#2

快たち二人と咲希がやり取りをしている間に吊るされた愛里は目を覚ました。


「うぅん……えっ」


自分が吊るされている状況に戸惑う。

それに下には底の見えない巨大な聖杯が。

恐れないはずがない。


「あっ、愛里!」


快は愛里が目覚めた事に気が付き声を掛ける。


「快くんっ!」


無事で良かったという点と現在の恐怖が合わさり複雑な感情になってしまう。


「目が覚めたんだね愛里、丁度いいや」


すると咲希が発言した。

愛里も改めてショックを受けてしまう。


「さっちゃん、何で……っ」


思わず涙が出そうになるほど。

これまでの事も彼女がやったというのか。

だとすれば英美も……


「アタシは愛里とずっと一緒にいたいの、そんな理想の世界を創るためにこうしてる」


咲希が何を言っているのか分からない。

愛里は何も聞き返せなかった。


「色々あって独りになったけどさ、ようやくここまで来たよ……」


ルシフェルや新生、仲間たちはみな倒された。


「さぁ愛里、アタシと二人で世界に成ろう!そしたらずっとお互いを感じられる!」


言っている意味が分からない。

それでも十分な狂気を感じた。


「ダメだ……っ!」


走り出して止めようとする快だったがもう遅い。

必死に手を伸ばすが間に合いそうにない。


「快くん、大丈夫だよ……」


すると愛里は快に告げた。

悲しそうな目で彼を見つめている。


「っ……!」


“大丈夫”というその言葉。

愛里に告白した時もそう言ってくれた。


「だって快くんはヒーローだから……!」


その言葉を最後に愛里は聖杯に取り込まれてしまった。

快は呆気に取られてその場に立ち尽くしてしまう。


「これで器は揃ったね……」


咲希の発言で愛里を取り込んだ聖杯は人の手に収まるサイズに、普通の聖杯のようになり咲希の手の中へ移動する。


「愛里、これがアンタ……」


その聖杯には紫色の赤ワインのような液体が満たされていた。

そして咲希は一気にソレを飲み干す。


「うっ、ぐぅっ……!」


咲希の身体に異変が。

全身に凄まじいエネルギーが伝う。


「コイツっ、何を……⁈」


瀬川も警戒して腰に持った銃に手を当てる。

しかし瞬く間に咲希はそんなものでは対処できないほどの存在へと化してしまった。


「グググ……ヴォォォォンッ」


聖杯のエネルギーそのものを纏い巨大化していく。

真っ暗な空間の中で咲希は罪獣とも違う、更に上位の存在と成った。


『これがアタシの力……!』


"聖杯獣カリス"である。

人と罪獣の中間のような姿をしておりその身体は白金のようだ。


「愛里……っ」


快は考える。

愛里が言い残した言葉を。


『だって快くんはヒーローだから……!』


その言葉はきっと"助けてくれる"という意味。

その通りだ、快は愛里に歩み寄るためにここまで来た。


「待ってて愛里、必ず歩み寄ってヒーローになるっ!」


そう言って首から下げたグレイスフィアを握り構える。

拳から光が溢れ快の全身を包み込んだ。


『ゼアァッ!』


そして真っ暗な空間にゼノメサイアが出現したのである。


「え、快がゼノメサイア……⁈」


その様子を保健室の外から扉越しに見ていた存在がいた。

気になって着いて来た純希である。

彼は快の正体、ゼノメサイアの正体を知り驚愕したのだった。


___________________________________________


聖杯獣カリスとゼノメサイアは睨み合う。

お互いに精神の言葉でやり取りを行った。


『"歩み寄り"ね、くだらない』


『何だって……?』


『口を開けばそればっか、全人類がその言葉好きな訳じゃないからね』


カリスと化した咲希は快に自身の見解を告げる。


『でも大事なことだからっ』


『アンタにとってはね?アタシにとっては鬱陶しくて仕方ない……!』


ゆっくりとこちらに向かって来ながら鬱憤をぶつけて行く。


『だいたい何、定義が曖昧すぎない?アンタ修学旅行で愛里と歩み寄ったとか言ってたけど結局お互いの都合が合わなくてこうなったじゃない』


顔面を思い切り近づけて来る。

額同士がぶつかり魂もぶつかり合う。


『結局意味なんてないのよ、他人ってのは都合よく利用するもの。歩み寄りとか愛とかそんなものは幻でしかないの』


自らのアイデンティティを否定されるような言葉をかけられ快は反論しようとする。


『そんな事はっ』


しかしそんな間も無く、カリスはゼノメサイアの顔面を力一杯殴り飛ばした。


『ゴハッ……』


あまりのパワーに宙を舞うゼノメサイア。

背中から地面に叩きつけられてしまう。


『だからアタシも愛里を利用する。あの子が好きだから、都合が良いからね!』


ゆっくりと片膝をつきながら立ち上がるゼノメサイア。

