第2話

「おぉ、クローバーが生えているじゃないか」


 近くの畑に目をやれば、一面にクローバーが茂っていた。

 まだ麦を撒く前の季節という設定なのだろう・・・・・・・

 白い花が咲き誇るその景色は、羊の群れを見ているかのようで少しほほえましい。


 なお、クローバーは我が守護神である美の女神アフラシアの聖なる植物である。

 俺にとってはもっとも親しい植物の一つだ。


 せっかくなので、これを触媒にして祈りでも捧げるか。

 そう思ってクローバの畑に近づき、その葉を手に取った。


 あ、なんじゃこりゃ?


「どうです、ユージン様」


「あまり良くないな。

 いや、訂正しよう。

 実によろしくない」


 見れば、クローバーの葉に錆のような斑点が浮かんでいる。

 穢れか病かその両方か、いずれにせよこれでは祝福の触媒には使えない。


 最初から分かってはいたようだが、どうやらこの村の在り方は親愛なる女神アフラシアの御心にそぐわないようである。

 女神アフラシアのシンボルであるクローバーがこのような状態になっているのは、その証拠だ。


「村長の所に行こう。

 何をするにも、情報は欲しいからな」


「それもそうですね」


 さて、村長の場所はどこだ?

 そう思って周囲を見渡し、俺は妙な事に気が付いた。


「今気づいたが、農作業をしている人間が一人もいないな」


「そう言えばそうですね」


 だが、人の気配がまったくしないわけではなかった。

 近くの建物からも、戸口の隙間からじっとこちらを見ているよう視線を感じる。

 まるで何かにおびえているかのようだ。


「ままー、ちっさいクマさん」

 遠くからそんな声が聞こえた気がするが、すぐに母親らしき声の叱責が幼い声をかき消す。

 ……近寄ってきてベタベタ触ってくると困るから、別に構わないんだけどね。


「とりあえず、村の中で一番大きな建物を探そうか」


「それが良いでしょう。

 上から一度偵察を行います。

 その後、私が先頭になって歩きますから、法師官は後ろにいてください。

 決して前に出ないように。

 ジョルダン入位官にゅういかんは法師官がうろうろしないよう見張っていてください」


 うろうろしないようにって、お子様か!

 いや、まぁ、体はお子様だけどさ。


 そんな風にテキパキと指示を残すと、ミーフィアは翼を広げて村の上空に舞い上がった。

 なんとも便利な奴である。


 しばらくするし、ミーフィアが厳しい表情で戻ってきた。

 どうやら何かあったようだ。


「ユージン様、だいぶ様子が変ですね」


「……元々変だけど、さらになにかあるのか?」


「村長の家らしき屋敷に、武装した男たちが集まってます」


 おや、物騒な。


「ずいぶんと賑やかな事だな。

 戦争でも始まるのかねぇ?」


「まったく……全部ご存じ・・・・・のくせに変な冗談を言わないでください。

 そもそも、こんな場所じゃ戦争を仕掛ける相手もいませんよ。

 一応は山ですから、相手は熊か猪、あとは魔物ぐらいでしょうね」


 熊か猪って……俺の姿に対する嫌みか?

 さては、虫のいる岩に触らせたことをまだ根に持っているな。


「いずれにせよ、我々には関係ないな。

 向こうの都合は考えない事にしよう。

 このまま村長の家への案内を頼む」


「かしこまりました」


 ミーフィアは一礼し、前に立って歩き出す。

 その後ろを、俺とジョルダンがつづいた。

 ピリピリとした雰囲気を感じ取っているのか、ジョルダンの耳はペタンと伏せられたままである。

 あまり機嫌がよろしくない。


 やがて村長の屋敷らしき建物に近づくと、武装した男たちが門の前を陣取っていた。


「そこにいてください。

 少し情報収集をしてきます」


 情報収集か。

 話をしてくると言わないあたりが、なんとも面白いな。


 俺とジョルダンを残し、ミーフィアは男たちに近づく。

 そして何が起きているのかと問いかけた。


 最初は警戒していた様子の男たちだったが、ミーフィアがその綺麗な顔に薄っぺらく張り付けた笑顔を振りまくと、すぐにデレデレとした顔になる。

 あぁ、こんな状況においても男というものは美女が近づくとあぁなってしまうのか。

 いささか情けない気分になるよ。


 やがて十分に情報を得たのだろ。

 笑顔の売り切れたミーフィアが、死んだ目をしたまま戻ってきた。

 うん、気持ちはわかる。

 心からお疲れさまと言わせてもらおう。


「どうだ、何か分かったか?」


「どうやら、ゴブリンが出たことで騒ぎになっているようです。

 前情報通りですね」


「ゴブリンって、あの似非ゴブリンだよなぁ」


 この世界で一般的にゴブリンと呼ばれている代物は、本物のゴブリンではない。


 簡潔に言うと、それは太古の邪悪な魔術師によってつくられた魔法生物の末裔である。

 なんでも、本来は半霊体の存在である本物のゴブリンを、不細工で忌まわしい体に無理やり受肉させて作ったらしいが……。

 よくもそんなおぞましい事を考え付くものだ。


 なお、本物のゴブリンは絶滅危惧種であり、今では深い森の中で細々と暮らすのみである。


「まったく……ゴブリン程度で大騒ぎとは」


「そりゃミーフィアから見ればそうだろうけどね」


 これでもミーフィアはかなり腕の立つ護衛である。

 そもそもスフィンクスという種族が人間とは隔絶した運動能力を持っているからな。

 そこに魔術師の塔仕込みの魔術と武術が追加されるのである。

 ゴブリンの100匹や200匹ぐらい、鼻歌交じりで皆殺しだ。


「とりあえず、村長に会いましょう。

 話はそれからです」


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