#5
純希による手当てを終えた瀬川は体育館に戻る。
するとそこでは差別により十分な支援を受けられないセンター利用者たちの姿がなかった。
「みんなは……?」
同じくここに避難しているクラスの委員長に尋ねるが彼も少し瀬川と関わる事を億劫に感じているようで目を合わせずに答えられた。
「外だよ外……」
それでも瀬川は嫌な顔を見せずに感謝した。
「ありがとう」
そう言われた事で委員長は予想外というような反応を見せた。
しかし何か言おうとした委員長の声は届かず瀬川は外に向かってしまった。
何も言えなかった委員長はその場で少し悲しそうな顔をした。
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外に出るとグラウンドが見える塀の上にセンター利用者とスタッフがいた。
「みんな大丈夫か?」
心配そうに瀬川が近付くと先程中年を殴った利用者の青年が悔しがっていた。
「全然、何で俺たちは何もしてないのに差別されるんだよ……っ!」
あくまで事を起こしたのは新生だ。
それなのに一括りにされ差別される事を嫌う。
「確かに、グレーゾーンなのもあってか今までそんな風に見て来なかったのに障害って言葉にされた途端に一括りにされるの辛いよな……」
人々にとってはグレーゾーンなどの違いが分からない、その分一括りにしてしまうのだろう。
「こーちゃん、本当に君もやったの……?」
新生に手を貸したのかどうか尋ねる青年。
それに対し瀬川は誠意を込めて答えた。
「知らない内に利用されて、手を貸しちゃってたみたいだな……」
ここで保身に走っても仕方がない。
正直に伝えると青年にも誠意が少し伝わったようで理解してくれた。
「……そっか」
そして少しでも納得してくれた青年に瀬川は謝った。
「ごめん、俺のせいで巻き込んで……」
誠心誠意謝罪を受けた事で青年もそのような心を持つ事の大切さを理解する。
「いや大丈夫だよ、こーちゃんが悪くないって分かったし……」
すると青年は何かに気付いたようで瀬川にそれを自分なりに頑張って伝えてみる。
「お、俺もあのおじさんに悪い事したし……もっと前、普段から嫌われる事もあった」
中年男性を殴った事やそれ以前の生活を思い出す。
「こーちゃんと同じで知らない内に嫌な事しちゃってたのかな」
自らのこれまでを思い出し少し目が曇る青年。
「そんな俺たちってやっぱり居ない方が……」
差別される事は正しいのではと自らの存在意義を疑う。
他の利用者たちも悲しそうな表情を浮かべてしまった。
「そんなこと言うなよ。俺は分かったぞ、生きる意味」
しかし瀬川は理解していた。
自らの生きる意味、障害を持って生まれた意味を。
「まず迷惑かけるなんて障害に限らずだって分かった、たまたま自分のその部分が障害だったってだけで」
先ほど純希の言っていた事を繰り返す。
「でもそれで辛い思いをするのは事実だからな、そこをどうしたもんか考えたけどよ」
これまでの戦いや人との関わりを思い出していく。
その中で導き出した答えを示した。
「同じ思いをしてる人達に寄り添うために俺はこんな風に生まれたんだ、そうやって色んな人がいる中で仲間もいる」
快に寄り添えた事、そこから得た経験を語り出す。
そしてそのまま青年の肩を叩き瀬川は力一杯励ました。
「寄り添い合ったら心から歩み寄れるだろ?俺たちは俺たちで仲良くやりゃ良い、それで幸せなんだからよ」
しかしまだ青年は納得いかない部分があるようで。
「でも生きて行くには上手くやれない人とも関わらなきゃいけないでしょ?その人たちと仲良くやれる気がしない……」
これまでの経験から生きて行く事の難しさを感じているためその一言だけで上手くやれるとは思えなかった。
「確かにお互い傷つけ合う関係だとなぁ、それだけで憎み合っちまうしな……」
そこで思い出す瀬川。
自分もかつて陽キャと区分される人々を一括りに差別して来た。
「……俺も同じだった」
一人で呟くと何か閃いたように光を感じた。
大切な答えを見つけられたような気がする。
「そうだ、そんなんで幸せなはずないもんな」
そして青年たちに向けて瀬川は背中を見せた。
「よし!俺今から見せてやる!頑張るからしっかり見ててくれよ!」
そう言って何かを示すと決めた瀬川。
彼らを先導し体育館の中に戻るのだった。
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瀬川はセンター利用者たちを連れて体育館へ戻った。
すると避難民たちはまた明らかに嫌そうな表情を浮かべる。
「う……」
利用者の青年もその視線に心の痛みを感じるが瀬川は誠実さを見せるつもりらしい。
「よし、ちゃんと見とけよ」
そう言って深呼吸をして気持ちを一度整える。
次の瞬間瀬川は思い切り地面に突っ伏し避難民に向かって土下座をしたのだ。
「申し訳ありませんでした……っ!!」
突然土下座をされた事で戸惑う一同。
そのまま瀬川は続けた。
「故意でなかったとしても沢山傷付けてしまいました、どうかこの気持ちだけでも信じて下さいっ!!」
これは今回の崩壊の件だけではない。
これまで自分が他人を傷付けてしまった事、その全ての罪に誠心誠意向き合うといった意思の表れだった。
「や、やっと認めやがったか……っ」
中年男性は瀬川を責めようとするが誠意が少しでも伝わったのか途中で言葉を連ねるのを躊躇ってしまった。
彼以外も誰もが複雑な心境を抱き何も言い返す事が出来なかった。
「よし……」
そして瀬川は顔を上げて立ち上がる。
気を引き締めて何処かへ向かおうとした。
「こーちゃん、どこ行くの……?」
すると瀬川は振り返りこう言った。
「自分に出来る事をやる、手伝いだ」
