守護霊マリスレア 5


「これはまるで……終わっている村の標本だな」


 村の中に足を踏みいれ、その有様を観察したあとで無意識に出た言葉がそれだった。


 目の前には雑草が高く生い茂り、畝も境目も怪しいほどに荒れた畑が延々と広がっている。

 その隙間で、老人たちが死んだ目をしたまま鍬をふるっていた。

 あたかも、本場ハイチのゾンビを見ているようだ。


 そんな老人ですら、その数えるほどしか残っていない。

 予想通りと言えばそれまでだが、実際に現実として突きつけられるとなかなかに辛いものがある。


「若い者は全員、殺されたか奴隷として売り飛ばされてしまった後のようですね」


 村の中にいた盗賊の討伐と情報収集済ませたミーフィアから、淡々とした声でそんな報告が上がる。

 あいかわらず仕事が早いねぇ。


 しかし、盗賊がいなくなったとしても、この村はもはや自力では立ちなおれまい。

 それが分かっているのか、せっかく盗賊が退治されたというのに村の住人たちはピクリとも反応を示さなかった。


 ――放置すれば、数年とかからずこの村は蔦と雑草の中に消えるのだろうな。

 だが、俺が来たからにはそんな未来はやってこない。

 絶対にだ。


 緩慢な動きで、まるで他にやることが無いから畑を耕しているだけと言った感じの老人たちを見ながら、俺は心の中で誓いを立てる。


 その時、俺の中の何かスイッチがカチリと音を立てた。


 本当に……こいつらの死んだ目、ほんとたまんねえよな。

 救いを諦めたようで、そのくせ心の奥底では都合のいい救済を待っている。


 なんて俺好みの怠惰な被害者だ。

 俺の中にある存在意義が、疼いて疼いてたまらねぇよ。


 改めて口にするが、俺がこの世に生まれた理由はこの世界に奉仕するためである。

 ゆえに、救済すべき奉仕対象者をみると、関わりたくて仕方がなくなるのだ。


 ただし、何をもって救済とみなすかは俺の価値観による。


 とは言うものの……はて、どこから手をつけたものか。

 霊的・魔術的な部分での村の復興は俺の専門だが、社会的に死んだ村の立て直し方はちょっとわからない。


 とりあえず自分の専門分野から手を付けるとなると、新しい塞の神を呼ぶか作るかなのだが……。


「ユージン様、また子供らしからぬ顔している」


 なんだよミーフィア。

 人を横目で見ながら溜息つくとか、すっごく失礼だと思うんだけど?


「いいんだよ、俺は。

 こういうキャラなんだから。

 他のガキんちょがどうだろうと、知った事か」


 俺がテンションだだ上がりでそんな会話をしていた時である。

 マリスレアが急に騒ぎ出した。


『おおお、ユージンよ、この村にはまだ幼子の気配があるぞよ!

 しかも、かなり弱っているではないか!』


「なに、まだ子供がここんな場所に残っているのか!?」


 それは聞き捨てならない。

 こんな劣悪な環境に子供を放置したら、すぐに衰弱するのは目に見えている。


 つまり、要救済者だ!

 絶対に逃がさん!!


「おい、お前!

 この村の子供たちはどこにいる!」


 俺はその辺にいた老人を捕まえると、子供の居場所を問いただした。

 すると、老人は絞り出すような声で、そして視線を泳がせたまま答える。


「売り物にならないほど幼い子供たちは、全員まとめて一軒の家に押し込められている」


「案内しろ。 早く!!」


 嫌だなんて言わせない。

 俺は老人の手から鍬を奪うと、どうでもいいとばかりにその辺に投げ捨てた。


「へぇ、こちらで……」


 俺の異様なテンションにおびえ、老人は背後に控えるミーフィアを見る。

 だが、そこに救いは見つからなかったのだろう。

 老人は仕方なしに歩き出した。

 こいつらの遊びには付き合ってらんねぇよと言わんばかりの顔で。


 やがて案内されたのは、ゴミクズのような建物の並ぶ村の中でもさらにお粗末なものだった。


 いや、あれは家とは言わんだろ。

 文字通り"巣"である。


 土砂を積み上げて穴を掘っただけの歪な泥色のカマクラの入り口にはドアすらない。

 かわりに風よけのために石と板の残骸が積み上げられており、その隙間から小さな目がいくつもこちらを覗き込んでいた。


 その目には警戒の色が強い。

 警戒心をむき出しにしたソレは、まるで野良猫のようである。


 くくく、なかなか手ごたえのありそうな救済対象じゃねぇかよ。

 とはいえ……。


「すぐには対話できそうもないな。

 まずは状況を変えよう。

 先にこの村の周囲から盗賊を一掃して、完璧な安全性を確保してからのほうがよさそうだ」


 そう考えた俺は、子供たちの巣から少し離れた地面に魔法陣を描いた。


「ジョルダン、メリケン君、ちょって来てくれ」


 魔法陣の上に霧が漂ったかと思うと、それはすぐに二体の使い魔となる。


「二人で協力して周囲の山賊を捕まえてきてくれないか?

