第8話
「
――神堕としの儀。
七つの大罪と呼ばれるもののどれかを用いて"存在の格"を下落させるために為される魔術であるが、怠惰の罪を用いたソレは特に……いや、最悪なまでに使い勝手が良い。
簡単に言うと、霊的レベルを引き下げるだけでなく、あらゆる能力と権威と記憶と意識の4つを追加で葬り去る事が出来るのだ。
結果として、物理であれ概念でしかないものであれ、力ある全ての存在を無力なゴミに変えてしまう事が出来る。
神・天使・精霊・邪神・悪魔などと言った超越的な力を持つ者はもとより、高位の魔術師や神官などの身に着けた記憶や能力、あるいは王侯貴族の権力という概念に至るまでだ。
ただし、基本的に何も生み出すことは無い。
怠惰が大罪である
言うまでもなく禁断の呪法だ。
使用できると公にされた瞬間に、あらゆる国家と組織から俺は弾圧を受けるだろう。
実際には極秘事項と言う扱いで魔術師協会のお偉方ならだれでも知っている話であり、俺は連中に管理されていいようにこき使われているけどな!
傍から見れば本当に都合のいい力だよ。
餓死で息絶えるほどに怠惰を極め、その罪に抗う力を異界の霊格に授けられ、その代償を贖うためにこの世界に転生した俺だからこそ行使できる力だけどな。
今のこの世界でこの術を使用できる者は他にいない。
確実に俺だけだと断言できる。
そもそも、他の大罪を使った"神堕としの儀"も、過去に一人か二人使い手がいただけなのだそうだ。
しかも術の発動と同時に息絶えてしまうので、完全に失伝していたはずだったんだがなぁ……。
師匠の蔵書にその資料が混じっていて、うっかり何も知らずに読んでしまったことで、俺がこの最悪の術を蘇らせてしまったんだよ。
しかも、俺は怠惰の罪に耐性がありすぎたのか、使ったのに死ななかったし。
なお、他の奴が使おうと思ったところで、術を会得する前に永遠に癒える事のない無限の鬱を患い、"ただ生きているというだけの肉塊"の出来上がる。
二度とそんな事故が起こらないよう、その事故の後で執事や補佐官に師匠の蔵書の管理を徹底させたのは言うまでもない。
本人に言え?
そんな無駄な事は考えるだけ時間の損失だ。
つーか、あの人なら一回ぐらい怠惰の"神堕とし"使っても平気なんじゃないだろうか?
当然ながら、こんなとんでもない力を使用すれば、さすがに俺も無事では済まない。
凄まじい鬱を患って、しばらくは食事もできないような状態で寝込むだろう。
可能であるならば、こんな力は使いたくない。
だが、この呪いにも等しい力でしか救われない者がいるならば?
他の魔術師……たとえば俺の師匠であれば、塞の神を存在の根源から焼き尽くし、この世から消滅させることでしかこの事件に対処することしかできない。
たとえ神々であろうとも、堕落に関わる力はかなりのリスクと代償が伴うため、その慈悲を期待するのは時間の無駄だ。
つまり……この少女の魂は最初から俺にしか救えないのである。
前世の終わりに偉大な方は俺に言った。
この世界に奉仕して欲しい。
だが、奉仕の内容は君にまかせる……と。
上等だよ。
哀れな少女が200年も苦しんでいるというのならば、喜んで地獄を味わってやろうじゃないか。
この俺のご奉仕をとくと
……とまぁ、そんなわけでだ。
師匠である
「……
さぁ、神などやめて人に堕ちろ。
忌まわしい記憶も無の淵に投げ込み、怠惰のもたらす偽りの安寧を受け入れるんだ!
俺は"神堕とし"の効果を絞り、霊的レベルの低下と忌まわしき記憶の忘却に限定して術を発動させようとしていた。
大丈夫、俺ならば出来る!
……たぶんだけど。
「
全ての詠唱を終えた瞬間、俺の手の中からピシリと何かが壊れる音が響く。
その音の源を確認するより早く、少女の亡骸はすべて白い粉となって崩れ去った。
だが、その白い粉の中から、何かが飛び出す。
鳩だ。
いや、鳩の姿をした霊体か?
俺の術ではない。
おもわず振り向くと、ミーフィアがいつになく穏やかな表情で笑っていた。
「せっかくなので、鳩の姿を与えました。
この姿ならば、自由にどこにでも行けます。
望むなら、故郷に帰ることも出来るでしょう」
「なかなか粋な計らいだとは思うが、たぶん残酷なものをみせることになるぞ」
故郷に帰ったところで、過ぎ去った200年の時は巻き戻せない。
そこにあるのは、誰も知る人のいない故郷の残骸だ。
「それでも、こんな場所に縛られるよりはましだと思いませんか?」
そう言いつつ天を見上げたミーフィアにつられ、俺もまた空を見る。
飛び立った鳩は大きく一度輪を描くと、西の彼方へと消えていった。
今さらながに思う。
俺はちゃんと彼女を救えたのだろうか?
いや、後のことはもう考えないようにしよう。
いや、考えようと思ってもたぶん無理だな。
この……忌まわしい感触は……。
……そろそろ術の……はんどうが……。
……ダルい。
……なにも……したくない。
……すべてが……わずらわしい。
……こきゅう……も……しんぞうが……うごくのも……いきることも……。
いやだ……いやだ……いやだ……いやだ……いやだ……いやだ……いやだ……いやだ……いやだ……いやだ……いやだ……いやだ……いやだ……いやだ……いやだ……。
……うまれてきて…………ごめんなさい。
「ユージン様!」
「アオオォゥゥゥゥ!?」
最後に聞こえたのは、ミーフィアの悲痛な声とジョルダンの取り乱した鳴き声だった。
数日後。
村から逃げ出した駆け出し冒険者たちは、ベテラン冒険者を引き連れて村へと戻ってきた。
……つもりだった。
「何、これ?
嘘だろ?
俺はいったい何を見ているんだ!?」
「森どころか、見渡す限り岩しかないんだけど……草すら生えてねぇし」
眼をこすろうが、頬を叩いてみようが、現実は変わらない。
そこにあったはずの森は無く、ただ草も生えない禿山に岩が転がっているばかりだ。
「だから言っただろ?
こんなところに村は無いって。
ここが深い森だったのは、もう200年も前の話だ」
乾いた笑いを全身に張り付けながら、ベテラン冒険者は駆け出したちを振り返る。
「感謝するがいい。
お前たちは本来ならば生きて戻れるはずのない……形を持った
旅芸人がまことしやかに語りながら操る幻燈のように、何度も何度も同じ惨劇を映し出そうとする最悪の夢にな」
幸いな事に、この悪夢を生み出していた罪はもう存在しない。
かわりとして、ボロ雑巾のようになった小さな子熊は今日も怠惰の極みに悩まされ、夢すら見る事が出来ないのであった。
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