守護霊マリスレア 4

「おい、お前らそこで止ま……ぷげぇっ!?」


 目の前に現れたむさくるしい男の腹に、マリスレア……のりついたアンネリーの掌底がめり込んだ。

 男はそのまま、漫画かアニメのように跳ね飛ばされ、近くに生えていた木にぶつかってようやく動きを止める。


 あー、致命傷だな。

 口から派手に血を吐いているところを見ると、内臓をやったか?


火星の精霊よマルテコ イスピリツァ……」


 手持ちの棘草ネトリを触媒に、俺はすかさず治癒の術を発動させる。

 応急処置にしかなるまいが、これでそのまま死ぬようなことはあるまい。


「このアマぁぁぁぁぁ!」

「抵抗するなら容赦しねぇぞ!!」


 惨劇を見せつけられた他の山賊は、怯えるどころか一斉に武器を引き抜いた。

 なるほど、相手を侮る事をやめたその判断は間違っていない。

 だが、最適解ではないな。


 なにせ君たちが相手しているのは……邪神なのだから。


 正解は、全力で逃げる事。

 もっとも、それですら助かる見込みはないのだが。


 見えない、分からない、というのは常に哀れな事である。


『吠えるな玩具。

 その方らの不細工な顔と鳴き声に興味はない。

 黙って遊ばれるがいい』


 嘲る言葉すら美しく、まるで黒絹が耳に触れるようだ。

 だが、その台詞と共にさらに二人が追加で飛んでいる。

 まったくもって俺の美学とは相いれない展開だ。


 それにしても……ダークエルフの武術に邪神の膂力、そしてエルフの美貌に神の威厳。

 組み合わさると、本当にいろんな意味で手がつけられんね。


 さて、ここで少し与太話をしよう。

 武器を持った人間は、その三倍の実力がないと倒すのが難しい……とはよく口にされる言葉ではあるが、ここではその言葉が正しいとする。


 すると、こういう理屈も成り立たないだろうか?


 逆説的に自分の実力の3倍以上の実力者がいたら、武器を持っていても襲い掛かってはいけない。


 さぁ、ここで問題だ。

 人を玩具のように跳ね飛ばして遊ぶ生き物の実力は、はたして己の実力の何倍でしょうか?


 三倍ではまったくきかない事を計算できなかった頭の悪さこそ、こいつらの不運であると俺は断言しよう。

 つまり……仲間を倒された賊はさらに逆上し、一斉に襲い掛かってきたのである。


 差し迫る刃を、生ぬるい風でも払うように平手で弾き飛ばすマリスレア。

 彼女は無防備に間合いをつめると、わざと優しく賊の顔を両手で包み込んだ。


「潰れろ」


 ヤベっ。

 嫌な予感を覚えて、俺は防御の術を山賊に放つ。

 一瞬遅れて、ヴォンと腹に響くような重低音が鳴り響いた。


「……殺すなって言ったよな?

 あと、魔術を使うなとも」


 賊は目からも鼻からも血を吹きながら意識を失っている。

 俺もまた、防御魔術の反動で爪の付け根がはれ上がっていた。

 ズキズキとして地味に痛い。


『ユージン、怪我をしたのかえ?』


「話を逸らすな。

 俺の言ったことが守れないのか?」


 心配げな表情で駆けよるマリスレアだが、甘い顔はしない。

 こいつには自分のやった事をちゃんと受け入れてもらわないと。


 俺が手厳しい態度をとると、彼女はツンと唇を尖らせた。


「魔術は使っておらぬぞよ?

 それに、ギリギリ死なない計算じゃった」


 拗ねた表情も絵になる……というところは認めるところだが、それを免罪符にすることは許さない。

 今のはギリギリ即死しないだけであって、放置すれば数分であの世行きだ。

 計算の基準が完全におかしい。


「ユージン様、今の技は高速で相手の体を振動させ、内部から破壊する武術ですね。

 はるか西の国にそのような技を使う者がいると聞いたことがあります」


 あー、解説ありがとうミーフィア。

 なんかそれ、漫画で読んだことある技だわ。

 でもさ……。


「俺はそう言う話が聞きたいんじゃないんだ。

 たのむから、その"生きていればそれでいいだろ"みたいな雑な判断はやめてくれ。

 できないというならば、俺の名の意味にかけてお前との縁を絶つことになる」


 ――神堕としの儀には、それが可能だ。


『そ、それはならぬ!

