奪うなよ!」


「お嬢様のファーストキスはスコット様です」何を今更みたいな顔

(※当時13歳スコットに4歳のマリーウェザーがした)


「クフフッお詫びにお嬢様がダンジョンで活躍した話しをしましょう」


「ダンジョン!?あるのは知ってた!今向かってる隣国だろ?!どこにあるの?ヴラドは知ってるんだな!活躍したってことは俺は魔法使いだったの?!」


「隣国のどちらかと言えば国境沿いの岩石山脈側です。海からだと行きにくい場所です

お嬢様は魔法使いではなく回復要員ヒーラーでした…パーティー内の職業は聖女です。

グロステーレでは聖女は自薦他薦問わず教会送りにされて監禁されます、なので職業はひた隠しにしてました。

それにお嬢様は魔法使いや賢者には向いてません…フッ」


「何で向いてないの?ステータスが魔法使い向きじゃないってこと?」


「そのうち聖女じゃなくてマッドサイエンティストになるそうですよ」


それ俺が言ったの??


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