第4話 遠足
無言のすったもんだの挙げ句、遠足の班での出し物はクイズをすることに決まった。りんごが好きなだけで集まった6人だから、ろくにこれといって共通の話もない。その上爽やかのんびり集団でイベント感も苦手なやつ揃いなのか声の出ない班会の中でよく何かが決まったものだ。特に熱心に会議を進める者もなかった。
『クイズ』?…安易な発想で決まったは良いが次なる問題はどんな問題にするか、進め方をするか、それを五人でひとしきり黙りこくって考えた。考え始めても直ぐに行き詰まる。桐本だけが静かだが積極的に本を持ってきたりしていたから、だいたいの用意は出来た。
俺が桐本の意見ばかり取り上げると真田が過剰反応して機嫌が悪くなる。怒ったって仕方がない。代替え案の無いクレームは意見無しに等しいから。
強制却下の連続に頑なに反発されながらも、何の影響か最近はぼちぼち違う意見も出るようになってきた。出し物の話の他に持っていく道具など、俺達のグループはガタガタしながらもだんだん一つにまとまっていった。何か一つの事を、強制的にだとしても一緒にやる意味はあるみたいだ。
そしてあっけなく当日……遠足の朝は少しワクワクしながら指を折っているうちに眼の前にぐんぐん迫って来た。天気は上々、早朝の少しヒンヤリした空気が旨い。
早めに起きて日頃のルーティーンをこなしながら慣れないことの毎日に胸がざわざわする。深呼吸して一旦落ち着こう。それほど俺はすごく緊張して…そして…興奮していた。
前の晩、突然桐本から電話をもらった。親から呼ばれて電話を受け取るときの気まずさったら無かった。桐本は当然の電話でも俺には始めてのクラスの女子からの電話。気もそぞろに受け取ると、クイズをもう少し考えたいから早めにバス乗り場に集まりたいと言ってきた。でも、他の三人が来れないというから勝手に決めていいと許可までもらったらしい。桐本と二人、誰もいない広い駐車場で集合40分前に落ち合うことになっていた。30分じゃ心配だから40分。その設定もおかしかった。
学校まで親の車で送ってもらう。まだガラーンとした駐車場にバスは来てなかった。そそくさと親を追い返しキョロキョロする。日頃感じないその落ち着かない空気。慣れない待ち合わせに緊張気味の中、待ち合わせ場所でキョロキョロとあたりを見回して探し出すと、俺はぎこちなく手を振って桐本に近づいた。
「ごめん、夜になって準備してたら考え込んじゃって、どんどん心配になって来ちゃって。簡単なクイズなんだけど答えは少しありきたりじゃないのを工夫したくて、あ、それと、これ、クイズに当たった人にこの記念品どうかなと思って。うちの母さんのオリジナルなの」
桐本はかがみ込んでベンチに荷物を広げると大切そうに一つ一つ並べ始めた。
「ガラスの楽器?」
「うん、父さんもガラスで日常雑貨作ってるんだけど、母さんは人形とか楽器とか作ってるの」
「ガラスでか?」
「うん、おもちゃよ。音階どころじゃないの、形だけ。少しもらったから当たった人への記念にどうかと思って」
「へえ、桐本の家ガラス作家なのか。グループの奴も欲しがりそうだな。これ」
「そう?なら嬉しいけど…ガラスの材料ならいっぱいあるわ。家は夫婦揃ってガラス職人で、私の未来は…腕の良いオルゴール職人になるのが夢なの」
「ええ!オルゴール、職人…そうなんだ。何か難しそうだな」
職人…親ともども作家と言わないところが面白い。職人に…成りたいんだな。本気で話す桐本にこっちが照れながらそう言った。
「卒業したら、そういう専門的なこと勉強したいなって思ってるの」
「大学行かないの?」
「オルゴール科があったら行くよ」
「まさかそんなのあるかよ」
「本当にないのかなあ?探さないと、留学でもしないとちゃんと学べないかな」
「留学って…」
俺はさらに動揺する。生まれ故郷から離れるなんて想像もできない。普通の高校生は大学か短大行って就職してってそんなことばかり考えてるのに……
足だって少し早いだけで部活にしがみついて推薦もらおうとしたり、なのにこいつは、俊足の特技を活かしもせず、夢のようにオルゴール職人になりたいなんて語る。留学なんて、夢とも現実とも思えないようなことをフワフワ言っている。そして…それがかなり現実味を帯びている。
俺が変わってるって思ったの…そんなとこなのかなあ……桐元の周りだけメルヘンな空気が漂っている。普通たって俺が考える普通だから、たかが知れてるんだろうけどと思う。
「はい」
「なに?」
桐本は缶を開けて俺に一つ渡した。
「キャラメル、私が作ったの」
「お前キャラメルまで作れるの?すごいなあ……」
「少し堅くなりすぎて切るのに苦労した。噛まないでね金歯とか外れるから」
「切る?」
「うん、包丁で」
と、押切のように切る真似をする。
包丁で切って作ったキャラメル?硬すぎて噛むと金歯が外れるキャラメル?缶の中をのぞくと一つ一つ形がいびつなキャラメルがひしめき合っていた。
班替えがあって、遠足があって、俺と桐本は急激に、すごく仲良くなった。野球だけやっていた単純な毎日だったけど、たまには違うことも考えたり、桐本の作ってくるクッキーやらケーキやら食べながら、たわいのない話しをして、穏やかな毎日が、メルヘンな色彩を帯びて、ちょっとビックリしながら過ぎていった。
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