 子よ、なぜ母をそのように厭うのじゃ!?』


「俺とお前で価値観があまりにも違うからだ。

 嫌ならば、もっと俺の言葉に耳を傾けろ。

 もっと寄り添え。

 でないと……子離れの時期がくるぞ」


『あひぃぃぃぃぃぃぃ!?』


 俺の宣言に、マリスレアは聞きたくないとばかりに耳を押さえたまま悲鳴をあげた。


「お、お前ら、いったい何者なんだ!?」


 怯えた目をした山賊が、化け物でも見たかのように俺を罵るが……さて、何なんだろうな?

 わかんないから、こう言っておこうか。


「……ピクニック中の森のクマさんとその御一行かな」


 まぁ、嘘は言ってないぞ。


「てめぇ、ふざけ……ゲフゥッ!?」


『我が子にそのような言葉遣いは許さぬ』


 反論しようとした山賊の台詞は、マリスレアの掌底で顔ごと踏み潰された。

 あーあ、顔とかパーツ細かいから後で治療するの大変なんだけどなぁ。


『なんじゃその目は。

 ちゃんと手加減はしたぞ?』


「したのはわかってるけど、ぜんっぜん足りてない」


 怯え混じりの強がりを、溜息と懊悩で押しつぶしつつ、俺は落ちていた眼球を拾いあげた。

 後で治療するときのために保存の魔術をかけておくか。

 決着がつくまで、そう時間はかからないとおもうけど。


 俺の予想通り、山賊たちがすべて打ち倒されるのにかかった時間は、おそらく一時間程度だったと思う。

 あらかじめメリケン君を呼んでおいて、逃亡できないように霧で囲っておいたからな。

 打ち漏らしはないはずだ。


「どうやら終わったみたいだな」


「そのようです。

 マリスレアも満足したようで」


 誰に向けた台詞でもなかったのだが、アンネリーの返事に思わず振り返る。

 どうやらマリスレアは彼女の中で休息しているようだ。


「満足はいいが、癖になっていたらと思うとちょっと怖い」


「それは確かに」


 定期的にマリスレアを連れて盗賊退治をする光景を思い浮かべ、俺たちはどちらからともなく苦い笑みを浮かべた。

 あいにく、こっちは地脈の世話だの何だのだけで手が一杯なんだよ。


「ところでアンネリー、怪我はなかったのか?」


「お気遣いありがとうございます。

 ですが、あんな連中を相手に怪我をするなどありえませんので」


 丁寧に一礼する姿は、衣擦れ一つ見当たらない。

 本当に剣と魔法の世界のメイドって感じだよ、お前は。


「それは何よりだ。

 さぁて、そろそろ山賊どもの治療でもしてやりますかねぇ。

 あのままじゃ何人か死ぬし」


「本当に治療するんですか?」


 不可解といわんばかりの声だが、俺に譲歩する気はない。


「連中にはどんなことがあろうとも真人間に戻ってもらう予定だ。

 言っておくが、あんな連中でも人間だから……なんて甘い考えは一切ないぞ」


 では、なぜそんな手間をかけるのかというとだ。


「真人間に戻してやらないと、自分のやったことのおぞましさが理解できないじゃないか。

 あのクソどもには自分の罪の一切を正しく認知したうえで、恥じて、悔いて、苦しんでもらう」


 それは死が救済でしかなくなるほどの重い罰だ。

 盗賊なんて行為をした連中は、それがどれほど罪深いかを理解したうえで、周囲に示しながら死んでゆく義務がある。


「たぶん全員、現実を受け止めきれずに廃人になりますわね」


 アンネリーの言葉は、明日の天気についてでも語るようで、冷たくもぬるくもなかった。

 愛の対極にあるのは、憎しみではなく無関心……そんな言葉が脳裏をよぎる。


「それが自らの罪の重さの結果であれば仕方があるまい。

 あと、本拠地の場所もしゃべってもらわないと」


 先ほど取り押さえた盗賊が全てとは限らないからな。

 どうせ始末するならば、禍根を残さぬよう徹底的にやらなければ。


