第6話 さくらんぼ
桐本と俺がこの頃仲良くしているのはもう周りに見つかってしまっていて隠すことでもなかった。クラスの中でも話題になる。みんなに冷やかされることもあったけれど桐本は拍子抜けするほど平気で何を言われても笑っていた。
俺は益々クラブと仕事が忙しくて、桐本とゆっくり話す機会もない。放課とかに話そうとしてもみんなに色々言われるから、前ほど気楽に話せなくなってしまったのが唯一残念だった。俺は小さなメモに、
『今日一緒に帰ろう』と書いて隣の席の桐本に渡した。
「ん?」
と開いて笑って目立たないよう机の端に手をついて、OKのサインをした。
あの頃の桐本は俺の事をどう思っていたのかわからないけど、俺は桐本のことが好きだった。飄々としたなんにも逆らわない、それでいて自信のある姿が俺は好きだった……
「何あれ、隣の席なのにわざわざメモなんか渡したりて」
「だっていちいち言われるだろう。話したりすると」
「気にしてるんだ」
「そりゃあ気にするよ。桐本は気にならないのか?」
そう聞くとおかしそうに笑った。
「ほっといたら言わなくなるよ。それに仲良くしてるのも本当だから仕方ないよ」
「桐本嫌じゃないの?そういうこと言われて」
「ぜんぜん、そんなの平気よ」
って明るく笑うのもなんともないみたいで複雑な心境だった。俺は体中の勇気を振り絞って、
「毎日一緒に帰りたい」
と言った。桐本は驚きもせず、
「いいよ!」
と笑ってどんどん先へ歩いていった。何を考えているのか今一よくわからない。追っかけて横を歩きながら桐本に何か言いたくてしかたがない。桐本が小柄で俺の胸の当たりまでしか身長がないのをからかって、
「お前、背低いよな……」
と言うと、
「え~そうかなあ」
とまた笑う。こいつは俺をからかっているのかと思うと、
「小さいよ!俺お前の頭の渦巻き見えるぜ」
そう言って桐本をからかわずにはいられない俺は完全に桐本に負けている。くやしいがまだまだ置いてかれてる子供だと思った。
公然とつき合うようになった俺達を冷やかしてた奴らは逆にあきれて、ばかばかしがり桐本の言ったように一緒にいるのが当たり前の顔をするようになった。
桐本はやりたがっていた人形劇がだんだん形になってきて毎日音作りに張り切っていた。俺も毎朝のりんごの管理に追われて忙しい日々を過ごした。クラブの方もそろそろ練習試合やリーグ戦が入ってきて日曜も部活のある日が多くなった。
「なかなかゆっくり出来ないな~」
と言うと、
「いいよ私も忙しいもん。家の父さんも母さんも仕事一筋だから、家のこととか私がやらないといけないし、二人とも忙しくてちょうどいいよ」
と桐本は言うけど、
「俺はもっと話しがしたいよ。ちょうどいいなんて言われると悲しくなる」
と、つい声が大きくなった。
「ご、ごめん」
桐本に謝らせてる自分が情けなくなる。
こんなはずじゃなかったと自分が悲しくなる。俺は焦って言わなくても良いことまで口にする。
「桐本、俺のことどう思う?」
「どうって、わからないよ」
桐本の返事にカチンとくる。
「じゃあどうして一緒に帰ってもいいって言ったんだよ」
そんなこと、どうでもいいようなこととわかっていても止められず、根ほり葉ほり聞いている自分がだんだん嫌いになってきた。
「どうしたの?片山君……」
桐本にそう言われて気が抜けて冷静になった。
「俺ばっかりむきになってるみたいでちょっと焦ってるな」
と親指と人差し指で二センチくらいの寸法を作ると、
「ちょっとって感じじゃないけど……」
って桐本が心配そうにした。桐本にして見れば自然の成り行きでこうなったって、友達よりは多少近い関係くらいに思っているんだろうか?それとも友達と一緒?嫌われてはいない。くらいの自信はある。だけど、それ以上はわからなかった。
桐本は俺より前を歩きながら振り返って、
「私達焦らないでやっていこうよ!」
と笑って言った。
私達……そう聞いただけでホッとして気が収まるなんてやっぱり変だ。俺は相当重傷だと自分にあきれた。
夜、食卓を前にして、
「お前桐本のさんのお嬢さんとつき合ってるんだって?」
とおふくろに言われた。あっちゃ~遂に来たか。突然親から聞かれて俺は箸を落としそうになった。
「敬ちゃんが言ってたよ。この頃つきあい悪くなったって耕ちゃんが言ってるって。ねえどうなのよ!」
俺の動揺など知らない顔でおふくろは迫る。耕治か……それじゃ言い訳できないよな。
「つき合ってるったって学校の帰り一緒に帰るくらいだよ。俺もあいつも忙しいし」
ぶったくれながらご飯を掻き込む。
「お前がね~」
おふくろのせいだよとも言えない。あの後とち狂ってしまったのは俺なんだから。黙って漬け物をかじっていると、弟たちと一緒に半分冗談とでも思ったようにからから笑いながらも、締めるとこは締めて、
「お兄ちゃんがね〜ついにね〜あずさちゃん泣かすんじゃないよ」
と腹に響く声で言った。
泣いてるのは俺だよ。あいつは本気でつき合う気があるかどうかわからないところだし、今のところ俺よりオルゴールだもんな。
当たり前か……俺だって最近あいつのこと気に留めるようになってみんなから気味悪がられてるくらいで、それまで何があっても野球一筋。女と付き合うなんてそんなこと考えもしなかったもんな。
