棘草(ネトル) 【後編】

 さて、塔についたら今度は採ってきた棘草ネトルの処理だ。

 手袋をはめ直し、茎から葉を取り外す。

 水で洗ったら、小分けにして一部を陰干しに。


 この陰干しにした物は、ネトル茶と言って花粉症をはじめとするアレルギー性の症状によく効くのだ。


 さてと、ポーションを作る時刻までにはまだ時間があるな。

 俺は時計を確認すると、厨房の連中の様子を見に行く事にした。

 俺は特に影響がなかったけど、精霊の依り代ぶっ殺した巻き添えで祟りを受けているかもしれないしな。

 ちゃんと試薬を使って検査しておかないと。


 なお、護衛のうち一人は軽い霊障が原因で蕁麻疹が出ており、主犯のフリューゲルはガッツリ祟りを受けていたから後で何か起きるだろう。

 ……後程きっちり謝罪に向かわせないと、たぶんヤバい。


 厨房に近づくと、外の洗い場でディティルスと厨房の連中が棘草ネトルの葉を外す処理をしている。

 なお、茎の部分は食わないが、その表皮は糸にでもすることが出来るらしい。

 なので、茎の部分も後できっちり回収しなくては。


 さて、試薬の反応は……出てないな。

 どうやらあの連中はおとがめなしだったらしい。


 彼らは俺がやってきた事に気づくと一斉にこちらをむいた。

 基本的にみんな目つきが鋭いから、何気に怖い。


 みんな元は凄腕の傭兵だったらしいしな。

 なお、採取がてら雑談で聞き出した話によると、今でも朝は護衛の連中と一緒に鍛錬をしているそうだ。

 服を脱いだら全員が腹筋割れているんじゃないかな?


「やぁ、大変そうだねアニエル」


「あ、どうもユージンさん。

 そっちの処理は終わったんですか?」


「終わったよ。

 俺が持ち運びできる量なんてたかが知れてるからな」

 

 そう言いながら、俺は棘草ネトルの山に手を伸ばすと、断りもなく葉を外しはじめる。


「いや、ユージンさん……さすがにそれは……俺たちの仕事なので……。

 貴方を働かせたなんてしれたら、団ちょ……じゃなくて、親方にどやされちまいます。

 そもそも、貴方この塔で二番目にえらい人なんですよ?」


 いやぁ、そう言われても自覚は全くないですわ。


「じゃあ、その偉い人に叱るなって言っておいて。

 こうやって素材に親しむのも修行のうちだから」


 実際、こうやって手になじませることで俺の魔力が棘草ネトルに染み込みやすく進化する。

 この手の地味な作業は面白くないかもしれないが、将来つぶしの効く魔術師になれる……とは我が師ミザーリのお言葉だ。


「はぁ……それで済むのなら助かりますけどね」


「ところで、今日の棘草ネトルはどんな料理になるんだ?」


 すると、元傭兵の料理人たちはいっせいに顔を上げてニヤッと笑った。


「ラヴィオリです。

 平たく伸ばしたパスタを型抜きして、その上に具を置いてから包むように折りたたんで半月型にするんですよ」


 なんていいドヤ顔。

 こいつら、本当に料理が好きなんだな。


「あー、餃子みたいな形したアレか」


「ギョウザ?」


 あ、しまった。

 この国には餃子が無いんだった。


 しかし、イタリアの地方料理であるラヴィオリがそのまんまの名前で伝わっているのもおかしな感じだよな。


「なんでもない。

 ……話を続けて」


「うっす。

 で、そのラヴィオリをゆでてから、タマネギ、ジャガイモ、ブロッコリー、海老と一緒に炒めるんです。

 味付けはシンプルに塩胡椒とレモンだけですね」


「うわ……聞いているだけでよだれが出来た」


 素材の味を活かした、やや玄人向けの味付けである。

 お子様らしからぬ舌をもった俺にはたまらないチョイスだ。


「ユージンさんって、食の好みがわりと渋いっすね」


「悪かったな、オッサン舌で」


「いやぁ、褒めてるんですって。

 味のわかる人は大好きですよ?」


 そんな他愛もない会話で親睦を深めていると、あれほどあった棘草ネトルの山は綺麗サッパリ消えていた。

 気の合う連中と一緒に作業すると、本当に仕事が終わるのが早いねぇ。


 なお、その日の夕食は控えめに言って最高でした。

 それにしても思うのだが……自分たちでとってきた素材って、なんでいつもよりおいしく感じるんだろう?

