第3話
入り口を守る男たちを視線だけで押しのけると、ミーフィアは建物のドアを開いて中に呼びかけた。
「私はミーフィア
後ろにおはすは、ユージン
魔術師の塔に所属する者で、この地域の調査を行っている。
村長に挨拶をしたいのだが?」
「……この忙しい時に神殿関連のお偉いさんだと?」
あからさまに邪魔だと言いたげな声で、建物の中にいた誰かがボソリとつぶやいた。
本人は聞こえないようにしているつもりだろうが、あいにくと熊の耳は高性能なのである。
そしてそれは獅子の耳を持つミーフィアも同じ。
「返答はいかに?
会う気がないのならば、好きにさせてもらうが」
わずかに怒気の籠った声に、周囲の男たちが気圧されたようにみえる。
別に返事などなくても構わない。
情報さえ手に入れば、むしろ村長なんぞ無視して、そのまま好き勝手した方が色々と楽だ。
だが、さすがに聖職者の訪問を無視することは不自然と判断したのだろう。
一人の男が奥の部屋に入り、しばらくして返事をもらってきた。
「入ってくれ。
村長が会うそうだ」
門を潜る前に建物の中に目をむけると、そこにはむさくるしい男どもが勢ぞろいしていた。
しかも、かなり殺気立っているように見える。
ゴブリン相手に討ち入りの準備でもしていたって感じだな。
そしてそんな連中の中に、まだ十代だろう、妙に浮いた感じの連中が混じっている。
中古らしき皮鎧に、安物の武器。
おそらく、近くの冒険者ギルドで依頼をうけてきた駆け出しの冒険者たちだ。
そして冒険者たちは、なぜかこちらに敵意にも似た目を向けてきている。
仕事を取られて分け前が減るとでも思っているのだろうか?
……馬鹿馬鹿しい。
「おっと、ジョルダンはここでお留守番な。
さすがにこんな狭いところに入るのは嫌だろ」
「クゥン……」
心配げなジョルダンを残し、俺はミーフィアと共に建物に入り、奥の部屋へと足を向ける。
そこには、40代であろう中年の男が椅子に座っていた。
どうやらこの中年男が村長らしい。
「ようこそ、神殿のお方」
その声に歓迎する響きはない。
しかも、挨拶をするのに椅子から立ち上がる素振りも無しか。
どうやら、礼儀がよくわからないらしいな。
「……神殿ではない。
魔術師の塔だ」
怒りを押し殺した声でミーフィアが訂正を入れるが、村長は首をかしげるだけだった。
「どちらも同じでは?」
意味が分からないとばかりに首をひねるが、オッサンがやってもかわいくない。
あと、その返答かなり失礼だからな?
同じ聖職者でも、神官と魔術師は主義や立ち位置がかなり違う。
およそキリスト教だからと言ってカソリックとプロテスタントを同じではないかと言っているに等しい。
……別に仲が悪いわけではないのだが、一緒に扱われるのは何かと不都合があるのだ。
「クソ田舎の村長風情が、なんと無礼な……」
おっと、この無知な返答はミーフィアの逆鱗に触れたようだ。
彼女の手が腰のナイフに伸びる。
「よせよ、ミーフィア。
外部の人間にとってはどちらも似たようなものだろう」
「ですが……」
「
「確かにそうですね。
このやり取りに、村長の顔がムッとした感じになる。
まぁ、それが自然な反応だよな。
「田舎者で失礼しましたな。
……すでに聞き及んでおられるかもしれませんが、この村は今、ゴブリンの被害が出て騒ぎになっております。
神殿関係の方々が滞在するにはあまりよろしくないかと」
つまり、俺たちは邪魔者と認識されたわけか。
聞くつもりは全くないがな。
「あぁ、それは気にしなくていい。
ゴブリンごときいくら数がいようとも問題ではないし、お前たちの都合などどうでもよい。
我々の目的は、この山に生えている山菜を採って料理することだけだ」
ミーフィアの言葉に、村長は再び首を傾げた。
「料理……ですか?」
「そう、料理だ」
村長の顔が、なんとも言えない感情に歪む。
不謹慎と言いたいのか、邪魔だと言いたいのか、いずれにせよ碌な事は考えていないだろう。
正確には何も考えているはずもないのだが。
より強い反応をしめしたのは、今までおとなしく様子をうかがっていた冒険者の一団だった。
「ふざけんな!」
「そんな事言って、俺たちの獲物を横取りしようってんだろ!!」
なに言ってんだ、こいつら?
実はかなり頭が悪いだろ。
うん、確実に馬鹿だな。
なにせ、うっかり
「ずいぶんと失礼な事を言ってくれる。
我々が何者かわかっているのか?」
俺を守るように、ミーフィアが冒険者との間に割って入る。
とりあえず、任せていおくか。
降りかかる火の粉を自分で払えないわけではないが、それでは彼女の役目を奪ってしまうからな。
先ほどから俺がミーフィアとしか会話してないのも、彼女の職務を尊重してのことである。
「もういいよ、ミーフィア。
早く作業にかかろう。
とりあえずまともに話はできそうにないし、お馬鹿な冒険者ごときに関わっている暇はない」
「かしこまりました、ユージン様」
ミーフィアが俺に頭を下げると、周囲の人間に驚きが広がった。
「は?
あのちっさいクマが上司なのか!?」
「ペットじゃなかったのか!」
やかましい。
最初にミーフィスが法師官だって俺を紹介しただろ。
法師官ってのは、国から騎士と同程度の権限が認められた聖職者なんだぞ!?
ミーフィアの
……って、よく考えたら神官と魔術師の違いもわからない連中が知るはずもないか。
もう、本当にどうでもいいからこいつらおとなしくさせてくれ。
ミーフィアに視線だけで合図を送ると、彼女は聖印を切って彼らに告げた。
「
その瞬間、冒険者たちの膝が力を失いその場に跪く形になる。
「うわっ、なんだこれ!?」
「足に力が入らない……」
突然の不調に、冒険者たちはただ狼狽える事しかできなかった。
「では、我々はこれで失礼する。
くれぐれも職務の邪魔はしないように」
そう告げると、俺はミーフィアを従えて部屋を出た。
そして去り際に、おれはふと仏心を出してこう質問したのである。
「村長、この国には三人の王子がいるが、お前は誰が次の王にに相応しいと思う?」
突然投げつけた、まったく意味のない質問。
そもそも俺はこの国に王子が何人いるかすら知らない。
まったくのでたらめだ。
「はぁ? この国にはお姫様しかいないだろ、何言ってるんだこの熊……って、なにこれ?」
俺を罵倒していた冒険者が絶句する。
見れば、村長から全ての表情が抜け落ち、まるで動画の一時停止をしたかのように硬直していた。
いや、村長だけではない。
その場にいる村人すべてから表情が抜け落ち、まるで人形のようになってしまったのだ。
うん、やっぱりこうなったか。
やはりこいつらからまともな情報を抜き出すのは難しそうだな。
この場で人間らしい立ち振る舞いをしているのは、俺たちと駆け出しの冒険者たちだけだった。
異様な雰囲気に、冒険者たちの顔に脅えが張り付く。
「うわっ、なんだよこれ……気持ち悪い」
蒼褪めた冒険者たちに、俺は一言忠告を残すことにした。
「悪い事は言わないから、依頼をキャンセルしてさっさと街に帰ったほうがいい。
君たちには何もできないし、君たちが知る限りの何をしても意味はないんだ。
次からは、依頼を受ける前にちゃんと下調べをすることをお勧めする」
それだけを伝え終わると、俺は異様な雰囲気の立ち込める建物の外に出た。
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