第2界 ユメヘノヒショウ

#1

翌朝、快は準備をしながらニュース番組を見ていた。


『巨大不明生物と巨人の戦闘による被害総額はおよそ二百億円にも上る模様です』


キャスターの言葉に震えが止まらない。


「ガクガク……」


こんな大金、もし正体が自分だとバレれば払わされるのではないか?

ダメだ、貧乏なウチにこんな大金払えない。

祖母が支援してくれたとしても到底無理だ。

 

『現在判明している死亡者、行方不明者は三千人を越えています。現場はどうでしょう?』


『はい、ただ今巨大不明生物の残骸処理が始まりました。一方巨人ですが完全に姿を消し捜索は困難を要する模様です。』 


『なるほど、いかがですかこの巨人について。』


『そうですね、私も当然この巨人による東京への経済的ダメージは計り知れないものだと考えております。現に巨大不明生物を殺害した時の爆発により周囲の街が…………………』


恐ろしくなった快はチャンネルを変えた。

そして一度冷静になり考える。


「(やばい、どうしよう……)」


自分が街と人に齎した災いに震えながらも更なる意見を求めてTwitterを開く。

そこにはまだ多くの意見が記されていた。


『怪物と侵略者同時に現れるとか地球オワタ』


自分を侵略者と思う声もあれば。


『違くない?巨人はヒーローっぽく見えたけど』


こんな声もある。

だがこんな肯定的な声からも快の求めるような愛は感じられなかった。


『光って消えたけど死んだのかな?』


違う、あの巨人は生きている。

生きて今学校に行く準備をしているのだ。


そして快は速報を見た。



『速報です。政府の発表によりただ今から巨人不明生物を"罪獣(ざいじゅう)"、謎の巨人を"ゼノメサイア"と呼称するものとします。』



快の目はハッとした。

ゼノメサイア。それが自分のヒーローとしての名前。

だがあまり嬉しくはなかった。

ヒーローというより、未だUMAとして扱われている感じがしてたまらないからである。


『正体を突き止め次第捕獲しその生態を研究する予定であると総理は公言しています』


"正体を突き止め次第捕獲"。

まるで人間が変身しているのを知っているかのような口ぶりだった。


「……!」


急に恐ろしくなって快はテレビを消した。

自分が生物として研究されるというのを想像してしまったのだ。

人間として扱われていない、ましてやヒーローだなんて。


「大丈夫?顔色悪いけど……」


そこへ心配そうに姉の美宇がやって来た。


「やっぱり目の当たりにしてるから……今日学校休む?」


仕事の支度をしながらも美宇は心配してくれている。

しかし快は答えた。


「大丈夫、行くよ……」


「そう?無理しないでね……」


そう言って立ち上がり鞄を手にした。


「(もっと色んな人の反応を聞きたい……!)」


ネットだけでなく直接他人の反応が知りたいと思い登校する事を決意した。


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『XenoMessiaN-ゼノメサイアN-』

第2界 ユメヘノヒショウ






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「………」


学校に到着し無言で教室の扉を開ける。

すると瀬川が驚いた顔をして駆け寄って来た。


「おぉ⁈大丈夫なのかお前、精神面とか諸々……」


確かに昨日あんな事があったばかりなのに来れるのは不思議だろう。

流石の姉も休む事を推奨した。

だがしかし皮肉にも快の心は既に病に侵されている、今更あんな想いをしたところで折れはしない。


「大丈夫だよ、てかお前マジで寝坊して良かったな」


「それは言うな複雑だから。いやーでもよかった!お前これ以上暗くなったらいよいよ終わりだと思ったから!」


教室の入り口でこんな明るいテンションで話す二人。だが教室内の雰囲気は異様に暗く二人をウザがるように見ていた。


「「…………」」


そんな暗い雰囲気に気づかず二人は席につき会話を広げる。


「じゃあさ、お前見たんだろ?罪獣とゼノメサイア!!」


「……あぁ」


キラキラした目で聞いてくる瀬川。

彼はSF大好きなのだ。

一方快は瀬川には聞かれると思っていたので話す覚悟はしていた。

だがその会話に反応した者が他にいた。


「ねぇ!」


"河島咲希/カワシマサキ"という名の女子だ。

怒ったような目をこちらに向けている。


「その話、今はやめて……!」


そして咲希は振り返りそこに座っていた女子の背中をさすった。


「(あ……)」


その女子とは一昨日快の家に来た愛里だ。

背中をさすられているという事は泣いているのか?


