第7話 男の友情

 夜になって材木屋の耕治がついにしびれを切らして遊びに来た。

「今晩は」

「あれ、耕ちゃん。久しぶりだね。ゆっくりしていきなよ」

 おふくろの明るい声が玄関から響いてきた。

「よう!元気にしてるか」

 耕治の挨拶は間が抜けている。

「なんだよ改まって同じ組だろう。毎日顔合わせてるじゃないか」

 そうなんだ。なのに耕治は遠慮深そうによそよそしい顔をして敷居をまたいだ。

「なに言ってんだよ!学校でも忙しそうだし、休みだってなかなか捕まらないし、釣りに行こうと思って寄ってもお前いつだっていないんだぜ」

 そう言えばこの頃釣りも行ってなかったな。

「悪い悪いクラブも忙しいし……」

「桐本も待ってるしな」

 俺は一瞬焦った。皮肉っぽく言う耕治に言い訳がましく、

「それを言っちゃあ桐本に悪い。どっちかって言うと俺の片思いだからな」

 と言うと、決定的にあきれた顔をした。

「話し変えても良い?」

 ため息混じりに言う耕治に、座り直して、

「ああ、いいよ」

 と言うと、

「お前が前から行きたがってたサイクリングの計画。相談したくても忙しそうで俺としては遠慮してた訳よ。でもそろそろ温かくなってきたし、天気がいいとうずうずしてな、ついに俺の方から声を掛けに来た」

 と言った。そう言えばもうそんな季節か。

 しかし…いつも俺が行こう行こうと騒ぎ出して耕治はそれに付き合って嫌々ついてくるのかと思っていたから、その耕治が誘いに来たとなるとよっぽど俺が素っ気なかったんだなと思った。

「こりゃあ行かない訳にいかないな」

「当たり前だよ。あんまり鼻の下伸ばしてると桐本にも嫌われるぞ」

 そう言われるとそんな気もしてギクッとした。そんな俺に耕治が慌てて、

「冗談冗談、本気にするなよ」

 とたしなめた。耕治と俺と安弘と、

「三人であっちこっち走ったよな。今度はどこへ行く?」

「良かった。もう話しにならんかと思った」

 と耕治はホッとした顔をした。

「俺そんなにつき合い悪くなったか?」

「最低」

 そう言って耕治は笑った。

「そう言えばお前、おふくろさんに俺が桐本とつき合ってることばらしただろう」

 と、責めると。

「ばらすもくそも無いって。みんな知っててあきれてるんだから」

 そう言われて身も蓋もなく笑った。まったく、このところの大展開は自分でもついていけないくらい急激だったからな。

「あ、夜ならいつでもいるからさ。夕食終わってから遊びに来るように安弘に言ってくれ。時間があれば一緒に飯食ってもいいし。おふくろにいっとくよ。

 そうだ、桐本がケーキ焼いてくれるかもしれないしな。あいつキャラメルもクッキーも作れるんだぞ。なにかある度に持って来るんだけどこれが美味しいんだ」

 と言ったとたんうんざりした顔をして、

「まったく救いようがないな。聞かされるこっちが恥ずかしいよ」

 と馬鹿にされた。

 耕治が言うには俺は平衡感覚が無いらしい。力が入って行動が偏る。そうじゃなくてもクラブとりんごがあるし、そこへ持ってきて桐本とくれば何かを犠牲にしないと回って行きようが無い。で今まで最優先してた男の友情が犠牲になってた訳か。でも幼なじみだな……そんな俺を心配して顔を見せてくれた。

 もう少しで俺は生まれてこのかたの男の友情を失うとこだった。と反省した。俺の周りにある色んなものはみんな大事だから耕治にも安弘にも愛想をつかされなくて助かったって感じだった。

 色々話しに盛り上がっていたらザルいっぱいゆすら梅を入れておふくろが二階に上がってきた。

「これ敬ちゃんに持っていって。なかなか私もゆっくり敬ちゃんちに行けないよ。あんたからよろしく言って」

と耕治に土産を渡した。


 一時限目を終わって日直が黒板を消している。俺は次の時間の宿題が、後少し残っていて桐本のノートを見ながらせっせと自習をしていた。クラスの奴に呼ばれて顔を上げると五組の隼人が俺を呼んでいた。

「なんだよ。珍しいな。お前が俺に用なんて」

 不思議な顔をして廊下に出ると。

「お前、桐本とつき合ってるんだって?」

 いきなりそう言われて、一瞬、隼人も桐本のことが好きで、勝手につき合うなとか因縁つけられるかと思って身構えた。

 そしたら、次の瞬間隼人は俺に手を合わせて懇願した。

「頼む、一度だけで良いから桐本に競技会出てみないかってお前から言ってみてくれ。俺じゃどんなに頼んでもだめなんだ。お前ならうんと言うかもしれない。助けると思ってこのとうり」

 隼人の勢いにおたおたしながら、

「なに言ってるんだよ……」

 陸上の競技会?

