場所は移り、クレスタの一角にある酒場。

 先ほどの大通りから少しばかり移動した町の外れに、その店はあった。

 大きな店舗内では沢山の客で賑わっており、昼間だと言うのに酒を煽っている者もいる。

 だが酒飲み客だけが集まっているというわけでもなく。この店は食事も提供しており、しかも安価で旨いと評判故に現在はランチを楽しむ客の方が多く見かけられた。

 更には方々から人が集うこの町の立地を利用して、此処にはを求めて訪ね来る客も少なくはない。

 今この瞬間にも、そんな客がやってきたところであった。

 木製の観音開き戸を開け放ち、賑わい見せる店内を見渡す客。その少年は一直線に店内奥のカウンターへと進んでいく。


「いらっしゃいませ、如何致しますか?」


 カウンター内で皿を磨いていた店主―――マスターはにっこりと営業スマイルをその少年に向けた。


「此処に来れば色んな情報が聞けるって聞いたんだけど…」


 するとその客は、何故かマスターへ耳打ちするようにして尋ねた。

 短髪にしている鳶色の髪と茶色の瞳は、この近辺出身者である証拠。だがそのそわそわとした素振りを見る限り、こういった場には全く慣れていないといった様子。

 マスターはすぐに察する。この少年は遠方からやって来たばかりの者―――悪い言い方をするならばド田舎から来た青二才なのだろう、と。


「…ああ、まあ…一応噂話なんかはよく聞いたりするよ」


 確かにこの店は―――つまりは情報を求めて訪れる客も少なくはない。が、実際は巷で話題の噂話なんかを耳にしている程度であって、あくまでも情報通というレベルであった。

 しかしこの少年はマスターの言葉を信じ、瞳を輝かせながら言った。


「本当!? じゃあ教えて欲しいんだ。今現在、天才魔槍士が何処に居るのか!」


 輝かせた眼差しと明るいその声は別に特別大きかったわけではなかった。

 むしろ酒場の喧騒にかき消されるくらいの声量。の、はずだった。

 しかし、その単語を発した直後。偶然耳にした者達が数名、反応を示した。少年には気付かれない程度の、ほんの僅かな反応を。

 と、その一方でマスターは意外な尋ね人の名に、思わず目を丸くさせてしまう。


「へ……あ、あのさ、キミ」

「ああ、こういうときは先ずは自己紹介だっけ。俺はアスレイ・ブロード。よろしく!」

「あ、えっと…アスレイくんね。アスレイくんは天才魔槍士に会いたいの?」

「ああ。変かな?」


 決して変ではない。

 が、しかし。真っ直ぐな双眸で詰め寄る少年―――アスレイに、マスターは思わず「あ、いや…」と笑みを作る。

 



 ―――天才魔槍師。

 この名前を聞いて『知らない』と答える人間はまずいない。そう断言しても良いほどに、その名は老若男女問わず有名だった。

 嘘か真琴か定かではない数多の名声。賞賛。絶賛の声。それ故に一目彼に会いたいと想い願う者は多い。が、容姿端麗だという噂も相まってその大半が女性であることもまた、同じく有名な話。

 そのため男性、ましてや血気盛んそうな少年が彼に会いたいと願うのは珍しいと、思わず思ってしまったのだ。





「それで、知っている? それともやっぱ知らないかな…?」


 ぐいぐいと押し迫る少年に、マスターは頬を掻きながら思案顔を浮かべる。


「そ、そうだなあ……とりあえずは王都に向かった方が、確かかな―――」


 と、マスターが自身の憶測を答えていた、その時だった。


「俺ら知ってるぜ、天才魔槍士さんの居場所をなぁ」


 その声はアスレイの背後から聞こえてきた。振り返るとそこには、三人の男が彼を覗き見るようにぐるりと取り囲んでいた。

 アスレイよりも年上らしい彼らは、昼間であるにもかかわらず全員ジョッキ片手のほろ酔い状態であった。


「教えてやろうか?」

「本当!?」


 男たちの言葉にアスレイの目はより一層と輝きを増す。ただただ純粋な眼差しを彼らに向ける。

 しかし、それとは反対に男たちの瞳は淀みを含み、その笑みは何か裏がある言うべく不気味であった。

 嫌な予感がすると思いつつも、マスターは静観の立場を取る。


「その代わりタダでは教えてやれねぇなぁ」


 そう言って男の一人が馴れ馴れしくアスレイの肩へと腕を回し組む。酒臭い空気が彼の周辺に広がっていく。


「いくら払ってくれる?」

「いくらって…金がかかるの?」


 男の言葉にアスレイは思わず眉を顰めた。無理だと言いそうな彼の様子を即座に察知した男たちは、アスレイを逃がさないとばかりに別の言葉を囁く。


「そうだな…じゃあここの酒代を奢ってくれるってのでも良いぜ?」

「出血大サービスだ。払ってくれれば天才魔槍士さんが今何処にいるのか教えてやっからさ」


 その口振りにこそ優しさが含まれているが、男たちの態度は明らかに胡散臭さを醸し出していた。上辺だけの張り付いた笑み。それを見せられて疑わない者は先ずいない。

 だがしかし。


「本当っ!? 酒代を奢れば良いんだね」


 そう言って、アスレイは全く疑う様子もなく。迷わず懐から財布を取り出した。

 純粋なのか無知なのか。そう思いながら人知れずため息を洩らすマスター。

 今まさにぼったくられようとしている田舎の少年を見つめ、男たちはまるで勝ったとばかりにほくそ笑む。その様子は最早、自分たちが騙していると公言しているも同じなほどだ。

 ただ残念なことにそんな彼らのやり取りを目撃していた者は余りにも少なく。片手程度しかいない。ある少女は額に手を当てながら容易に想像がつくアスレイの末路を嘆き、またある二人組の旅人は怪訝に眉を顰めている。そんな程度であった。

 そして、一番間近で傍観していたマスターは『流石にこれは可哀想だ』と、助け船を出そうとした。


「―――止めておけ、彼らを奢っても何の得にはならない」


 が、助け舟それはマスターではなく。意外なところから現れた。







   

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