「……グスッ」


「大丈夫、きっと大丈夫だから……アイツが簡単に死ぬ訳ないって」


何やら周りのクラスメイト達もソワソワしている。一体何があったと言うのか。


「…………」


そして俯いた顔で先生が教室に入って来る。


「先生……っ!」


何か報告を待っていたかのような反応だ。

それに対して先生は。


「……フルフル」


首を横に振った。


「……あぁぁっ!!」


その場で泣き崩れる愛里。

何があったのかは分からない、こんな状態で聴けるはずもない。

ただ自分達に出来る事は。


「……そっとしといてやろう」


それだけだった。


「……………」


快には愛里のその涙が自分には何故か関係あると感じて仕方なかった。

咲希に罪獣とゼノメサイアの事を話すのを制された理由に何かあるのだろうか。


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昼休み、瀬川は学校の屋根のない渡り廊下の端で快を待っている間ある記事を見ていた。

何故そこにいるのかというと他に誰もいないからである。


『ゼノメサイアの正体は人間⁈現実に現れた変身ヒーローの可能性!』


特撮も好きな瀬川はすぐに話を理解する事が出来た。


「(そっか、ゼノメサイアも誰か変身してんのか……)」


そこへ快が走ってやって来る。


「ごめん自販機混んでてさ」


「遅いぞー」


コーラの缶を持って瀬川の隣に座る。

そして弁当の箱を広げた。


「相変わらず姉ちゃんの弁当か」


「金かかんないようにさ」


創家はお金があまり無いので学食などは食べさせてくれない。


「そっか、姉ちゃんも大変だもんな」


「うん、めっちゃ働いてんのに弁当まで作らせちゃっていつも疲れてる」


「そのうえこんな大変な弟がいたら余計に疲れるだろうな」


少し冗談めかして言う瀬川。


「いやいやお前が言うか?お前だって中々大変なヤツだろ、親に迷惑かけてんじゃないの?」


それに対して快も冗談で返す。

すると瀬川は自分の不満を吐き出した。


「大変なのは俺の方だって!俺の家って創世教だろ?しかも神父ときた!そんな親を持ったらさ、嫌でも神への信仰とか押し付けて来やがる」


創世教。

この世界で最もメジャーな宗教だ。

快は詳しくは知らないが瀬川の父は神父で熱心な信仰をしていると聞いた。

世界を創造した神の言葉を信じ崇めているらしい。


「そうだった、忘れてたよ」


瀬川がそんな父親に困っているという話は前から知ってはいたが最近聞いていなかったので忘れていた。


「しかも何をトチ狂ったのかゼノメサイアを"神の使者"とか言い出すんだぜ?そんなんじゃねー、あれはきっとスーパーヒーローだろ」


ここで話題がゼノメサイアのものとなる。

瀬川の父は創世教のルーツから正体を考察しているらしい。


「宇宙全体の秩序を守るスーパーエージェントとかだぜきっと、地球に派遣されて来たんだ」


一方で瀬川は自分なりの憶測を交えて話す。


「まぁそれは分からんけど神の使者はねぇだろ、流石に呆れたもんだぜ」


「そっか……」


すると瀬川は思い出したかのように更に口を開いた。


「そいえばよ、ネットで見たんだけどゼノメサイアってTVのヒーローみたいに人が変身してる可能性あるらしいぜ!」


ゼノメサイアの話題から流れる形で話す。


「っ!!」


そこで快は今朝見ていたニュースを思い出した。

まるで街を破壊した加害者であるかのように報道される自分に恐怖を抱いてしまう。

確かに訳も分からず配慮できていなかった所もあるがヒーローとして精一杯やれる事はやったつもりだ。


「……どした?」


突然固まった快を疑問に思った瀬川は問う。

そこでようやく快は意識を取り戻した。


「いや、何でもない……」