「まさかそんなこと俺に頼むか普通」

 となんども断った。そんなのお門違いだ。なのに、隼人は諦めない。拝み倒されて一度聞くだけ聞いてくれと、とうとう押し切られてしまった。

 そんなこと言ったってあいつ走らないって、俺から言ったからってどうにもならない。よく考えて見ればわかりきっているのに無理な約束をしたもんだと悔やんでいた。

なんか最近周りがめまぐるしい。鈍くさい俺は人間関係があまり複雑になるとどうしていいのかわからなくなる。みんなにいい顔しようったってそうはいかないし、ほっといてくれと言えるほど強くないし、結局あれこれ抱え込んですることがだんだん複雑になっていった。

 でも……隼人からの話はどうしたって苦手だよな。つき合ってるから出ろなんて強制的に言うことでもないよなと思いながら、話すきっかけがなくて黙って歩いていた。

「ねえ、片山君たら今日は無口ねえ。どうかしたの?」

「わかるのか?ちょっと苦手なたのまれ事して、どうしたらいいかなと悩んでるところ」

「ふーん」

 自分のことじゃないと思って、素っ気ない顔してまた歩き出した。俺は覚悟を決めて。

「あの、今日陸上の隼人が俺の所に来た」

「陸上部の隼人君が片山君のところへ〜それが悩んでる話しなの?」

 腑に落ちない顔をして鈍い反応をしている。

「良いよダメ元だ。思い切って話すよ。隼人がお前をどうしても陸上競技会に出したいから俺から頼んでみてくれって」

 と勢いつけて言ったら、肩の荷が下りてほっとした。そのとたん、いつもの桐本らしからぬきつい言い方で、

「そういうの卑怯よ!」

 とむすっとした顔をした。

「怒った?」

 俺が声をかけると、

「断ったら片山君が悪く言われるの?」

 桐本は俺に気を使ってそう聞いた。

「そんなことあるわけないよ。桐本を絶対出れるようにするって請け負った訳じゃないし、俺、隼人とそんなに仲良いわけじゃないしさ」

 桐本はうつむいて考えながら、

「ずっと言われてるの。出てみないかって。去年一緒の組だったから」

 さぞ熱いラブコールだったんだろうな。

「お前足速いんだろう?噂には聞いてる」

 俺も見たことはないからどのくらい速いかはわからない。

「さあ、速いってどういうことかよくわからない」

 どういうことかよくわからないって…

「でも陸上やってる奴が声かけるんだからまんざらでもないんじゃないか」

 桐本ははっきりしない顔をしている。ひょっとすると桐本にとって速いと言うことと競技会に出ることはまったく違うことなんだろうな?

「でも、人と競争するために走るわけでもないだろう。俺も野球やってるけど勝ち負けばかりにこだわってる訳じゃないし」

 桐本はやっと顔をあげて、

「そうだね。片山君もそういえば運動部だったね。競争するのが嫌ってわけじゃないのよ。ただ、陸上競技会は陸上部の人が出るもんだと思ってるし、私オルゴール部だから……」

 そりゃあそうだよな。これを機会に陸上部に入れって言われてもそれはそれでまた問題が複雑になる。

「ゆっくり考えてごらんよ。足の速い桐本をほっておけない隼人の気持ちもわかるけど桐本の気持ちもわかる気はするよ。俺は声をかけて欲しいって頼まれただけだからな」

「うん、ちゃんと考えてみる」

 桐本にとって速く走れるというのはそれだけのことなんだなあと改めて思った。俺の中に桐本を守ってやりたい気持ちがあって、悲しい思いや苦しい思いをさせたくないと思う心がある。時々そう言うのが桐本の邪魔をしてよけいなことを言いそうで我慢できなくなるけど、桐本が自分で選んでいくことが大事なんだなと黙っていた。

 隼人の必死のラブコールもむなしく、数日して桐本は自分から隼人に断った。隼人には気の毒だけど、俺もそれでよかったんじゃないかと内心ホッとした。

「なあ、隼人お前なんだってそんなに必死になって桐本に競技会に出ろって勧めてるんだ」

 俺は不思議になって隼人に聞いた。

「あの走りを見ると欲が出るよな。どこまで通用するか試してみたくなるんだ。それだけだ。もちろん県大会とか狙ってない訳じゃなかったけど」

 隼人は正直にそう言った。

「陸上部じゃないから。って思ってるみたいだった。自分の出る膜じゃないってな、悪かった。あいつを説き伏せるなんて俺には出来ないからな」

 俺も正直に隼人にそう言った。

「まあしかたがないさ。しかし、この時期駄目じゃ来年はまずないな」

 桐本に賭けてきた隼人の期待の大きさは想像以上のものだったんだ。

「隼人、この際桐本にこだわらないでもっと陸上部の中で探して見ろよ。以外と速い奴いるかもよ」

「そうだな、いつまでも未練がましくしてると見誤るよな。お前……良い奴だな。話したことなかったけど」

 隼人はそう言って笑った。

「また一緒にお好み焼きでも食べに行こうぜ」

 俺が何事も無くそう言うと。

「おう、またな」

 と隼人も何か吹っ切れたように笑った。陸上に賭ける隼人の一面を見て同じ運動をする仲間として感動していた。俺だって野球センスのある奴が目の前にいたら喉から手が出るほど欲しがるかもな。

 桐本とつき合うことばかりに目がいって俺は忘れかけていた。色んな友達が声を掛け合って一緒に生きていることを。

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