しかしカリスはそれすら許さず猛攻に出た。


『フンッ!』


『グゥッ……⁈』


顔面、そして腹部を何度も殴り蹴り。

ゼノメサイアも一気に猛攻を受けたためなかなか隙が掴めない。


『さっさとアレ寄越しな!アンタのも!アタシと愛里、二人で新世界そのものと成るの!』


そこで愛里と快が持つ二つのグレイスフィアの話となる。

しかし快は片方のそれを瀬川に預けているのだ。


『オォッ!』


振り下ろし攻撃を両手で防いだゼノメサイア。

予め身につけていた無線機で瀬川に呼びかける。


『瀬川っ!今だ外へ!』


その無線を受信した瀬川は一瞬で開けっぱなしにしておいた扉から外へ飛び出した。


「おうっ!」


その姿を見かけた咲希。

ある事を察する。


『まさかアイツが……!』


瀬川が持っていると瞬時に察知する。

しかしこの巨体を扉から出す事は不可能に思えた。


『こっちにも考えがあるんでね……っ!』


そして思い切りカリスを突き飛ばし回し蹴りを顔面にクリーンヒットさせた。


『グゥルルル……』


唸るカリス。

瀬川はもう逃げた、後は何をしようにもゼノメサイアが足止めをすれば良い。


『オォッ!』


そのまま畳み掛けるように飛び掛かるゼノメサイア。

カリスの身体をガッシリ掴み、そのまま大きく投げ飛ばした。


『セァッ!』


今度はカリスが背中から叩きつけられる。

咲希は痛そうな声を出しながら立ち上がった。


『チッ、面倒くさいね……』


そして起き上がると何やら新たな手を出すような素振りを見せた。


『このままここに居ちゃダメだ、外に出るよ』


咲希のスマホが起動する。

するとこの真っ暗な空間が一気に晴れる。


『地獄の門、開くよ……!』


なんと保健室が元に戻ったのだ。

しかしその座標にゼノメサイアとカリスは存在していたため学校が一瞬にして崩れてしまう。


『なっ、学校が……!』


慌てて避難所となっている体育館の方を見る。

どうやら今の所そこは無事らしいが本校舎が半壊してしまった。


「グゴオオォォォッ!!!」


学校を突き破って現れたカリス。

避難所の一同には衝撃が大きかった。


「え、学校なくなった……?」


「ちょっと待ってよ、そこにもまだ人いたよね⁈」


「おいおいマジかよぉ!」


嘆く声も轟音に掻き消される。

そんな中でギリギリ学校の外に放り出されたゼノメサイアは瀬川を探す。


『あっ……』


学校とは反対方向に瀬川のバイクが走っているのを見つけた。

しかし今は彼もこちらを見て驚愕している。


『瀬川、逃げろ!』


カリスは一瞬で瀬川の居場所を察知し追いかけて行った。


『待ちな!』


歩き出したカリスをゼノメサイアが追い掛ける。

その光景を半壊した校舎越しに純希が見ていた。


「おい、どうなってんだ……?」


彼はまだ状況を理解できずにいた。

一体何がどうなっているのか、情報量に頭の処理が追い付かずパンクしてしまっていた。


___________________________________________


ゼノメサイアは瀬川に向かうカリスの前に回り込みタックルして押さえる。

しかしカリスのパワーも中々だ。


『ゴオッ!』


『フンッ』


拳を突き出すカリスだがゼノメサイアは何とか避けて逆に横っ腹に拳を叩き込む。

そして何度も顔面を殴ろうとするが何発目かでカリスも反撃を繰り出した。


『ガゥアァッ!』


ゼノメサイアの一撃を避けて逆に腹部に回し蹴りを打ち込む。

しかしゼノメサイアも怯まず二発目を掴んで受け止め、そのまま思い切り投げた。


『ヴォォォォッ……』


顔面を地面に叩きつけられるカリスだがそのまま怯まずに瀬川に向かって行く。

もうゼノメサイアは無視する事にしたのだ。


『一旦瀬川の持ってるので力蓄えてから……!』


先にエネルギーを得てからゼノメサイアを倒そうというのだ、しかしそんな相手だからこそまた邪魔をして来る。


『ダメだぁっ!』


今度はカリスの細長い尻尾を掴み引っ張る。

そのまま引き寄せ頭を背後から掴みながら問う。


『学校がっ!君も通ってた学校だぞ!避難所にいる同級生たちも死ぬかも知れなかった!』


躊躇なく半壊させた学校に対して快は咲希に問う。

しかし彼女にはもう関係なかった。


『これも全部都合で利用しただけ!もうどうでも良いよ!』


何やら自暴自棄になっているような感じがする。

目的のためなら手段を選んでいられない状況なのかも知れない。


『どうせまたみんなの歩み寄りがとか言うんでしょ?言ったよね、アタシはその言葉が大嫌いっ!!』


そして振り返り思い切りゼノメサイアの顔面を殴る。

そのまま勢いよく隣のマンションに叩きつけた。

大きく崩れるマンション、そこにも人々が居たかも知れない。


『綺麗事ばっか抜かして!それじゃ本当に苦しんでる人は救えないの!』