恐怖だった。

もし正体がバレてしまえばニュースで報道されていたように捕らえられ責任を取らされてしまうかも知れない。


「いやーどこにいるんだろうな、案外近くにいるかも知れないぜ?」


その言葉にハッとする。


「会ってみてーな、ヒーローショーで握手するのとはマジで違うだろうなぁ」


目を輝かせながら言う瀬川。

彼は世間とは違いゼノメサイアを正義のヒーローとして認識している。

もしかしたら彼なら分かってくれるかも知れない。


「実はさ……」


打ち明けよう。

とにかく今は褒められたい、愛されたくて仕方がないので細かい事など考えていられずに伝えて反応が見たかった。


「ん?」


「俺がゼノメサイアなんだよね……」


沈黙が訪れる。

風の音や他の生徒たちが談笑する声がハッキリと聞こえるほどに。


「……で?」


「え……?」


「で、オチは……?」


ようやく口を開いた瀬川は不思議そうに快を見ていた。

まるで次の言葉を待っているかのように。


「いや、まぁオチとかではない……」


「え、ジョークじゃないの?」


今の話を冗談だと思っているようだ。

至極当然であるが快からすると心外である。


「一応本当なんだけど」


そうなる事も予見はしていたので補足を加える。

何とかして信じさせたかった。

すると瀬川は少し考えるように黙ってからまた口を開いた。


「ヒーローに憧れてるのは分かってるけどさ、嘘はいけねーな」


しかし快は本当の事を話している。

段々とここまで話しても信じてくれない事に焦りを覚え始めた。


「いや本当なんだって……!」


瀬川の反応は当然であるがどうしても辛かった。

信じてくれない、つまり自分はそのようなヒーローに相応しくないと言われているように感じてしまいつい口調が強くなってしまう。


「やっとヒーローの力を手に入れた、夢を叶えるチャンスなのに皆んな俺のこと悪者扱いするんだ……」


今の快にとって瀬川というヒーローとして讃えてくれる存在は味方に付けたかった。

しかし信じてくれなければ意味がない。


「瀬川は悪者扱いしなかったから……信じて褒めて欲しかったのに……」


辛い中だからこそ一筋の希望に期待したらしい。

しかし瀬川は快の期待したものとは違う反応を見せた。


「あのなぁ、そうやって嘘で気を引くのはやめろよ。ヒーロー目指してるなら尚更だぞ」


真剣な表情をして嘘を言っていると指摘してきた。


「本当に本当なんだって!信じてくれよ……」


どんどん声から力が抜けて行く。

弱って行くのが分かる。


「俺とお前、ガキの頃からの付き合いだろ?だから分かる、お前は普通の人間だ」


まるで説教するかのように快の顔を見つめて言う。


「でも心ならヒーローになれるかもって信じてるから、昔イジメてきた奴らも見返せるように頑張れよ!」


そう言って肩を叩いた。

その発言により快はかつて自分をイジメて来た奴らの顔を思い出してしまった。


「本当に俺がそんな風になれるか……?」


心配そうに言うと瀬川はアドバイスをした。


「まずは自分だけじゃなく他人の事を考えられるようにする事だな」


するとポケットから一冊の小さな本を取り出して快に見せて来た。


「俺にも辛い事がある、親父に無理やり創世教のこと習わされるんだ。呆れて母さんも出てったってのに懲りねぇクソ親父だよ……」


その本には"創世記の歴史"と書いてあった。


「辛いのはお前だけじゃない」


そう言う瀬川の言葉を快は真に受けたくなかった。


「(絶対俺の方が辛い……!!)」


鬱病にまでなってしまった自分の方が辛いのだと心で叫んでいた。





つづく

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