幻想へのデリバリーサービス

第1話

 時はめぐり……俺がこの世に生まれてから5年。


 あの日俺を拾ったのは、魔術師……しかも、"塔"と呼ばれる施設を管理する最上級の魔術師だった。

 で、俺はその養い子にして弟子となったのである。


 彼女の名は、躑躅アザレアの公主ミザーリ。

 火と煙を支配する当代きっての大魔女だ。


 そして俺に大人と変わらない知性があることを見抜いた魔女は、俺に魔術師としての英才教育を施した。

 どうやら彼女は、俺を塔の後継者とするつもりらしい。


 おかげでその教育方針はすさまじいスパルタなのよ。

 そんなわけで、今日も俺は供のものを引き連れて辺境の村に来ていた。

 むろん、修行の一環としてである。


「うわぁ、本当に何もない田舎ですね、ユージン様」


 樹冠に覆われた暗い山道に目をやり、左隣にいた護衛の女が愚痴をこぼした。


「田舎は嫌いか、ミーフィア住位官じゅういかん


「嫌いですね。

 特にこの山はロクな食い物が無いと思います」


 割とどうでもいい話だが、俺の護衛であるこの女はすごぶるつきの美人である。

 黙っていれば怜悧な美少女で通るだろう。


 だが、その顔には激しい嫌悪の感情が張り付き、手にしたハルバードの切っ先は足元に近づいていた虫を容赦なく潰していた。

 何度も執拗に。

 その存在を否定するがごとく。


 なお、彼女は人ではない。


 スカートから覗く獅子の尻尾、背中には真っ白な翼、頭の上には丸い獅子の耳が生えていた。

 洗練された文化と知性を愛する生き物、スフィンクス。

 その中でも、この個体は食文化をとりわけ愛している。


「そう言うなよ。

 この先も俺の護衛を続けるならば、こういう場所に赴く機会も増えるはずだ

 それに、お前好みの文化の香りは薄いかもしれないが、こんな場所でしか楽しめない食材もあるんだぞ?」


 特に春先の辺境は、趣き深い食材の宝庫だ。

 多少癖が強い食材が多いかもしれないが、そこを活かして美味しく食べるのもまた文化というものである。


「こんな場所……なんとおぞましい。

 いつも思うんですけど、あなた本当に5歳なんですか?

 確かに見た目はヌイグルミみたいに可愛い子熊ちゃんですけど、趣味が渋すぎるし、神経が太すぎますよ」


「その問いに意味はない。

 俺は俺だ」


「またその答えですか。

 スフィンクスの問いかけに意味はないとは……なんともむごいことをおっしゃる」


 苦笑するミーフィアだが、まさか前世と合わせればおおよそ31歳になると言っても納得しないだろう。

 それに、知ったところでどんな意味があるというのか。

 おそらく奴の好奇心を満たす以外に意味はない。


 つまり、無駄だ。

 少なくとも、俺にとっては。


「無駄口をたたいてないで、さっさと目的の場所に行くぞ。

 文化的生活を愛するスフィンクスが、たまには山の中で野宿してみたいと言うのならば、やぶさかではないがな」


「やめてくださいよ。

 こんな場所で野宿なんて……考えるだけで寒気がします」


「本当に文句の多い護衛だよ。

 知性の守護者と言うのならば、アウトドアの醍醐味と言う奴も理解したまえ。

 お前もそう思うだろ……なぁ、ジョルダン」


 さんざんゴネるミーフィアから視線を外し、俺は彼女の反対側の存在へと同意を求める。


「ウォン!」


 大きな声で返事を返したのは、雄牛ほどもある巨大な白い犬だった。

 彼は俺の使い魔にして護衛であるジョルダン。

 元は俺を保護してくれた犬の息子で、いわば乳兄弟である。


「どうした、ジョルダン。

 何か気になるのか?」


 そのジョルダンの様子がどうもおかしい。

 どことなくソワソワとして落ち着きがない。


 しまいには地面に鼻をつけ、匂いを嗅いで何かを探し始めた。


「何か見つけたのか、ジョルダン?」


 見れば、ジョルダンが道の脇に落ちている岩を鼻面でつついている。

 ん……この岩、何か魔力の残り香を感じるぞ。

 ただの岩ではなさそうだ。

 よく見ると何か文字らしきものが彫り込まれているが、苔に覆われてうまく読めない。


「お手柄だな、ジョルダン。

 これはたぶんこのあたりの地を守護する土地神の依り代だろう」


 それも、専門用語でさいの神と呼ばれる土地神の一種だ。

 なお、さいの神は、村という領域に悪しきものがはいらないようにする神である。

 その神が打ち捨てられているという事は、悪霊だの病魔だのがはいり放題だという意味だ。


「すっかり忘れ去られて、さいの神の依り代としての力はほとんど残っていないようだな」


 そう呟きながら、俺はジョルダンの大きな頭を撫で、そのサラサラとした毛並みを楽しむ。

 褒められてうれしいのか、ジョルダンはすぐに地面に転がって腹を見せた。

 ……いつもながら可愛い奴め。


「仕方がないとはいえ、ずいぶんと罰当たりな光景ですね。

 しかし良いのですか?

