第7話

 今こそ語ろう。

 ……事の始まりは、冒険者ギルドにゴブリン退治の依頼が来たことだった。


 冒険者ギルドからの資料によれば、なんと200年近く前に滅びたはずの村の住人がギルドに現れて、ゴブリン退治の依頼をしたのだという。

 しかも受付をした職員はその異常性に気づかず、依頼を掲示板に張り付けてしまったらしい。


 ギルドがその事実を把握して対応に乗り出した時にはすでに遅く、一組の駆け出し冒険者のグループがその依頼を受けてしまっていた。


 実は同じことが過去に一度あり、その時に二人の冒険者が行方不明になっている。

 先ほどの出てきた二人分の白骨死体は、この時の犠牲者だろう。


 そんなわけで、慌てて冒険者ギルドは依頼をうけた駆け出したちを連れ戻そうとした。

 そのためにギルドはベテラン冒険者に依頼をして後を追わせたのだが……。


 派遣されたベテランたちが見たものは、存在しないはずの深い森であった。

 その場所は過去に大規模な魔術によって傷つけられ、その後遺症で草木もまばらな岩山となっていたはずである。


 過去に滅びたはずの村と森とその住人が蘇った?

 事の事態が自分たちの手に余る事を理解した冒険者ギルドは、すぐにこれ以上の探索を諦めた。


 そして事件の解決を、この出の現象の専門家である魔術師の塔に依頼。

 結果、師匠が俺に仕事を押しつけてきたという次第である。


「しかし、とんでもない現象ですね。

 この村も森も人々もゴブリンも、すべてが地脈のエネルギーを吸った死人の見る夢だなんて」


「実はそう珍しくない事なんたそうだよ、ミーフィア。

 強い思念の宿る何かが満月の光に含まれる魔力を少しずつためて、それがある一定の濃度になると自我のようなものに目覚め、さらなるエネルギーを求めて地脈の力を吸い始める。

