第6話

 村の出入り口にある見張り台から、男の怒鳴り声が響く。


「ゴブリンが来るぞぉぉぉぉぉ!!」


 時は夕刻。

 ろくに準備をする時間もなかったのか、森へ続く道にはバリケード一つなかった。

 実にお粗末な危機管理意識である。


 無防備なままゴブリンたちを迎えた村人たちは、最後の抵抗とばかりに人の壁を作り、それぞれに粗末な武器を構える。

 武器と言っても、そう呼べるのは木こり用の斧ぐらいで、あとは鍬や鎌がせいぜいだ。


 やがて、森の奥からギィギィと虫の声を低くしたようなおぞましき声が聞こえてくる。

 その声の主が何者かなど、わざわざ説明する必要もないだろう。


 村人たちが緊張で脂汗を流しつつ見守る中、森の木々が作り出す闇に、赤みを帯びた光がポツリと灯った。

 不吉な光は一つ、また一つと増えてくる。


 そして黄昏の光が周囲を赤く照らす中、その忌まわしくも醜い生き物が現れた。


「今だ、撃てぇぇぇぇぇ!」


 誰かの掛け声に合わせて、村人たちが石を投げる。

 だが、直撃の瞬間にゴブリンたちが淡く輝いた。

 ダメージは無い。

 どうやら守りの魔術がかけられているようだ。


 それでも村人は必死に石を投げる。

 無駄であったとしても、何かしていないと心の均衡が保てないからだ。


 石礫の雨の中、やがてゴブリンたちの距離が近くなると、村人たちの動きがさらに慌ただしくなった。


「投石をやめ!

 武器を構えろ!!」


 おそらく村長であろう声の指示に従い、村人が武器を握る。

 やがて白兵戦の火ぶたが切られようとした、その瞬間。

 何もないところでゴブリンがいきなり弾かれた。


 尻もちをつき、何が起きているのかわからないと言った感じのゴブリン。

 その光景を見て、村人の誰かがつぶやいた。


「なんだこれ!?」

「何もないところでゴブリンが阻まれた?」

「もしかして、これがあいつの言っていたさいの神の守りか!」


 その奇跡としかいえない現象に、村人が口々に歓声を上げる。


「お、おおお……我々は助かったのか?」


 だが、すぐに俺の作り上げたシナリオ・・・・・・・・・・・が採用されるだろう。

 さいの神の力が弱っているという設定・・がだ。


 そんな事を考えていると、村人たちの歓声がピタリと止まった。

 ゴブリンたちの間から、さらに異様な風体のゴブリンが現れたからである。


 森の奥から現れたソレは、全身に粘土で模様を記し、磨いた石を連ねた首飾りをいくつも首に巻いていた。

 その頭を飾る鮮やかな色の鳥の羽も、奴が身につければ毒々しくもけばけばしい。


 誰に言われなくとも理解できるだろう。

 これがゴブリンシャーマンだ。


 ゴブリンシャーマンは前に出てくると、配下のゴブリンの頭をつかんだ。


「うぐるるるるおぉぉぉぉぉぎひゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 まるで獣の唸り声のようだが、これはおそらく邪神への祈りの言葉だろうな。

 奴は腰から曲がりくねった石のナイフを引き抜くと、奴は捕らえたゴブリンの喉を切り裂いた。


「ぎゃひっ?!」

 哀れな悲鳴を上げ、ゴブリンの目から光が失われる。

 ゴブリンシャーマンは、その哀れなゴブリンの喉から噴水のようにほとばしる血を手に取り、そっと口づけをした。

 そしてその血のついた手を前に伸ばす。


 バチッと音がして、結界の表面に稲妻が走った。


「ぎひひっ、ぐららえがげが、るうぅぅぅぅ、あがげひゃ」


 ゴブリンシャーマンの血まみれの唇が蠢き、笑うように、歌うように、濁音の多い音が流れる。

 結界に張り付いたゴブリンの血が稲妻に焼かれ、吐き気を催いような臭いが周囲に立ち込めた。


 これは……この地の守り神がゴブリンシャーマンと闘っているのか?

