第10話
「まだかな、まだかなぁー おいしいお肉がやけるのまだかなー」
「アゥアゥアゥーン」
「キュッキュー!」
俺が口ずさむ適当な歌に、妙な合いの手が二つ入る。
その正体は、俺の相方であるジョルダンと、巨大なザリガニさんだ。
むっ、気が付いたらザリガニの鋏をカチカチと鳴らす音が完璧なエイトビートを刻んでいる……お主、かなりできるな!!
「あれ、昼前に俺たちを襲ってきた化け物だよな?」
「なんで一緒になって飯の支度を見つめているんだ?」
捕縛した伯爵の配下たちが、気味悪そうにぼそぼそとささやきあう。
まぁ、なんだ、言わんとすることはわかるが現実は素直に受け入れなさい。
もうすぐ美味しいご飯が出来るから、余計な事は考えずに今を楽しむといいよ。
悩むだけ疲れるだけなんだし。
さて、俺たちが何をしているかというとだ。
聖域をちょっと出て、橋を渡ったところでランペールの子をさらっていったクソ魔術師を待ち伏せ中……の前に腹ごしらえの準備中である。
ハラペコ、よくない。
餓死の経験者の言う事だから、間違いないぞ。
なお、森と外界を繋ぐ唯一の橋は、叩き落として誰も通る事の出来ない状態にしてある。
「あー、もー、そんな急かしてくれるなよ、ユージン様。
大きな肉に均等に火を入れようとすると、どうしても時間がかかるんだよ。
ほら、ミ―フィア!
ここ温度が下がってるぞ!」
タレのついた刷毛を手に、張り切って料理をしているのは、ウチの料理番であるディティルスだ。
え? 俺?
ほら、怠惰の獣なんて称号を持っているぐらいだし、自分しかいないときと神様に捧げる食事を作る以外は料理しない主義なんよ。
「な、なんでこの私が……」
魔法陣の上に乗せられた巨大な兎を前では、ミーフィアがブツクサと文句を口にしながら加熱の魔術を使っている。
調理に火なんて使いませんよ?
魔術の方がずっと熱の調整楽だし。
「美味い肉を食うためだ、仕方なし」
「食事に妥協は許しません」
あまりにミーフィアの愚痴がうるさかったのか、エヴォンとアンネリーからお小言が飛ぶ。
「くぅっ、確かにその通りだけど……なんで他に火の術の得意な奴がいないんですか!
私だってユージン様の隣でワクワクしながら美味しいご飯が出来るのを待っていたいですっ!」
残念なことに、ディティルスが調理を任せてもいいと思えるほど火の魔術に長けた奴は、彼女一人だけだった。
むしろ選ばれたことを光栄に思うがいいよ。
……だったら代わってくれ?
残念だが、俺には料理の出来上がりを楽しみに待つという大事な仕事があるんだ。
残念だったな。
本当はアニエスという素晴らしい火の術の使い手もいるのだが、こちらは別の料理に取り掛かっている。
なお、そんなミーフィアとディティルスが絶賛調理中このウサギの名はウンチー・エルァルドイア。
古語で『巨人のごとき兎』を意味する名前を持つ生き物である。
あまり食欲のわかない名前だが、兎が古語でウンチアで、古語の文法だと活用形が変化してウンチーになるのだから仕方がない。
面倒だし俺の食欲の維持のために、今後はデカウサと呼ぶようにしようか。
なお、このデカウサは無彩の森に住んでいる生き物だが、守護者に許可をもらっているので捕獲しても問題はない。
と言うか、取ってきたのはその守護者本人(?)だ。
さて、なぜ俺たちが守護者と一緒にいるかと言うと……。
ここで待ち伏せの準備をしていたら、見覚えのあるマッカチンが様子を見に来たので、神饌の残りをプレゼントしたらなつかれた。
……以上。
改めて思うのだが、ずいぶんとノリの軽い守護者がいたものである。
というか、こいつが様子を見に来たのは橋を落とした後だったはずなのに、なんで普通にこっち側にいるの?
