3
その声の主は、アスレイらのやり取りを目撃していた二人組の旅人―――その片割れであった。
アスレイたちの視線が、その旅人へと一斉に動く。
「なんだと?」
「俺達にいちゃもんつけるってのかよ、姉ちゃん」
マスターが驚いたのは、制止に出てきた人物が意外にも女性であったということだ。あくまでも彼個人の偏見ではあるが、こういった状況へ果敢に割って入ろうと思う女性はなかなかいないからだ。
外見も華奢な体つきであり、力づくとなった場合明らかに彼女の方が不利だと思われた。
「お、おい、何やっているんだお前は…おい、ネール!」
と、ここで連れだろう男が慌てた様子でネールと呼ばれた彼女を制止する。彼女より頭二つ以上もある長身に体格も良く。むしろ彼の方が男たちに力づくでも割って入れそうな外見であった。
ネールは連れの男の制止に耳も貸さず席を立つと、そのままアスレイたちの輪の中へと果敢にも介入してくる。勇敢とも無謀とも取れる彼女の行動に、連れの男もまた慌ててその隣へと並び、男たちと対峙する。
「では、お前たちがその魔槍士の行方を知っているという証拠は有るのか…?」
ネールの質問に男たちは眉を顰めながら答える。
「証拠だと?」
「んなもん持ってる訳ねぇだろ」
「行方について知ってるって言ってんだから証拠なんかいらねぇだろが」
そう言って男たちはネールとその連れを取り囲むように前へと乗り出し、脅しとも取れる体勢を取る。酔いによる勢いもあるのだろう、男たちは自身らよりも体格の良い連れの男にも物怖じすることなく睨みつける。
一方で事の発端者であるアスレイはすっかり置き去り状態となっており、状況がいまいち掴めないでいた。頭に疑問符を浮かべながら男たちとネールを交互に見ているといったところだ。
「えっと、つまりは…どういうこと…?」
困惑しているアスレイと視線を交えたネールは、溜め息混じりに口を開いた。
「彼らは君を騙し、此処を奢らせるつもりだ」
彼女の言葉にアスレイは瞳を大きく見開く。ようやく自分の置かれている状況を理解し、驚きを見せていた。
「なっ…じゃ、じゃあ天才魔槍士を知っているっていうのは…?」
そう言うとアスレイは疑いの眼差しを男達に向ける。彼の叫び声とものものしい雰囲気に、ここにきて騒々しかった他の客たちもようやく事態に気付いたらしく。客たちの視線は男たちへと集中し始める。
詳細な状況は知らずとも客たちは皆男たちが悪いのだと決めつけ、責めるような眼差しを向けていた。
こうなってしまってはどう見ても男たちの方が不利であり、彼らに残された選択は己の過ちを認め謝罪するか、さっさとここから逃げ去るかしかないように見えた。
が、引くに引けなくなったのだろう男たちは意固地になり、大人げなく主張を止めなかった。
「ほ、本当なんだぞ! 疑うってのかよ…」
「そうだ、俺らは見たんだよ天才魔槍士を!」
それはまさに負け犬の遠吠えのようで。
「ならば見たという経緯を教えてくれないか」
と、ネールの連れに尋ねられれば、男たちは逆ギレとばかりに声を荒げて返す。
「それとこれとは話が別なんだよ!」
「なあ頼むから信じてくれってば、頼むよ兄ちゃ~ん!」
自分たちの非を認めるどころか、しまいにはわざとらしく泣き崩れる演技めいた口振りでアスレイに訴えかける。見ている客の一同が揃って呆れかえる。
だが悲しいことに、この純粋な
「た、確かに疑う根拠もないしな…」
そんな言葉を洩らしているアスレイに、客一同が揃って思わず頭を抱える。
するとネールはもう一度軽く息を漏らし、言った。
「では……私がお前たちの酒代を払う。それなら引き下がるか…?」
その台詞は目撃していた誰もが耳を疑う言葉であった。
ネールの連れの男でさえもが驚きに声を上げ、目を点にしてしまったくらいだ。
「はあ?」
「おい、お前何言ってんだよ、ふざけてんのか…?」
男たちも思わず驚き、素っ頓狂な声を出してしまう。が、次の瞬間には額に青筋を浮かべ彼女へ憤りを見せた。
それは無理もない。意表をつかれて動揺こそしたものの、男たちにもプライドと言うものがあった。知っていると言い切った以上、男たちにとっての『勝利』とはアスレイに酒代を奢らせることであり、それ以外の行為―――ネールから奢ってもらうことなど『敗北』でしかないのだ。
当初の目的であった金を積まれたとしても、彼らは自分の主張を覆しはしないつもりだった。
「冗談などではない。彼を騙さないと約束するならば私が酒代を出してやろう」
そう言うとネールは懐から一枚の金貨を取り出して見せた。
その金貨を見せられた直後。男たちは目の色を変えた。
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