 きっと、世界にかけられた幸せの魔法の一つなんだろうな。



 ――そして夜。

 俺は師匠の帰宅を待たずにポーションを作成することにした。

 ポーション作成は時間帯が変わると如実に効果が落ちてしまうからだ。


 なお、この世界の魔術的作業はすべて時間……すなわち星の配置に影響をうける。

 ゆえに、全ての作業は星の影響を把握したうえで進めなくてはならない。


 煩雑なので聞き流して構わないが、せっかくなので少しだけ説明させてもらおう。


 その日の作業を計画するには、まず魔刻と呼ばれる物を知る必要がある。


 魔刻とは、夜明けから日没、そして日没から夜明けまでの時間をそれぞれ12分割したもので、この魔刻が一つ進むたびにその時間帯を支配する惑星が変わるのだ。

 その日の最初の魔刻を支配する惑星はあらかじめ暦として魔術師ギルドから発行されており、我々はそれをもとに全ての作業計画を考える。


 外傷用のポーションの作業に欲しい惑星の影響は火星であり、今日の場合は日没から二つ目の魔刻。

 残り時間はあと30分しかない。


 俺は作業部屋の四隅に聖杯を置き、鉄瓶を持ち上げて棘草ネトルの葉を煎じたお茶を注いだ。

 そして中央に設えた祭壇にもネトル茶を捧げ、あらかじめ取り分けておいた棘草ネトルのラヴィオリを供える。


「大いなるマルフレット。

 勇気と信念、そして戦士を愛し抱擁する神よ。

 麗しきメイディーニ。

 薬と毒、そしてすべての命を愛し殺害する神よ。

 神に仕えし御使いたちよ、天上の星々よ、精霊たちよ、名もなき星々の欠片たちよ、天と地の狭間を満たす不可知なる力の流れとその理よ。

 栄えあれ、栄えあれ、栄えあれ、我と汝らの上に尽きる事なく栄えあれ。

 そして汝を言祝ぐ我が言葉に耳傾けたまえ。

 その深く寛大なる心にて、真理に至る作業へと臨む我が秘術を支えたまえ。

 我こそは怠惰なる獣ユージン。ニ ユージン ナイス ピスティア アルフェルァ

 神の足跡をなぞる者なりヤインコアレン アルァストアク ヤルァイツェン ディッヅェナク


 俺の祈りに応え、部屋の中の空気が力を帯びる。

 これは作業用の結界が発生した証拠あり、この結界があることで作業の成功率も生産物の効果も大きく跳ね上がるという代物だ。


 よし、結界の外からどんどん魔力が集まってきたぞ。

 その魔力の凝縮する場所は、祭壇に捧げられた供物。


 そしてこの儀式の次の段階は、捧げものにしたネトル茶を神の御下がりとして飲む事だ。


 これは魔術師たちが専門用語で『直会なおらい』あるいは『神人共食』と呼ぶものである。

 神の力を帯びたものを直接体内に取り入れることで魔力を増大させるとともに、つながりを深めることでその神の力を扱いやすくなるという技術だ。


 かなりお手軽に神の加護を得ることが出来るため、どこの宗教でもよく信者相手に使われる技法でもある。


 もっとも、こういう魔術は不特定多数を相手にすると効果が薄まる傾向にあるので、一般信者が受ける恩恵はたかが知れているんだけどな。


讃えよゴレツィ讃えよゴレツィ力ある神よヤインコ アーアルツァ響けソイヌア白羊の座の神名よマルフレットしめやかなるうちにソレムネキ

 