 いつしか膨大な力をため込んだ思念は、最後に実体化してしまうんだ」


「その強い思念の宿る核こそが、このお嬢さんの亡骸と言う事ですか」


 ミーフィアは陰陰滅滅とした声でボソリと呟き、少女の亡骸に視線を落とす。


「うん。

 記録によれば、冒険者ギルドでゴブリン退治の依頼をうけた駆け出しの冒険者だったらしい。

 当時の村長による依頼で、隠れ里だったこの場所に来たんだ」


 なお、国の兵士ではなく冒険者に依頼を持ってきたのは、隠れ里が国に確認されると自分たちの脱税が明らかになるからである。


「だが、途中でゴブリンシャーマンの存在が発覚。

 本物の村長は、ちゃんとゴブリンの額に邪神の紋章がつけられている事に気づいたらしい。

 駆け出しの冒険者と自分たちの戦力ではゴブリンシャーマンに対抗できないと考えた村長は、迷うことなく彼女を殺した。

 そして死霊魔術で塞の神に仕立て上げたのだそうな」


「ひどい話ですね。

 ……というか、村長は魔術師だったんですか?」


「もぐりの魔術師とか呪術師と言う奴だ。

 隠れ里を守るために雇われていたらしい。

 被害者の少女は知らなかったから、その部分は再現はされてなかったけど、けっこうな腕利きだったそうだよ」


「邪術師と呼ぶにふさわしい、実におぞましい存在ですね」


「しかも、結局はゴブリンシャーマンに抗いきれず村ごと滅んだそうだ。

 敗因は、生贄にできる手駒の数の差だったみたいだね。

 外道同士が己の鬼畜ぶりを競い合うなど……まったくもって、くだらない。

 くだらなくて、くだらなくて、馬鹿馬鹿しいにもほどがある。

 もはや笑っていいのか、嘆いていいのかすらわからない。

 一言で言うならば、実に不愉快だ!」


 結局、当時この事件を担当した見境いと手加減を知らない魔術師が、戦略級の魔術を叩き込んで山ごとゴブリンたちを塵にしたそうだ。

 それをやりそうな人物に一人心当たりがあるのだが、あえて追求しない方が幸せだろう。

 ……で、何もかもが無に還ることで事件は一応解決という事になったらしい。


「でも、まだひとつ問題が残っていたんだよ。

 村が滅んでも、塞の神にされた少女は一緒に滅びる事が出来なかった。

 最低級とはいえ、仮にも神だからな。

 だからといって人に戻ることもできない。

 結局、その無念と苦痛ごとこの土地に焼き付けられて、自分の悪夢を具現化しようとしたのがこの現象というわけさ」


 事の次第を語り終えると、ミーフィアは首を横に振った。

 事態は理解したが、納得はできないと言った感じである。


「理解できませんね。

 なんでそんな事件を再現しようとするんです?

 そんな悪夢、むしろ忘れたいでしょうに」


「むしろ悪夢だからだよ。

 望んでそうしているわけじゃないんだ。

 嫌なことがあると、その記憶を悪い夢として何度も見るだろう?

 それと同じなんだ」


 だから、望みもしないのに何度も何度も魔力がたまるごとに過去の記憶から作られた悪夢を再現しようとする。

 そのため込んだエネルギーの続く限り。


 ここはまるで悪意に満ちた、殺人映画スナッフフィルム専門の映画館だ。


 さぁ、これで納得も出来ただろう?

 そう思っていたら、ミーフィアは恐ろしく低い声でおぞましいと吐き捨てた。

 おぉ、怖い。


「……どうせ見るなら、もっとマシな夢にすればいいのに」


 まるで親の仇を見るような目で、ミーフィアは地面をにらみつける。

 まったくもってその通りだよな。


 しかし、あの冒険者たち……俺が関与していなかったら間違いなく過去の再現に巻き込まれて新しい塞の神にされていたな。

 本当に運のいい連中である。


 それにしても鈍い連中だったなぁ。

 わざわざシナリオを動かしている塞の神が知らない話を振って、村人たちが答えが言えずにそろって凍り付いたところを見せてやったのに。

 あれでこの依頼や村がヤバい事に気づかないとか、本当に馬鹿だろ。

 長生きできんぞ、アレは。


 俺がピスティニ神の力を借りてこの具現化した殺人映画スナッフフィルムから解放していなければ、今頃は森から出る事もかなわず村長や村人の形をした現象に殺されていたはずである。


 この悪夢のシナリオにおいて、駆け出しの冒険者の配役は死んで塞の神となるキャラクターだからな。

 現象である彼らに、殺人への忌避感なんてあるはずもないし。


 そう、人に見えたアレはただの現象にすぎないのだ。

 かつてこの村で死んだ村長の幽霊ですらない。

 過去をなぞろうとする魔術によって作られたエネルギーの塊であり、表情が動いて人の言葉を口にしていたとしても、そこには魂どころか感情すらないのだ。


 俺たちのような専門家は、アレを虚霊エンティティと呼んでいる。

 目的だけしかもっていない、世にもおぞましいエキストラだ。

 あえて現代の地球人の感覚で言えば、AIの概念に極めて近い存在だろう。


 しかし、それを考えると自分もかなり酔狂な事をしてしまったな。

 村長や村人と会話をしていたかのように見えたあの場所には、実は冒険者たちと俺たちしか意思のある存在がいなかったのだから。

 傍から見れば、どれだけ滑稽なことをしていたか。


「さて、そろそろこの子を開放してやんなきゃな。

 ご飯の時間だ」


「やっとですか。

 待ちくたびれましたよ?」


「おい、ミーフィア。

 人の事を神経が太いだのなんだの言いながら、お前も食べるんかい」


「そりゃ、こんなわけのわからない場所で採れた食材を使った料理には抵抗ありますよ?