 わるいけど、前情報は無し。

 そのかわり、手段は問わない」


 かなり雑な指示だが、恐ろしい事にこの二匹ならばこれで充分。

 俺のやるべき事は、ただ信頼することだけだ。


 二匹はお互いの顔を見合わせて頷くと、すぐに行動を開始する。

 メリケン君の体は濃い霧となり、ジョルダンの体はその白い闇の中へと溶けるように消えた。


 さて、おそらく一刻もあればこのあたりから盗賊は一人もいなくなるだろう。

 特にジョルダンの追跡はすさまじいからな。

 人の縁や罪を嗅ぎ分ける嗅覚って、本当に反則だと思う。


 盗賊だけじゃなく、勢い余って街にいる盗賊の関係者まで捕まえてくるかもしれないが……その時はその時だな。


「マリスレア、子供たちには食事が必要だ。

 周囲に果樹を生やしてくれないか?」


『お、おお、そうじゃ!

 まずは飢えをなんとかしてやらなくては!

 さすがユージン、賢い子じゃのぉ』


 アンネリーの体から紫の魔力がほとばしると、周囲の土に干渉を始める。

 これでさしあたっての食べ物はなんとかなるはずだ。


 さて、次はこの村の資材の状況を確認しようか。

 そう考えた俺は、そのまま村の老人に案内を頼んで穀物倉庫へと足を延ばした。


 ついでに荷物持ちとその護衛として付いてきた連中にいくつか指示を出しておく。

 少し大掛かりな儀式が必要になってきたからだ。


「あー、なんというかさ。

 やっぱりこの村は死んでいるな」


 盗品でいっぱいになった倉庫の中を見て、特に感慨もなく呟く。

 金目のものは色々とあるのに、口に出来るものが酒しかないあたり、独身サラリーマンの冷蔵庫のようである。

 なんか色々と身につまされるものがあるな。


「確かに食糧庫としては死んでますね。

 しかしこの惨状、どうなさるんです?」


「死んでいるならば復活させる。

 死者の蘇生は、昔から聖職者の華だろ?」


「そうでしたっけ?」


「そうなんだよ、ミーフィア」


 主にRPGゲームの話ではあるが。

 あと、俺は僧侶じゃなくて魔術師だけどな。


「きゅ、救済なされるんですか、この完全に終わった村を!?」


 横で聞いていた老人が信じられないといった顔になる。

 分かってないなぁ。


「ここに魔術師がいて、神がいる。

 できない事なんて、どのぐらいあると思う?」


 ……冷静に考えるとけっこうありそうな気がするが、今回の件ぐらいならばどうにかなるよな。

 とりあえずハッタリは大事だ。


「そういえばミーフィア。

 捕らえた盗賊共はどうなっている?」


「ギダルクに頼んで、まとめてウイッカーマンに入れてあります。

 焼きますか?」


「焼かないって。

 もっとも、生贄にはするけどな」


 ウィッカーマンとは、古代ケルトの生贄の儀式に使う道具である。

 主な使い道は、罪人を入れておいて、丸ごと火あぶりにすることだ。

 なぜ古代ケルトの儀式の道具がこの世界にあるかについては、今はまだ関係が無いからまた今度語ることにしよう。


「まず、連中には真人間に戻ってもらわないとな」


 俺は目的の魔術に適した時刻になった事を確認すると、クルセウスたちに用意されておいた儀式の場へと向かった。


 その荒れ果てた畑の中央には、人の顔を模した大きな牢獄が鎮座している。

 これがウィッカーマンだ。


 無駄に凝った形状がいかにも宗教っぽくて、魔術師心をそそらせる。

 そんなウイッカーマンの中には、ミーフィアが捕らえた盗賊たちに加え、ジョルダンとメリケン君が捕らえてきた関係者たちまでもがパンパンに詰まっていた。


 ……うわ、見ているだけで暑苦しいな、これ。


「お、お前!