 打ち捨てられた神は歪んでいる事が多いですよ。

 そんなものに下手に関わって、祟られたりはしませんか?」


 岩についた苔を落ちていた木の枝の先で払い、そこに刻まれた名を確かめつつミーフィアが溜息をつく。


「もう十分に祟られているだろ。

 だからこそ、俺たちがここにいる」


「違いありませんね」


 ちなみにだが、現在ここは大変よろしくない状況にある。

 そして、それを解決するよう師匠から仰せつかったのが俺だ。

 ……押し付けられたともいうが。


 何が適材適所だよ。

 その通りではあるのだが、いささか納得がゆかない。


 さて、これから起きるもっとヤバい事を軽減するために、小細工を仕掛けるとしましょうか。


「ミーフィア、この岩を起こしてくれ。

 祭りなおすよ」


「はぁ……正気ですか?

 意味があるとは思えませんが。

 それに、岩の下から虫とか出てきたらどうするんです?

 嫌なんですけど」


「シナリオ介入という奴だよ、この虫嫌いの潔癖症め。

 この事件の元凶にアドリブ歌わせてやるのに必要な事なの!

 それにこんなデカい岩を動かすの、お前以外の誰がやるというんだ?

 俺やジョルダンにやらせるつもりか?」


 子熊のような姿の俺は体が小さくて非力である。

 ジョルダンに至っては何かを持ち上げるように体が出来ていない。

 つまり、ミーフィア以外にこの岩を持ち上げて移動出来る奴がいないのだ。


「私だってか弱いレディーですが?」


「それ、本気でそう思ってる?」


「思ってなくとも、女には言わなくてはならないときがあるんですっ!

 ……仕方がありませんね。

 ほんとに、ほんとうに嫌なんですが、仕方がないから引き受けましょう」


「ミーティア住位官じゅういかん

 貴殿、仮にも聖職者の一人だろ?

 聖なる存在がないがしろにされているのに、それを正すことに異議があると?」


「それが真理ですから。

 職務だろうが何だろうが、嫌なものは嫌です」


「ダメ。

 ちゃんと仕事しなさい」


「それは命令ですか、ユージン法師官ほうしかん


「うん、命令だ」


 うわ、なんて嫌そうな顔!?

 眉間の皺が消えなくなってもしらんぞ。


「あー、嫌だ、嫌だ、嫌だ!

 虫とか出てきたらあたりかまわず呪いをばら撒いて滅殺してやるっ!

 おぉ、潔癖なる女神クロニよクロニ ガルビタスナレン ヤインコサク我をおぞましきものから遠ざけたまえウッルン ナザス イズガッリケリアティク!!」


 大人が一抱えするほどの岩を、ミーフィアはおっかなびっくりと言った感じで、だが軽々と動かす。

 その間に、俺は荷物をあさり、依り代に供える酒を探した。


「ぎゃあぁぁぁ!

 虫! 気持ち悪い虫が!!」


「うわぁぁぁぁ、岩を放り投げるな!

 落ち着け、ミーフィア!!」


 悲鳴と共に、ゲシゲシのくっついた岩が俺の方に飛んできた。

 どうやらミーフィアの祈りは女神クロニに届かなかったらしい。


 ……そもそも、お前の守護神は太陽神ラサナンだろ。

 祈る対象間違えんな。

 まぁ、ラサナン神に虫よけの権能はたぶん無いけどさ。


 すったもんだの末、俺たちは依り代の岩を正しい位置に置きなおし、酒を供え、祈りを捧げるために指で聖印を切る。

 先ほどの騒ぎで岩がちょっぴり欠けてしまったのは、まぁご愛敬と言う事で。

 ついでに宣言通りミーフィアがばら撒いた火の呪詛で、あちこち焦げているのも見なかったことにしてほしい。


幸いなれベディンカチュア ズゥレ善き守護者よザインダリ オナ

 アフラシアの使徒たるユージンが汝を祝福すユージニオ アフラシアレン アポストルァ ベディンカ ザイト


 祈りをささげると、一瞬、鈴のような澄んだ音が鳴り響いた。

 心なしか、周囲の日差しが明るくなる。


 ふむ、最低限の加護は復帰したようだな。

 本当ならばもう少し時間をかけて祭りなおしたいところだが、今日は別の目的がある。

 少々口惜しいが、ここの処置はこのぐらいにしておこう。


「さぁ、行こうか。

 本命の仕事が待っている」


 出来るだけ明るい声で告げたのだが、帰ってきたのは陰鬱な声だった。


「はぁ、憂鬱ですねぇ」


 よほど山の中に入るのが嫌らしい。


「文句を言うな。

 少しはジョルダンを見習え」


「……その雄犬は単に無口なだけでしょうに」


 当のジョルダンは、人間の言葉なんてわかりませんと言わんばかりの涼しい顔だ。

 自ら率先して暗い道の中に入ってゆく。


 こんな感じで無駄口を叩きつつ、明るくなって少し歩きやすくなった道を進むと、ほどなくして寂れた村が見えてきた。

 山と山の間に生まれたわずかな平地を耕して生まれた、狭い狭い場所である。


 だが、人の気配はかなり薄く、滅びの匂いのようなものが漂っていた。


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