第5話
「可哀そうだね、ミーフィア。
今日にも村は滅ぶし冒険者は死ぬよ。
麗しきアフラシアよ、彼らの魂にかなう限りの喜悦があらん事を」
「そうですね、ユージン様。
せめて彼らが苦しまずに死ねるよう、神に祈りましょう。
威厳あるラサナンよ、その光にて彼らの魂を導き給え」
俺たちは別々の作法で聖印を切り、カラカラに乾ききった声でそれぞれの守護神に祈りを捧げた。
当然ながら、冒険者たちから罵声が飛んでくる。
「な、なに不吉な事言ってやがる、このクソ坊主共!」
「くだらない事してないで、とっとと街に帰りやがれ!」
正直、彼らに理解してもらおうとは思わないが、かといって見捨てるというのも後味が悪いだろう。
「これ、何か分かってる?」
俺はため息をつくとともに、ゴブリンの死体の額を指さした。
そこには顔料代わりの白い粘土で奇妙な紋章が記されていた。
「……なんだ? この変な模様がどうかしたのか?」
俺が指摘するまで、誰も気にも留めなかったらしい。
だから無知は怖いんだ。
「邪神の紋章だよ」
その瞬間、周囲の空気が凍り付いた。
「はぁぁっ!? 邪神だと!?」
「で、デタラメを言うな!」
「別に信じなくてもいいけどね。
ゴブリンの額に邪神の紋章が記されているってことは、その知識と技を持つ存在が向こうについているという事に他ならない。
その程度の事は理解できるよね?」
俺の言いたいことが分かったのだろう。
村人の顔は青ざめ、冒険者たちは不安げな声で相談を始める。
「ま、まずいぞ。
ゴブリンの飼い主で、邪術を使う相手となると……」
「ゴブリンシャーマンか」
おお、ゴブリンシャーマンの事を知っていた奴がいたようだな。
ちゃんとお勉強をしているようで、俺は少し感心したよ。
状況を理解した冒険者たちの動きは早かった。
「悪いけど、ゴブリンシャーマンは手に余る」
「ま、まずはギルドに報告だな!」
無理もない。
魔術を使うゴブリンシャーマンに対し、魔術の心得の浅い冒険者はあまりにも無力だ。
「ちょ、ちょっと待ってください!
逃げるんですか!!」
縋りつく村人たちに、冒険者たちはキレて怒鳴り散らす。
「じゃあ、あんたたちは俺たちに死ねって言うのか?」
「運が良ければ冒険者ギルドから派遣される別の腕利き連中が間に合うさ。
それまで頑張って生き残ることだな」
そう吐き捨てると、冒険者たちは一目散に村から逃げていった。
うむ、自分の実力を正しく理解しているようでなによりだ。
もっとも、このままではここから逃げる事はできないんけど。
哀れだから、ちゃんと街にたどり着けるよう手を貸してやるか。
「
俺の祈りに応え、優しい紫の光が逃げてゆく冒険者たちの体をそっと包む。
これで彼らはこの質の悪い茶番から抜け出すことが出来るだろう。
我ながら実に良い事をした。
だが、それに納得行かない連中がいる。
「あんたが……あんたが余計な事を言わなければ!」
「みんな仲良く死んでいただろうね。
愚かな連中ではありますが、冒険者が無駄に死ななくて何よりです。
神もきっとお喜びになるでしょう」
村人の恨み言に、俺は何の感情もなくそう言い捨てた。
……というか、なんと不毛な事をしているのだろう。
「ふざけるなぁぁぁぁぁ!!」
「おや、自分たちだけが死ぬのは嫌だから、冒険者たちも死なせろと?
実に欲深く、実に愚かなご意見だな。
そんなことより、さっさとこの村から逃げる事をお勧めするよ。
今すぐ逃げれば何人かは生き延びる事が出来るかもしれないし」
まるっきり悪役のセリフだが、ここまで面倒な事をしているのだ。
少し茶番を楽しむぐらいのことは許されるだろう。
横を見れば、ミーフィアが腹を押さえて必死に笑いをこらえている。
……いっそ笑えよ。
そのほうが場が盛り上がるだろ。
「出来るわけないだろ!