 俺たちになにをする気だ!」


 手近なウイッカーマンの中にいた盗賊が、口から泡を飛ばしながら喚きちらす。

 その声にイラッとしたのか、ウィッカーマンの横にいたメリケン君がハサミで檻を叩いて黙らせた。


 ふむ、何も教えずに刑を執行するのも面白くないな。


 俺は荷物の中から、小さな丸薬をいくつも取り出して、奴の顔の前にちらつかせる。


「なぁに、ちょっと長い夢を見てもらうだけさ。

 こいつは俺の師匠が調合した特別製の香でね。

 特定の人物の一生を夢に見る魔術の触媒だ」


 お値段は時価であり、少なくとも一粒で平民が一生食うに困らない金額が動く。

 もっとも、流通なんかまずしないんだどさ。

 魔術師の作る物ってのは、貴重品になるほど金では取引されない傾向にあるんだよな。


「おい、もってきたぞ」


 振り向くと、ギラギラとした目をした老人がいた。

 手には真っ黒な髪が一束握られている。


「あぁ、ありがとう。

 これで君の娘さんの無念をこいつらに教えてやることができる」


 その髪の持ち主は彼の娘だ。

 去年、彼女は俺の目の前にいる盗賊たちによって殺されている。


 俺がその遺髪を受け取ると、老人は悪意に満ちた笑顔を盗賊たちに向けた。

 

「俺の娘の受けた苦しみと屈辱、とくと味わうがいい!!」


 老人が立ち去ると、俺は香炉をセットして、山賊たちの前に置く。

 そして火のつい香炉に、長い黒髪を一本くべた。


 隣には、同じようにして集めた遺品が山と積まれている。


「もうわかっているね?

 お前たちは、今からお前が殺した人間たちの人生を追体験する。

 ちゃんと夢の中で殺される間際には、お前がお前であることを思い出すようにしてやるさ。

 余すところなく自らに向けられた憎悪をその身に受けいれ、その罪の重さを理解しろ」


「や、やめろ、やめてくれ!」


「反省している! だから、それだけはやめて!」


「チクショウ、お前には人の心は無いのか!?」


「おいおい、殺すことなく殺人の罪を償わせてやるんだぞ?

 むしろ、もっと感謝の言葉があってもいいんじゃないかと思うんだがなぁ」


 さらに罵声がかえってくると思ったが、それよりも早く香炉から吐き出された煙が盗賊たちの口から台詞を奪った。


「や、やめて……たっ……助け……」

「ぐえっ……い、嫌……だ……」

「意識が……」


 しばらく呼吸を止めて抵抗していた山賊たちだが、その努力もむなしく次々に意識を失う。


 ふむ、どうやら全員夢の世界に旅だったな。

 見れば、閉じた瞼の裏で眼球がくるくると動き回り、時折指先が痙攣している。


 今頃は夢の中で無垢な乙女に生まれ変わっている事だろう。

 せいぜい楽しむがいい……自分自身に殺されるその時まで。


夢の支配者アメッセン エルェゲラ大いなるピスティニの導きあれピスティニ アンディアク ギダツコ サイツ

 じゃあ、こいつらは手はず通り祭壇へもっていってもらおう。

 ……ギダルク」


 短い祈りを捧げると、俺は護衛のうちでもっとも腕力に優れた男の名を呼んだ。


「あいよ、ユージン様。

 ところで……ひとりぐらいあっしの同類が増えたりしませんかねぇ」


 どこか物欲し気な視線で尋ねる男はギダルク。

 屈強なオーク族にして俺の護衛だ。


 実はこのギダルク、もとは山賊の親玉である。

 そして、今使ったものとまったく同じ術で俺が罪を清めた存在だ。

 もっとも、一緒に同じ術をうけた連中は、全員が心を失った状態で養護施設に入っているが。


 ……というか、この術に清められた後に自我を取り戻した山賊は、おそらくこの緑の肌をしたマッチョだけだろう。


 さすがにトラウマになっているのか、今も核兵器でも見るような視線を香炉に注いでいるがな。

 とはいえ、普通はこの香りが鼻をかすめただけで泣きながら喚き散らしそうなものである。


 いったいどういう精神力しているんだか。


「そんな例外、何人もいてたまるか。

 それに、そんなことになると今回は色々と都合がわるい」


「ぶふっ……本当に悪いクマさんだ。

 あっしはわりとそう言うところ気に入ってますけどね」


 俺が身もふたもない事を口にすると、ギダルクは笑いをこらえ切れず吹き出してから、ウイッカーマンを軽々と運んで行った。


 さぁ、そろそろ今回の事件の総仕上げだな。

 俺は子供たちが立てこもっていた家の前へと足を進めた。


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