第8話 ポンポン隊
七月に入ると面白い現象が起こった。面白いなんて言うと、自分でも予想していなかった事態ということが丸わかりだな。
それは、我が野球部が地区大会を快勝し今まで進んだことのない三回戦に望むのを前に、女子が有志でポンポン隊を募集し始めたことだ。一年の女子で顔を揃えて今度の試合にはこぞって応援に来るらしい。
万年初戦落ちの野球部にはこんなことはかつてなかったことで、試合をするこっちが上がって試合当日使い物にならなくなるのでは無いかと心配になってきた。中には二、三年の中にも低学年から人気でもてる奴が居たことが発覚して、大騒ぎになっていた。
俺達はポンポン隊に浮き足立って実力が出せない。なんて恥かかなくて済むように眼の前のことに集中して動けるように練習に念を入れていた。
「片山君、凄い騒ぎだね」
桐本が見かねて少々気の毒そうに俺の顔をのぞき込んだ。
「なんかとばっちりが恥ずかしくてまずいよな。今年の一年は小学校の時から人気のある奴いたらしい。馬力のある奴多いからな、熱心なファンもいるんだよ。良かったらお前も応援に来る?」
桐本は今まで球場に応援に来たことは一度も無かった。この騒ぎに乗じて、俺はもしかしてそんなことがあったら嬉しいと探りを入れてみた。
「行っても良いの?」
え……まさか…
「来ちゃ行けないと思ってた?」
「ちょっとね、ほら男の戦場みたいな感覚あるじゃない、野球の試合って。女は足を踏み入れてはいけないような」
そっか……桐本そう思って応援に来なかった訳か。俺はてっきり、応援なんかに来たくない。もしくはそれ程積極的な気持ちは無い。はたまた暑苦しい運動部の活動は嫌い。みたいに勝手に思っていた。俺はまだまだ桐本のことを本当に何も解っちゃいないんだな。
自分勝手に桐本のことを理解しているような気になって、もう少しで気持ちが行き違うところだった。
「桐本、今度の試合は応援にきて欲しい。ひょっとするとこれで終わりかもしれないし、一度くらい俺の勇士を見て欲しい」
俺はこの機会を逃すまいと桐本に頼んだ。
「プッ」
桐本はこらえきれずに吹き出した。
「弱気ねえ~遠慮しちゃって、何度でも行くよ。片山君が来て良いっていうのなら」
俺は飛び跳ねたい心境で、
「よし!」
と力んだ。半分は新たなプレッシャーかけちまったなと自問自答しながら。桐本は俺の気持ちなんかすっかり見透かしてる。それでもなんでもいい。手放しで俺は嬉しいと思った。
ポンポン隊は毎日俺達の練習してる横で大きな声を張り上げて応援の研究をしていた。最近わかったことだけどその中に良幸の彼女もいるらしい。良幸につき合ってる彼女がいるとわかってまた驚いた。
「お前、付き合ってる奴いたんだな」
「ああ、お前ほどわかり易く情熱的じゃないけどな」
「よく言うよ。どいつ?」
「あの髪の長いの」
「へえ~可愛いな。そうだよな。俺よりお前のが、そりゃあもてるよな」
俺はまったく自分のことで精一杯で周りのことはまるっきり見えてないらしい。こんな男らしい良幸に彼女がいないわけないよな。
とにかくどんな応援になろうともおたおたしてはいられない。そういう俺も初めて桐本がスタンドに来るし、人事じゃ無い。肝に銘じながらも半分にやけている自分が少々情けなくもあった。
不思議なもんで三回戦ともなると、今までまるっきり無関心だった親たちも、少しはその気になるらしい。家の親父も耕治の親父と一緒に冷やかしに見に来ると騒ぎ出したのには面食らった。いつもとぼけた調子のおふくろでさえ、
「甲子園も夢じゃないかねえ」
とか言って嬉しそうな顔で聞いてくる。いくらのことにも『それはないな』とやっている俺達の方が冷静にならざるを得なかった。
ポンポン隊どころじゃなく学校からも大勢応援に来てくれるらしい。バスを出そうと言う計画まであると聞いて驚いた。
「そこまでいくと正にプレッシャーだよ、期待ほど実力があるとも思えないし」
と顧問の先生に嘆くと、
「まあ二度とないかも知れないから、この際お祭りやらしてくれよ」
と、顧問までもが少々情けない一言だった。
そうだよな勝っても負けてもお祭りみたいなもんだよな。そう思うとかなり開き直って元気が出てくる気がした。
試合当日、俺達は後攻め三塁側のベンチに陣取った。このところ絶好調だったピッチャーの山野が試合前にみんなを前に、
「俺達はみんなで頑張ってきたから、今日も打たせていくから取ってくれよな」
と言った。俺は任せてくれと二塁でかまえた。何としてもぼろ負けはしたくない。それだけを思った。
なのに…どうしたことか気にしていたポンポン隊の声が少しも耳に入らない。上がっているのかそれとも違うのかそれさえもわからない。真っ白な感じで目の前の試合さえ夢のような感覚だった。
後で聞いた話だがこの日は桐本の両親も応援席に来ていたらしい。俺達の動き一つでスタンドが一喜一憂するその一体感が良かったと桐本が言っていた。とにかく、応援らしい応援はこの日が初で双方慣れるも何もない。
後半ようやくスタンドが目に入るようになった。いつもより騒がしい中、必死に走って、必死にボールに飛びついて、気がついた時にはすべてが終わっていた。
試合は残念ながら2対0。俺達の雄図むなしく三回戦で今年の夏は幕を閉じた。
でも、この夏の学校中、町内中総動員した野球観戦はすごかった。その余韻はその後何年もみんなの中で語り継がれた。
おふくろも桐本も間近で見ると迫力だったと、良くやったと言ってくれた。
これで今年の夏の大会は終わり。ようやく俺にも暇な時間がとれそうだった。
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