 古語の謡を口にしつつ、俺は棘草ネトルをつまんで水を張った大鍋に入れる。

 部屋の中の魔力は徐々に高まり、隅に置いた聖杯からは熱のない白い煙が濛々と立ち上がって霧のように床を覆い隠した。


 こうしていると、魔術師と言うより魔女の修行をしている気分だ。

 師匠もなんか魔女っぽいし。

 そもそも両者の間にたいした違いがあるわけではないしなぁ。

 

 水が温まり、棘草ネトルの葉から染み出たエキスで茶色く染まり始めたら、蠍の干物を一匹追加する。


 この蠍はこの辺りならば岩をひっくり返すとすぐに見つかる奴で、人間には効果が無い程度の弱い麻痺毒しかもっていない。

 メイディーニ神の奇跡を求める際に使われる、非常にお手軽な触媒である。

 そして子供たちのいい小遣い稼ぎのネタだ。


 そして最後に、自然鉄の一種であるヘマタイトを一粒。

 俺の指からキラキラと輝く黒い金属の粒がこぼれると、ポチャンと水音がやけに大きく響いた。

 続いて水底から鮮やかな赤が生まれはじめる。


 ……とてもきれいだ。

 それはまるで、子羊の喉を切り裂いて水の神に捧げたかのような光景。


 俺は恍惚として、その鮮やかでどこか残酷さの漂う色の変化を眺めていた。


 時間は、おそらく10秒にも満たなかっただろう。

 気が付くと、鍋の中はマルフレット神の象徴であるスカーレッドと、メイディーニ神の象徴であるワインレッドの液体が入り交り、墨流しのような模様を描きながら美しくゆらめいていた。