 だって……生き残りがいたら、復讐を考えるかもしれないじゃないか。

 熊は臆病な生き物なんだよ。


 俺は外傷を癒すために火星の聖印を切りながら、倒した盗賊たちの方へと近づいていった。

 さぁ、治療と処刑の始まりだ。




「ほら、とっとと歩け山賊共!」


 応急処置の終わった山賊共を、ミーフィアが蹴り上げるようにして移動させてゆく。

 その向こうには、魔術で作り出した間に合わせの台車があり、後から追いついてきた護衛……オーク族のギダルクが、山賊たちを魚河岸のマグロのように積み上げていた。


「アンネリー、念のために怪我人の処置をしっかりしたいんだけど、どこか適した場所はないか?」


「はぁ、この道の先にいくつか村があるはずなんですが……」


 地図を覗き込むアンネリーの顔は険しい。

 まぁ、そうだろうな。


 考えてもみてほしい。

 はたしてこんな盗賊だらけの街道の先で、まともな村があるのだろうか。

 まともに考えればあるはずもない。


 そして村が見えてきたとき、俺たちの不安は見事に的中した。

 ……すでに塞の神が居ないでやんの。


 これ、果たして村と呼んでいいのだろうか?


「うわっ、汚いなぁ」


 俺の目の前に現れたものは、竪穴住居に近い原始的な建物たちだった。

 雑と言うか泥まみれと言うか、発展途上国のスラムのようにあまり目にいれたいものではない。

 ……いや、たしかに建築物も汚いのだが、問題はその村を覆う力場である。

 

「地脈の乱れを通り越して、ほとんど瘴気だな」


 普通の人が見ても人とも思わないだろうが、俺たちからすると空気の色が変質し、もはやドス黒いとさえ表現できる。

 ここまで地脈が汚れる事は、通常ない事なんだがな。

 村を守る氏神や塞の神、あるいは周囲に住んでいる精霊などが浄化するからである。


 だが、ここまでひどい状況になると、神も精霊も身の危険を感じ、役目を放棄して逃げてしまう。

 その先は奈落に落ちるようにして不浄の地の出来上がりだ。


 周囲はさらに汚染され、悪霊だの何だのといった存在の巣窟となる。

 そこまでゆくと、後の処理がいろいろと面倒くさいんだよな。


 さて、地脈が汚れ乱れるとはどういうことか?

 たとえば風呂を想像してほしい。

 綺麗に管理され、適温のお湯が溜めてあるお風呂は実に良いものである。


 ……が、垢が浮いてカビが生えたような風呂に、鉱毒入りの煮えたぎった湯がはいっていたらどうだろうか?

 それはもはや、人の近寄って良いものではない。

 元の風呂場のデザインがどんなに美しくとも意味がないだろう。


 地脈が淀んで変質した場所と言うのは、おおよそそんな感じの場所だ。


 見れば、邪神であるマリスレアも誰かの屁の匂を嗅いだような顔をしている。

 こいつも邪神とはいえ一部ではちゃんと祀られている存在だからな。

 自分の属性に合わない不浄な場所はかなりキツいらしい。


 ……というか、アンネリーの顔でその表情はやめてくれ。

 美女の扱いとは、もっと丁寧にするべきだと思わないか?


 そんな事を思いながら、俺は差し当たって自分の周囲の空気を浄化した。


「ひどいものですね。

 原因の大元は山賊の横行でしょうか。

 この状態だと、農地も影響を受けて不作が続くでしょう。

 人はまともに生きてゆけませんね」


 俺の周囲が浄化されたのを察して、ミーフィアがすかさず近寄ってくる。


「ここまで質の悪い地脈の影響下だと、厄介な疫病が発生しかねないな。

 この地域の担当者を追求するのは後にして、ひとまず滞在可能な場所を作ろう」


 俺はミーフィアに呪符をもたせ、村を結界で覆うように指示を出すと、この村を浄化する方法について考え始めた。


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