ここは……俺たちが先祖代々生きていた土地なんだぞ!!」
「税を逃れるために先祖代々守ってきた隠し畑の慣れの果てでしょ」
これでも、ちゃんと公式文書を読んで下調べはしているんだよ。
だから、この村の歴史はちゃんと頭に入っているんだ。
「隠し畑が死をもって償うべき罪だという事はもちろん知ってるよね?」
隠し畑とは、要するに脱税である。
農民の税の支払いは言うまでもなく農作物であり、その税は公式に登録されている畑の広さによって定められる。
ゆえに、隠し畑を作って私腹を肥やすことは重大な罪であり、発覚すれば見せしめの意味もこめて死罪となるのが当たり前だ。
まぁ、この村の場合は成り行き上うやむやになってしまったようだが、逆に言うと全く罪が償われていない。
もっとも、今となっては誰に対して償うのかという話だが。
「よい機会ですので、先祖の罪をまとめて償ってください。
せめて出来るだけ苦しまずに済むことをお祈りします」
「あんた、聖職者だろ!
俺たちが邪神の使徒に襲われるってのに、何もしない気か!?」
うん、何もしないよ?
「そう言うのは神官の仕事なんだよね。
俺たちは魔術師。
職務の方向性が違うんだわ」
もちろん邪神の使徒は潰すけど、それはいまこの村人たちを救うためにやる事じゃない。
まぁ、神官たちに訴えたところで、この村の場合はねぇ……。
「それだも聖職者か!」
村人の言葉に、ようやく興が乗ってきたのかミーフィアが芝居のかかった感じで冷たく嗤う。
「言うだけ無駄だとは思うが、あえて語ってやろう。
聖職者の定義とは……お前たちの役に立つかどうかという事ではない。
神の役に立つかどうかだ。
神がそうお望みにならない限り、我々はお前たちの存在なんてどうでもいいのだよ」
「そんなの、邪神の使徒と変わらないじゃねぇかよ!」
「不遜な意見だな。
自分たちの役に立たなければ邪悪とでも言いたいのか?
それはまるで……正邪の判断をする権利が、人間側にあるかのようじゃないか。
重罪人の末裔が、恥じる事もなくずいぶんと大きな態度をとるものだ」
「お前も付き合いがいいな、ミーフィア。
けどまぁ……どんな重罪人であっても、死ぬのは嫌だろうさ」
俺は出来るだけ優しい声でミーフィアに語り掛け、そして村人たちに向きなおる。
「君たちに一つ助言を上げよう。
ここに来るまでに、俺はこの村を守る
いささか芝居のかかった俺の言葉に、村人たちから安堵のため息が広がった。
さぁ、ここからはアドリブの時間だ。
せいぜいこの茶番劇を盛り上げてくれたまえ。
「だが、
長年忘れ去られていたようだからな。
供物を捧げ、祈り祭って力を強めなければ、ゴブリンシャーマンを退ける事はできないだろう」
さて、ここで重要な事を確認しようか。
「……で?
誰か
神を祭るにはその名を讃える必要があるのだが、あいにくと名前の部分が欠けていたので俺は読み取ることが出来なかったんだが」
村人たちの顔は、再び凍り付いた。
その時である。
まるで俺の問いかけをごまかすかのように森の奥から耳障りな怒号が響いた。
それはゴブリンシャーマンが復讐を誓う言葉に他ならない。
――ゴブリンが攻めてくる。
その
「ユージン様、もしかして楽しんでおられます?」
「うん、意外とこういうの嫌いじゃないみたいだ」
そんな会話をしつつ、俺は軽く焼いたパイの真ん中を潰し、そこに粒マスタードとクリームチーズを混ぜたものをぬりたくった。
さらにその上に茹でたアスパラガスを並べ、黒胡椒と粉チーズをかけて、ダッチオーブンを模して作った分厚い鍋の中に戻す。
さぁ、後は焼きあがりを待つだけだ。
「ミーフィア。
せっかくだから、この茶番の結末を見届けてきてくれない?
俺はここで火の番してなきゃいけないし」
「ユージン様も物好きですねぇ。
せっかくですから、ユージン様の水晶盤に映像と音声も転送しましょう」
「うん、お願い!」
ミーフィアは撮影用の魔道具を取り出すと、それを抱えて空へと舞い上がっていった。
さて、俺の水晶盤どこにいったかな。
俺は荷物の中から水晶で出来た板を取り出すと、切り株に腰をかけてこの茶番劇の成り行きを見守ることにした。
……お、画像が映りはじめたぞ。
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