 でも、こんなおいしそうな見た目と匂い。

 それに、存在しない食材で作られた料理なんて、よくよく考えたら好奇心が疼くじゃないですか」


「……勝手に言ってろ」


 そう言いつつも、俺は意思を変形させて机と椅子をつくり、ミーフィアとジョルダンの分の皿もそこに並べた。


「では、いただきます」

 両手の肉球をパフンとあわせ、俺はナイフとフォークでタルトを切り分けた。


 そしてサクッとした歯触りの良いパイを一口。


 んー、最初にガツンと来るこのアスパラの香りがたまらん。

 そしてこの嫌味のない苦味と大地の力強さを感じる味の深み。

 まさに大人の味である。


 バターと黒胡椒の香りがそれをさらに洗練された味に彩り、マスタードとチーズの酸味が後からやってきて、あたかも口の中を大人の社交場に変えてゆくようだ。


「んー、材料の質がネックになっていたけど、思った以上に良い出来だな。

 そもそも今回の小麦粉とアスパラガスは非現実の存在だから、こちらの思い込みで味がかわるのか」


 見れば、ミーフィアとジョルダンもパイの出来栄えにうっとりとしている。


「うふふ……この味、美味しすぎて使命を忘れそうになりますねぇ。

 もさに役得ですわ」


「アフゥゥゥン」


 ……って、呑気に食レポしている場合ではない。


「さて、食べ終わったら、仕上げにかかるよ」


 これはただの食事ではない。

 直会なおらいという立派な魔術の儀式なのだ。


 神に捧げた神酒や供物の食べ物を、祭の最後に参加者全員で口にする光景を見たことはないだろうか?

 これは神と同じものを食べる事で、神とのつながりを強め一体化を図る儀式なのだ。


 だが、逆に言うとこの儀式はその神へ干渉するための手段としても使える。

 普通の魔術師や神官にとっては、理屈の上でしかない話ではあるが。


「さて、これで送ってやれるな」


 アスパラガスのタルトを食べ終わった後、俺は神にされてしまった少女の頭蓋骨をそっと持ち上げる。

 おお、感度良好。

 ビンビンくるねぇ。


 じゃあ、さっそく干渉を開始しますか。


「……うっ」

 ヤバい、これ結構キツい!

 頭蓋骨に触れた部分から記憶と感情が流れ込み、その痛みで思わず意識が飛びそうになった。



 つーか、あの腐れ村長!

 少女を相手になんてひどい事をしやがる!?


 少女に施された儀式は、蠱毒の儀式によく似ていた。

 縛り付けた少女を甕の中に閉じ込め、その口の中に様々な生き物を無理やり詰め込んだのだ。

 それも、生きたまま。


 ネズミやトカゲなんかはまだマシな方で、蜘蛛や蠍、百足なんかを生きたまま口の中に詰め込まれるところを想像できるだろうか?


 しかも、最後にはこの世を呪い叫び疲れた少女の首を、斧で……。


 ダメだ、吐きそう。

 うげっ、胃が痙攣する!

 痛い! 苦しい……!!

 はらわたがひっくり返りそうな激痛に襲われ、思わず意識が飛びそうになる。


 だが、その時である。

 何か暖かで優しい感触が俺の背中に触れた。


「うわっ、ほんとにコレはキツい……私の方で少し負担しますから、頑張ってください」

「グゥゥゥ、キュウゥゥゥゥゥ」

 崩れ落ちそうな俺を支えてくれたのは、ミーフィアとジョルダンだった。


「助かる。

 ちょっとキツかった」


 この二人も俺と同じものを食べ、この塞の神となった少女とつながりを得ている。

 ゆえに、俺と肌を触れ合えばその苦痛に干渉することが出来るのだ。

 代償として、俺と同じ悪夢を体験することになるけどね。


 しかし……これならば、余裕で耐える事が出来るぞ!


「よし、やるよ」


 俺は気合を入れなおすと、切り札と言うべき魔術を使う事にした。

 使った後のことを考えると、怖くて小便を漏らしそうになるが……ここで使わなければいつ使うというのか。


 男だろ、ユージン。

 躊躇うんじゃない!


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