 俺から見れば低次元な戦いだが、やっている連中は全力だった・・・のだろう。


 それからどのぐらい時間がたったのだろうか。

 やがて彼らは気づく。

 結界の表面を走る稲妻が徐々に弱くなってゆくことに。


「ひ、ひぃぃぃぃぃ!」


「終わりだ! もうおしまいなんだ!!」


 何人かの村人が、武器を捨てて逃げ出そうとする。

 この不気味なゴブリンシャーマンを前にして、ただの人間である自分たちに何が出来るというのか?


 そんな中、誰かが叫んだ。


「ばか、まだあきらめるんじゃない!

 あの子熊の言葉を思い出せ!

 祈れ、祈るんだ!!」


「祈り……?」


「そう、祈りだよ。

 あの子熊は、祈り祭ることで神の力が強くなるって言っていただろ!!」


「そ、そう言えばそんな事を言っていたような!」


「だから、助かりたかったら祈れ。

 俺たちに出来る事は、それだけだ」


 村人たちはその場に跪くと、村の守り神に祈り始めた。


 ふむ、このぐらいでいいか。

 この先の顛末は見ない方がご飯を美味しく食べる事が出来るだろう。

 定められた悲劇なんて、食事前に見るもんじゃない。


「……もういいよ、ミーフィア。

 そろそろ料理が完成するから戻っておいで」


 通信用の端末でミーフィアに連絡をいれると、俺は分厚い鍋の蓋を持ち上げた。

 たちまち、焼けたチーズとバター、そしてスバイスの香りがあふれ出す。


「うん、いい感じだね」


 俺は出来上がったアスパラガスのタルトをさらに盛りつけると、誰もいない村の広場の一角……この村の塞の神の御神体である石碑の前に置いた。


この地を守りし神よルルァルデ アウ バベステン デュアン ヤインコア

 心あらば我が供物を受けとりてナーイ バデュス オナルツ ニレ我とつながりたまえオパリア エタ コネクタツ ニレキン


 祈りに応え、石ご神体の碑が光を放つ。

 そしてその光は束となり、俺の作ったアスパラガスのタルトに注がれた。


 ……懐かしい味。

 声ならぬ言葉が俺の耳に響く。


「ただいま戻りました。

 儀式のほうはいかがです?」


 俺が儀式を終わると同時に、ミーフィアが戻ってくる。


「今終わったよ。

 もちろん問題なんてないさ。

 じゃあ、掘り返してくれる?」


 そう告げると、俺はご神体である石碑を指さした。


「御意に」


 ミーフィアとジョルダンが石碑の下を掘り返すと、すぐに二人分の白骨死体が出てきた。


「違う、これじゃない。

 こいつは前の被害者のものだ」


 さらに掘り進めると、古ぼけた壺が一つ姿を現す。


「うん、これだな」


 中をあけると、そこに入っていたのは小柄な人物の白骨死体だった。


 手足を縄のようなもので縛って膝を抱えるような姿勢を強制していたような痕跡があり、さらには首の骨の一部がぐちゃぐちゃにつぶれている。

 全身に張り付いたボロボロの紙切れは、おそらく呪符だったものだろうな。

 なんとも痛々しい姿だ。


「これが全ての元凶ですか」


「失礼な事を言うなよ、ミーフィア。

 彼女は被害者なんだから」


 俺は荷物から清められた布を取り出すと、その上に頭の骨を優しく置いた。

 記録によれば、まだ少女と言ってもいい年頃の女性だったはずである。


「しかし、むごい事をするよなぁ。

 ゴブリン退治の依頼に応じた冒険者の少女を生贄にして、呪術で塞の神に仕立て上げるとか、人のやる事じゃないよまったく」


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