その言葉を聞いて快はハッとする。

初めてゼノメサイアになったあの日、英美に快が言った事と同じ言葉を咲希が放ったのだ。


『何で、君はこうなった……?何が君をこうさせたんだ……?』


一気に咲希の境遇が気になり出す快。

顔面を地面に押し付けられたまま聞いた。

まさかかつての自分のような経験があると言うのか。


『知らなくて良い、どうせ理解されないからね』


『そんな事はないっ、俺は今知りたいと思ったよ……』


どんどん地面に顔がめり込んで行く中で快は何とか力を振り絞り立ちあがろうとする。

しかしカリスの押し込む力はそれ以上で。


『それキモい、アタシにも歩み寄ろうっての?』


そのままゼノメサイアの起き上がろうとする力を逆手に取り彼の力を利用して仰向けに寝かせる。

そして思い切り腹部を踏みつけた。


『グフッ……!』


そして咲希はゼノメサイアの顔を見下しながら言い放った。


『アタシは一人で良い、誰の歩み寄りも要らないっ!』


その言葉を聞いて快は更に思う。

やはり彼女には何かがあると。


『はぁっ、手こずらせてさぁ……』


そのままゼノメサイアは腹部を押さえて悶え苦しんでいた。

その隙にカリスは瀬川に向き直る。


『瀬川、もうあんな遠くに……』


しかしカリスは思い切り走り出す。

全力で街を破壊しながら走り一瞬で瀬川の所に追い付いた。


「うわっ、マズい……!」


なるべく人通りの多い所を避けたためか逆に見つかりやすかったのだろう、更に道は狭い所が多い。


『終わりだよっ!』


思い切り地面を掬うように吹き飛ばす。

すると瀬川のバイクも吹き飛び、放り出された瀬川が行き止まりの壁に激突してしまう。


「ぐぅっ……⁈」


タクティカルスーツを着ているためダメージは抑えられたがそれでも追い詰められている事には変わりない。


『ハァ、ハァ……もう逃げられないね』


息を切らしながら迫るカリス。

たった一人の瀬川を狙ってその場に立つ。


『っ……⁈』


しかしその瞬間、背後から音が聞こえる。

慌てて振り返るとボロボロのゼノメサイアが足もおぼつかない状態で立ち上がったのだ。


『オォォ……ッ』


精一杯力んで立ち上がるゼノメサイア。

全身を相当なダメージが襲っているはず、ただの根性か。


『君をっ、止めなきゃ……!』


声も既に震えておりまともに発声も出来ていない。


『何アンタ、まだ歩み寄るとか言うの?要らないって言ってんじゃん』


しかし快は退かない。


『じゃあ何で"綺麗事じゃ救えない"って言ったの……?もしかしたら君は救いを求めてるんじゃって思ったんだ……っ』


先程の咲希自身の発言から考えた事を伝える。


『そりゃ救われたいよ、でもアンタには無理。アタシの何が分かるの?』


快はしばらく考えてから答える。


『分かるよ』


そのような答えを導き出した快。

しかし咲希は激昂した。


『だから分かる訳ないって!何を根拠にそんな事!』


それでも快は怯まず大きな声で返す。


『君はっ!前の俺とソックリなんだ……』


『はぁ?』


『自分で何とかしなきゃいけないと思って、他人を拒絶して。本当は愛されたいのに……!』


そう言われた咲希は怒りのあまり何も言えなかった。


『両親と約束したんだ、同じ境遇の人達に歩み寄ってヒーローになるって!』


何度でも咲希が嫌いな言葉を投げかけ続ける。

今の快にはあの時の英美の気持ちがよく分かった。


『〜〜っ』


そして咲希も快が英美と重なって余計に苛立ちを覚える。

しかし怒りのあまり逆に冷静になった。


『逆に聞くけどさ、歩み寄って何かあるの?何かいい事でも?』


その問いに対して快は全力で答える。

体に力を入れ全力で応えるのだ。


『歩み寄れば同じ境遇の人達と出会える、自分一人で何も出来なくても認めてくれる……!』


徐々にカリスの方へ歩いて行くゼノメサイア。

これはただ歩いているのではない、歩み寄りだ。


『そしてその人たちとは仲間として支え合って……!』


そう言った瞬間、カリスは自身の背後から何かが迫るのを感じる。

そして思い切り背中を弾丸で撃たれた。


『グゥッ⁈』


周囲には飛び交う見慣れた機体たち。

それはゼノメサイアを助けるように現れた。


『どんな時もお互いのヒーローになれるっ!!』


この台詞と共に姿を現したのはTWELVEの機体である。

キャリー・マザーには瀬川のマッハ・ピジョンもあった。


「すまない、遅くなった!」


「へへっ、待ってましたよ隊長!」


瀬川と名倉隊長もそんなやり取りを無線で行う。

この瞬間、ゼノメサイアは仲間と共にお互いヒーローとなったのだ。






つづく

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