その後もいつの間にか森に戻った上に、デカウサまで仕留めてきているし。
何か抜け道でもあるのだろうか。
なお、この守護者……森の外に出た瞬間に体が真っ赤に変化した。
無彩の森では色が存在できないから、真っ白に見えただけだっんだろうな。
まるっきり巨大なアメリカザリガニだから、適当にメリケン君とでも名付けようと思う。
……あ、名前つけたら契約が成立した?
ちょっと、なんでそんなにノリが軽いの!?
契約って、けっこう重大な事のような気がするんだけど。
というか、君の名前、メリケン君だけどそれでいいの!?
なんかすごく気に入っているように見えるんだけど!
メリケン君はウェーイと言わんばかりに両手の鋏を掲げ、すごぶるゴキゲンだ。
あ、鋏で刻むエイトビートが16ビートにアップしやがった。
さらにその無数の足の機動力を見せつけるように、華麗なステップで踊り始める。
……軽い。
この守護者、めちゃくちゃノリが軽いんですけど!
なに、この陽キャザリガニ!
だが、次の瞬間。
俺の体が何か大きくて柔らかいものに押しつぶされる。
「ワフッ!」
「……ジョルダン?
重いんだけど?
ものすごーく、重いんだけど?
ちょっとどいてくれないかな?」
「ワフフン!」
抗議をしても、全く聞いてもらえない。
どうやら、俺がメリケン君にばかり注目しているので、嫉妬しているようだ。
こうなったら、もはやジョルダンの気の済むまで黙ってこうしているしかない。
犬はとても嫉妬深い生き物なのである。
ジョルダンの腹の下で愛の重さについて考えていると、男爵の部下が慌ててこちらにやってきた。
「ユージン法師官、どうやら向こうの魔術師が現れたようです。
いかがなさいますか?」
「あー、そのままほっといて。
どうせ橋が無いからこっちに渡ってくることはできないし」
崖と崖の幅は、およそ50メートル。
しかも、女神の加護によりその幅を飛び越えるための魔術は効果が発生しない。
「……えっ?」
なんで不思議そうな顔してるんだよ。
当り前だろ?
俺は
「ユージン様、ご飯が出来ましたよー」
「うーい。
じゃあ、喧嘩する前にご飯食べますか。
おい、ジョルダン。
ご飯食べに行くから、そろそろどいて」
「ウフゥゥーッ……」
アニエルが呼びに来たので、仕方なくジョルダンが体を起こす。
俺がどんなに謝っても許してくれなかったのに、実にあっさりとだ。
やはりご飯の力は偉大だな。
崖の向こうからは、なにやら罵詈雑言のようなものが聞こえる。
あー、無視だ、無視。
ゆっくりご飯を食べてから相手してやるから、君はそこで吠えてなさい。
はー、ケツが痒いわー。
あと、親ランペールがその音に気付いて襲い掛かって来るかもしれないけど、それはそっちで対処してね!
うん、気分は巌流島の決闘に赴く宮本武蔵だね。
……講談の脚本の方だけど。
史実はどうだったかって?
ちょ、ちょっと興味のない話ですね。
うん、あれは知らない方がいい。
と言うわけで、
俺のお気楽極楽な精神攻撃を食らうがいいわ!
先ほど俺が受けた屈辱の分、じっくりコトコトと冬のオデンのように煮詰めてくれる!!