避難民たちの支援をする事で償いとしての誠意を見せる事に尽力するのだ。
「あっ……」
その様子を見ていた自衛官の一人である小林は瀬川たちが先に向かうのを見て少し何かを思うのであった。
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調理場で自衛官が悩んでいた。
「手が足りないな……」
炊き出しを作っているのだが人数が足りず避難民全員に配分できる量を作るのに相当な時間を掛けてしまう。
このままでは皆が腹を空かせて長時間待つ事になるだろう。
「手伝いますよ」
するとそこへ瀬川がやってきた。
手伝うという言葉に少し躊躇いを覚えてしまう。
「でも一人増えたところで……」
手が足りない事に変わりはないと理由を付けて断ろうと考えるが。
「お、俺たちにもやらせて下さい……!」
なんと瀬川の背後から青年を始めとしたセンター利用者たちが現れる。
「家の手伝いとかやってたから、野菜切るくらいなら出来ます!」
彼らも瀬川に続き誠意を見せた。
少し圧が強かったが人数が増えた事に変わりはない。
「どうかお願いします、手伝わせてあげて下さい」
スタッフも頭を下げてお願いする。
それにより自衛官も断る事が出来なかった。
「はい、じゃあお願いします……」
なんとか彼らにも誠意を見せるチャンスが与えられた。
だが決してそのために手伝うのではない、純粋に他人に歩み寄る気持ちを抱いたのだ。
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調理を手伝う瀬川たち。
野菜を切っては炒めて煮込む準備をしていく。
「これなら間に合うかなっ?」
汗を拭いながら言うと手元から野菜が無くなった事に気付く。
玉ねぎの入った段ボールを見つけたため一度手を洗って取りに行くと調理場の扉の陰から人が覗いているのを見つけた。
「ん?」
その人影に気付くとそれは隠れるように引っ込んだ。
不思議に思った瀬川は追いかけて声を掛ける。
「どうしたの与方さん?」
「あっ」
覗いていた人物とは愛里だった。
始めの頃は色々助けてくれたが段々と姿を見せなくなったため愛想つかされたと思っていた。
「えっと、私……」
彼女も自分の都合で一度センター利用者たちを見て見ぬ振りをした事を悪く思っていた。
土下座が効いて歩み寄ろうとしてくれるのだろうか。
「もしかして手伝ってくれるの?」
「うん、良いならそうしたい……」
見捨てたも同然な自分を受け入れてくれるか心配だった、虫が良すぎると考えてしまっていた。
しかし瀬川は笑顔で受け入れてくれる。
「ありがと、じゃあ野菜切るの手伝って!」
そう言って玉ねぎの入った段ボールを持ち上げ運んでいく瀬川。
愛里はそれに着いていこうとするがまだ心配なのか足が動かない。
「みんなー、与方さんが手伝ってくれるってよ!」
「マジ?助かるー!」
すると瀬川が馴染みやすくしてくれた。
愛里の気持ちを何処まで考えた事なのか分からないが少し愛里は救われた。
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愛里は瀬川と玉ねぎを切っていた。
すると思い出す事がある。
「快くんともこうしてカレー作ったな……」
以前美宇が家出した時に快と共に家事を手伝った。
その時の事を思い出す。
「そこでも快くん歩み寄るって言ってた、本当にあの言葉大事にしてるんだね……」
しかし現状を考えて少し表情が歪んでしまう愛里。
そんな彼女を見て瀬川は言った。
「俺は一回その言葉を忘れちまった、でも純希が快から学んだって言って思い出したんだ」
「純希くんが?」
「うん。お陰で今は上手くやれてる気がする、現に与方さんには伝わったみたいだし」
誠意を抱いて歩み寄る事の大切さを実感しているのだ。
「瀬川くんは思い出せたから。私も思い出せそうだと思ったの、でも快くんの事があって……」
どうやら快を拒絶した事を根に持っているらしい。
なので瀬川は励ましの言葉を送った。
「人はやり直せるよ、また歩み寄れば取り戻せると思うんだ」
愛里は思わず手を止めてしまう。
瀬川の方を見ると既に彼は愛里を見ており目が合った。
「自分を見つめ直して罪を……」
そこでハッとする瀬川。
父親の言葉を思い出したのだ、原罪に対する言葉を。
「(そういう事だったのか親父……?)」
大嫌いな父親の言葉を正しいと少し思ってしまった。
分かりづらかっただけで理解すれば深い意味があるのかも知れない。
「そうだよ、俺がやるべき事わかった」
愛里に感謝を伝える瀬川。
「ありがとう、俺やっぱり快を助けたい」
少し戸惑う愛里だが瀬川は伝える。
「そしたらお願いがあるんだ、聞いてくれるか?」
戸惑う事は変わりないが真剣な瀬川の目に覚悟を決める愛里。
「う、うん……!」
返事を聞いた瀬川は語りだす。
「俺が快を救って背中を押してやる、そしたら快を抱きしめてやってくれないか?」
「そんな事でいいの……?」
「アイツは誰よりも愛を求めてた。根本的な愛、帰るべき場所になってやって欲しい」
真剣に愛里に愛を与える役割をお願いした。
「君が一番適任なんだ、アイツも君に愛を与えたいはずだから」
そう言われてかつて純希に言われた事を思い出す愛里。
彼も快を愛するのは愛里が適任だと言っていた。
「……うん」
力強く頷く愛里。
自らの使命を自覚したのだ。
「わかったよ、だから絶対連れてきてね」
二人は強い握手を交わしお互いの親友と恋人に関する固い約束を交わしたのだった。
つづく
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