 これを漉しとれば、ようやくポーションの完成である。


 だが、儀式はまだ終わらない。

 というか、終わらせちゃいけない。


「大いなる神よ、そしてその御使い達よ。

 我を支えし親愛なる諸力よ。

 その加護の元に我が儀は滞りなく成し遂げられた。

 御身らの助力に心から感謝し、我はこの儀の終わりをつげん。

 いざ、賛美の言葉と共にその正しき御座へと帰りたまえ。

 また、再び我が願いし時は快く応え給う事を心から願う。

 我と汝にの間に尽きることなく栄光のあらん事を」


 儀式の終わりである送還の言葉を告げると、聖杯から吐き出されていた霧が一斉に止まる。

 同時に部屋の中を支配していた膨大な魔力が文字通り霧散した。


 この送還の儀を行わないと、神の意識やその御使いを意味もなくこの場所に留め続けることとなる。

 結果、周辺地域の魔力を意味もなく消費続けてしまう事になるのだ。


 これは宗教的にも環境的にも非常によろしくない。

 なので、儀式の最後に送還の祈りを行う事は魔術師の嗜みにして常識なのである。


 さて。

 出来上がったポーションを漉し取り、残りをさらに圧搾機にかける。

 テーブルには真っ赤な液体の入った瓶が10本ほど生まれた。


 なお、圧搾機にかけたものは価値が落ちるため、二級品として別にしてある。

 こちらはボトルにして二本と半分ぐらいだ。


「綺麗な赤だな。

 ……たぶんうまくいったと思う」


 ちゃんとできているかは、明日になってから師匠が調べてくれるだろう。


 とはいえ、見せるのは圧搾機を使わなかった純正品だけでいい。

 二級品と搾りカスはどうするとかいうと……。


 俺は時計に目をやり、火星の魔刻がそろそろ終わることを確認した。

 ……途中で魔刻が終わったら効果は薄まるかもしれないけど、どうせオマケだしな。


 師匠の出す課題の資料には、たいがいオマケが付いている。

 そして今回の課題のオマケは、『二級品ポーションと棘草ネトルの搾りカスの有効利用方法』だった。


 さて、まずはこの棘草ネトルの搾りカスだが、実は精力剤としての効果がある。

 ここにニンニクとイカリソウの根と魔獣の陰茎を干したもの、そして例の九香虫を足せば、魔術師謹製の精力剤が出来上がりだ。


 魔獣の陰茎は毒がないものであればなんでもいいが、俺と相性のいい金星の属性の魔獣……いまストックしてある奴だと、ヨツメヒスイヘビの雄の生殖器がよさそうだな。


 それぞれ配合表に従い重さをはかり、すべて粉にしてから丸薬にする。

 とりあえず今日の仕事に対する個人的なお礼だという事で例の護衛の人に飲ませてみるか。


 さて、二級品ポーションについては、圧搾機を使う事で余計な成分まで染み出すため、結果的に効果は同じだが効果が出るまでに時間がかかる。

 ならば即効性の求められない製品に使えばいい。


 ……と言う事で、これは豚の脂と混ぜてハンドクリームにすることにした。

 手荒れを起こしやすいメイドたちと厨房に持って行けばさぞ喜ばれるだろう。


 数日後、俺は精霊の祟りを受けていた護衛二人に事情を説明し、ポーションをもたせて現地に謝罪へと向かわせた。

 帰ってきた彼からは祟りの痕跡が消えていたので、お許しが出たらしい。

 ようやく一安心だ。


 だが、ハッピーエンドとは行かなかった。

 フリューゲルが馬鹿をやらかしたのである。

 彼は非番の翌日、干からびてフラフラになった状態で勤め先に戻ってきたのだ。


 なんでも、花街でたっぷり絞られ、生命の危機を覚えて逃げ帰った来たそうな。


 原因は、たぶん例の薬。

 飲んだ後、なぜかやたらと女性にモテるようになったそうで、それでいい気になって花街に突入した結果がコレなのだそうだ。


「……というわけで、もっかいあの薬くださいよ、ユージン様。

 次はうまく立ち回りますんで!」


 うん、まったく懲りてないね。

 これは間違いなく同じ失敗を繰り返す奴だ。


 とりあえず何が起きているのかちょっと状態をチェック。

 ……体の匂いが明らかにおかしい。


 これ、男性フェロモンの匂い?

 どう考えても異常な量だぞ。

 間違いなくあの薬の副作用だな。


「なんか変な効果が出ているみたいだから、この薬はしばらく封印で」


「そんなぁぁぁぁぁ!」


「ジョルダン、兵士の詰め所にフリューゲルを放り込んでさしあげなさい」

「バウッ!」


 なおもすがる色ボケさんにジョルダンをけしかけると、聞き苦しい声が遠くへと消えてゆく。

 よし、これにて一件落着。


「あぁ、ユージン。

 良いところにいましたね」


「あ、師匠!

 おかえりなさい!!」


 声のした方に目を向ければ、疲れた顔の師匠がやや気だるそうな笑みを浮かべていた。


 うん、今日も美しいな。

 ずいぶんと萎れているけど。


 実は、例の緊急出張から数日、ずっと音沙汰がないので結構心配だったのだ。

 ほんと、何があったかはしらないけど、この疲れ具合からしてひどい目にあったんだろうな。


「先日のポーションですが、大変良くできてましたよ。

 あれならば、御用商人に売っても構いません」


「本当ですか!」


 やった!

 これで俺も正々堂々と小遣い稼ぎが出来るぞ!!


「ただ……」


 その言葉と同時に、師匠の手が俺の腰に伸びる。

 しまった、油断した!?


「今の私にはポ―ションではなく別の癒しが必要なのです。

 もちろん解ってくれますよね?」


 やだ! これ、愚痴を聞かせられながら毛が擦り切れるまでモフられる流れやん!

 らめぇぇぇぇ!

 ハゲ散らかすのはいやぁぁぁぁぁぁ!!


「あぁぁぁああああ!!

 助けてジョルダン」


「……わふぅん」


 あぁ、無情。

 次はポーションじゃなくて、毛生え薬を作ろう。


 そんな決意を胸に抱きつつ。

 ジョルダンの切なく悲し気な視線に見送られたまま、俺は師匠の寝室に続く扉の向こうに消えたのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る