遂に親にまで知られたかと思うと返って開き直って気持ちが落ち着いてきた。
丁度その頃安木から近い休みにさくらんぼを食べにこないかと誘われた。前に話していたワイン用のさくらんぼがそろそろ良い色になって食べ頃になったらしい。練習も珍しく空きの日が出来て、俺は超ラッキーと思いながらこの頃ゆっくり会えないでいた桐本を誘った。
「さくらんぼ?安木君の家はさくらんぼ作ってるの」
と嬉しそうに聞く、これ、これ、この反応がいいんだよな。
「あいつの親父さんワイン作りに凝ってて研究のために色々な果樹を植えてるんだ。かなり美味しいさくらんぼらしいぞ」
「そっか、さくらんぼにも色々あるんだね。私行ってもいいの?」
「いいさ、木から取って食べるの美味しいぞ」
「いいな、片山君の家も、安木君の家もいろんな実がなるのね」
本当に羨ましそうに桐本は言った。
「今度お前の家にも紅玉一本植えてやるよ。あと、ふじとかゆすらうめとか農家みたいに行列で並んで植わってるんじゃ楽しみより仕事の方が多いけど、庭に少しずつ植わってるぶんにはあれこれ収穫できて楽しいと思うよ。木になってるのを取って食べるのが一番美味しいからな」
自分で思い出してもよだれが出そうだった。
「わあ~毎年同じ所にちゃんと実がなるのね。これからずっと、ずっとね。考えただけでわくわくするね。きっと、きっとね片山君」
と小指を差し出した。
「ん?」
俺が首をかしげると、
「指切りよ。約束の……」
と言って小指を俺の顔の前で催促するようにそっと動かした。桐本の白い小さな指に俺のごつごつした指がからんで指切りの儀式はあっけなく終わった。
指切りか……俺はしばらく指をからめたままボーとしていた。
「どうかしたの?」
「いや、なにも……また苗持って行くな。お前の家」
「うん、待ってる」
桐本の性格の良さは俺にはもったいない。本当に良い奴だなあとまた思いにふけってしまった。
安木の家の果樹園は大きい。何処までも何軒もの果樹園の続いている町が整備したフルーツ並木の中にあった。アメリカンチェリーが数本ナポレオンが数本今回の目玉白桃はその中に植えられていて、露よけのビニールが掛けてあった。
俺が堂々と桐本を連れていったもんだから反対に安木が戸惑ってあせっていた。
「やあよく来たなあ。まさか桐本も一緒に来るとは思わなかったよ。あ、こっち美味しいさくらんぼが待ってるぞ」
桐本は余裕、嬉しそうにニコニコして、
「おじゃまします。これ母さんが焼いたケーキ食べて」
と安木に渡した。安木がいよいよ照れて顔を赤くした。
赤く実ったさくらんぼを前にして、目を輝かせて手を伸ばす桐本が安木には不思議に思えるらしい。
「今時あんなに嬉しそうにさくらんぼ狩りする奴いないよな」
桐本は安木のおふくろさんを手伝ってワインを作るためのさくらんぼを籠に摘んでいた。
「食べてごらんよ。そんなに根つめなくていいから。遊びに来たんだろ」
安木のおふくろさんがそう言うと、
「おばさん心配しなくて大丈夫よ。とっても楽しいから」
と笑っていた。俺は少し摘んだ籠を抱えて土手に腰を下ろすと、安木と馬鹿な話しをしてさぼっていた。
「桐本とどっか行ったりするのか?」
「いやあ、休みはクラブあるし、クラブのない日はりんごの管理があるしどこへも行けないよ」
と言うと、
「文句言われないのか。この前俺のクラスの彼女のいる奴がどっか連れて行かないとすぐふくれるってこぼしてたぞ。そのくせどこへ行っても喜ばないとか言ってさ。……あの様子じゃ桐本は文句言いそうに無いか」
おふくろさんと楽しそうにさくらんぼを摘んでいる桐本を見て、安木があきれたように笑った。
「あいつの家も忙しいからな。家族でどっか行くこともないみたいだし、俺なんか気が利かないから、我が儘な女だったらとっくに嫌われてるよ」
安木はそこだけ納得して、
「そりゃあ言えるな。お前本当くそ真面目だから」
と、太鼓判押されても、今の俺には誉められたように聞こえる。
「おい!食べてみようぜ。桐本!少し休んで一緒に食べよう」
と、桐本を呼んだ。
安木の声にようやく手を止めて桐本がこっちを見た。手を振ってそばまでくると、籠いっぱいに集めたさくらんぼを嬉しそうに抱えて俺の横に座った。
安木はあきれて、しかも羨ましそうに、
「やってらんねえな!」
と、憎まれ口をきいた。
さすがに親父さんの自慢のさくらんぼだけにその美味しさといったら格別で、甘くてワインにするよりこのまま生で食べた方が絶対にうまいと全員一致で笑った。このさくらんぼの苗も桐本の家に植えようと話しがドンドン盛り上がった。
この分だと桐本の家の庭は果樹の見本市になりかねない。
俺達農家の息子にとって畑や果樹はとても神聖な大切なものだった。俺はこの山並みも好きだし、田舎の空気そのものがなくてはならない最高の環境だと思っている。その中で、幸せでいられる人間が何人いるだろう。ここが好きで一緒に生きて行ってくれる奴を捜すのは大変なことになりつつあった。そんな中で桐本の笑顔は、なにものにも代え難い俺の宝物だった。
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