そして一時間後。
「あー、アンネリーそこもうちょっと強く」
「はい、かしこまりました」
俺はジョルダンの背中に乗ったまま、アンネリーの膝枕で耳掃除を受けていた。
いやぁ、極楽極楽。
嫌な事なんて、みーんな忘れちゃうよ。
「貴様、いい加減無視するのはやめろ!!」
あ、嫌な事の方から抗議が来た。
せっかく忘れていたのに。
でも、まだ俺の気が晴れないんだよね。
君にはもっと屈辱を味わってもらわないと。
俺はゴロンと寝返りをうち、反対の耳をアンネリーに差し出す。
「アンネリー、今度はこっちの耳もお願い」
「ユージン様……これ以上放置すると、捕縛されているランペールの子がかわいそうです」
おお、アンネリーの言い分はもっともだな。
しゃあない。
そろそろ相手してやるか。
「あー、そこの盗人魔術師。
無駄な抵抗はやめておとなしくランペールの子供を開放しなさい。
そうしたら森から出してやることを考えてやらんこともないし、なんとなくそう言う気分になるかもしれないから、よく考えてくれてもかまわないよ?
あー、アンネリー、もうちょっと奥まで耳かきしてくれる?」
「だめですわ、ユージン様。
あまり奥のほうまで耳かきをすると、お体に障ってしまいますわよ?」
あ、ミーフィアとディティルスがこっち見てうずうずしている。
お前らもアンネリーの耳かき大好きだもんなぁ。
でも、これは俺のだから譲ってあげない。
さらに向こうを見れば、ディティルスが恋人であるアニエルの膝の上で同じように耳掃除を受けていた。
うん、ダークエルフの耳かき万歳。
世界は実に平和だ。
よきかな、よきかな。
「真面目に交渉する気あるのか、貴様らぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
あるわけないだろ?
お前が心折れて話をさせてください、お願いしますと土下座するまで寛いでいるところを見せつけるつもりなんだから。
何もしなくったって、そのうち親ランペールが駆けつけて全部解決してくれるだろうし。
ふふふ。
この完璧なまでに怠惰で揺るがない策略、我ながら恐ろしくなるよ。
「お、おのれ、おのれ、戦いになると思って真剣に準備を整えてみればこの仕打ち!
もはや許さぬ!!」
あ、キレた。
思いのほか早かったねー。
魔術師の癖に精神修養が足りないんじゃない?
「
おお、
なるほど、これならば距離と関係なく攻撃できるよね。
ちなみに呼び出された天使は実体をもたず、精神世界からの干渉によって攻撃してくる。
よって、この術による攻撃に対して、武術の心得だの肉体的な頑強さなどは基本的に意味をもたない。
無防備なまま、避ける事も耐える事も出来ずに、一撃でお陀仏だ。
ただ、武術の使い手も達人あたりになると精神修養をするようになるため、自然と対抗できるようになるらしい。
……とまぁ、ここまではただの雑談なので聞き流してくれ。
「俺がやるまでもないな。
ミーフィア、相手してやってくれる?」
「私ですか?
後でちゃんとご褒美くださいよ?」
「わかってる、わかってる。
向こうの呼び出した天使は、風と土星の属性みたいだし、ミーフィアの得意な相手でしょ」
ミーフィアの属性は、太陽と火。
土星の力は太陽や月と互いに打ち消しあう関係だ。
「まぁ、それは間違いないのですが。
他の護衛の面子にも出番をあげてください。
でないと、あいつら拗ねちゃいますよ?」
「あー、そいつはマズい。
ちゃんと考えておくよ」
そんな軽口をたたいている間にも、敵の呼び出した天使は精神世界に毒の雲を作り出していた。
眼を半眼にして精神世界を覗き込むと、真っ黒な霧のようなものがこちらに押し寄せてくるイメージがちらつく。
「とりあえず、魔術の心得のない連中が余波に巻き込まれるとまずいな。
男爵、防護円を作るから配下の連中を一か所にまとめてくれるか?」
「了解した。
だが、大丈夫なのか?
相手は伯爵のお抱えになるほどの魔術師だぞ?」
「判ってないな、男爵。
貴族のお抱えになるような魔術師は、塔に入る実力がないと言っているのと同じことなんだよ」
俺はミーフィアの背中を眺めながら、心の中で呟いた。
……塔に入る事を許された者の実力、こいつらに見せつけてやれ!
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