#4

バビロンが暴れ回る新宿の街。

逃げ惑う人々の中、その群れを掻き分けて反対方向へと走る者が一人。


「はぁっ、はぁっ……怖いっ、はっ……!」


持久力は高い方じゃない。しかし彼の使命感によって発生するアドレナリンが彼をどこまでも走らせる。

自分に一体何が出来るかは分からない。だがしかし、ここで動いてこそヒーローというものだろう。


「(少しでも……助けられたら……!)」


燃えるビルを追い越し、瓦礫に潰された死体を横切って走る。

焼け野原になった新宿を息を切らして駆け抜ける。


「あっ」


しかし彼は選ばれし者ではない。

瓦礫につまずき簡単に転んでしまった。


「くぅぅ……」


地面に突っ伏し何も出来ない自分にショックを受ける。

やはり自分にヒーローなんて無理なのだろうか、そう思った時。


「大丈夫ですか⁈」


甲高い女性の声が聞こえる。

顔を上げるとそこには自分と同い年くらいの少女と彼女と手を繋ぐ小さい男の子がいた。


「ぁ、君……」


何故か一瞬立ち止まるがその後すぐに手を差し伸べる。


「ほら、立てる?」


倒れている自分に手を差し伸べてくれる少女。

太陽の光を背に浴びた彼女の姿は、まるで自分がなりたかった"理想のヒーロー"のようだった。


______________________________________________


手を取り合った3人は近くのショッピングモールの中に避難していた。


「私、"勇山英美/イサヤマヒデミ"。よろしくね」


「創 快。」


「オーケー快ね。そしてこの子はリク君。」


「グスッ……」


リクという子供は先程からずっと泣いている。


「この子ね、あの怪物の光線で目の前でお母さんを亡くしたの。だから何とか助けてあげたいと思って無理にでも連れて行ってる。」


「そっか……」


彼女は凄い、自分には出来なかった"人を助ける事"を平然とやってのけている。

それを目の当たりにした快の心境は少し複雑だった。


その時遠くの方からバビロンの咆哮が聞こえる。

まだ破壊活動を続けているらしい。


「ひっ……」


母の事を思い出したのか恐れるリク。


「よしよし、大丈夫だからね〜」


「ひっく、グスッ……ママぁ〜」


必死に英美が撫でても泣き止む気配はない。

同然だ、母を失ったばかりだから。

快は母を失った時の自分と今のリクを照らし合わせて全く泣けなかった事、それが意味する事にまた複雑な感情を抱いた。


「よし、コレ何だ?」


リクに見せた英美の手の中にはボロボロの瓦礫があった。


「これをこうして……パッ!はい無くなりました!」


どうやら手品を見せるらしい。


「ねぇ、ポケットの中見てみな?」


どうせその瓦礫が出て来るんだろう、快は側から見ていてそう思った。

しかし出てきたのは。


「なんとさっきの瓦礫さんはリク君の心を通過して綺麗な宝石になりました〜」


英美はリクのポケット革の紐でネックレスのようになった水晶を取り出した。

その水晶の美しさに少し目を見張る。


「……!」


あまりに綺麗なものが出て来たためリクも同様にその水晶に注目した。

次に英美はリクの肩を叩いて言う。


「君の宝石を生み出すような綺麗な心はきっとママにとっても宝物だったよ思うよ。」


「……うんっ!」


なんと泣き止ませてしまった。

自分には決して出来ない事だ。

しかし快の心は圧倒された事実を認めた事により英美との差を感じ気分が落ち込むのであった。


「……くっ」


そんな快を他所に英美は行動を始めた。


「グォォォ……ッ」


その時、またバビロンの咆哮と共にビルが破壊されガラスが割れるような音が聞こえた。


「いつまでもここにいる訳にはいかないね、安全な所まで移動しよっか」


______________________________________________


三人は瓦礫だらけのショッピングモール内を移動していた。


「はっ、どこまで……行くの?」


「まず南側出口に行こう。そしたら真っ直ぐ怪物と反対方向まで逃げるの。そしたら多分避難して来た人もいっぱいいるだろうから。」


「なるほどね……はぁっ……」


英美はリクと手を繋ぎ気遣いまでしている。


「大丈夫?疲れてない?」


「うん大丈夫」


先程からヒーローらしい行動を散々見せつけて来る英美。きっと彼女は素晴らしい人なのだろう。

しかしヒーローを目指すがなれない快にはどうしてもそれが当て付けのように見えて仕方なかった。

ヒーローな英美とヒーローになれない自分。

今、快の自尊心は今までにないほどボロボロだった。


「……っ」


リクも母の死を乗り越えようとしている。

そんな強い二人が前方で手を繋いで歩いている。

まるで自分が置いてかれているようだ。


「はぁ、はぁ……待って……っ」


「ん、大丈夫?」


そこで快の言葉に気付いた英美が声を掛けて来た。

しかし優しい言葉を言ってくれても嬉しくない。


「……何が?はっ……」

 

「歩き方、変だよ?」


「えっ……?」


「ちょっと見せて!」


そう言って英美は無理やり快を座らせて右足の様子を見た。


「ちょっとコレ!捻挫してるんじゃない⁈」


快の右足首は真っ赤に腫れていた。

まさかさっき転んだ時にやってしまったのか。


「大丈夫だよこれくらい……」


何とか対抗しようと強がりを言ってみせる。

しかし。


「ダメだよ!……お願い、助けさせて」


急に強い表情になった英美。

その力強い言葉に思わず受け入れてしまう。


「大丈夫、何か持ってくるからね」


そう言って英美は近くにあったドラッグストアに走って入っていった。


「………」


「………」


今この空間には快とリクの2人だけだ。

気まずい沈黙が嫌で快は口を開く。


「ねぇ、あのお姉ちゃん好き……?」


単純に気になった。やはり子供はああ言ったヒーローに憧れるものなのか。


「うん。だって優しくてカッコいいもん。」


「そっか……」


また自尊心が傷ついてしまう。

こんな自分も嫌で仕方がない。

しかし彼女はヒーローらしい行動を取り実際リクから愛されている。

そのような彼女を凄いと認めざるを得なかった。


「お姉ちゃんヒーローにならなきゃいけないんだって。自分がみんなを助けなきゃいけないって言ってた」


するとリクがそんな事を言い始める。


「……っ!」


快の気持ちと重なった。

彼女の芯には何があるのだろうか。

そこで英美が戻って来る。


「あったよ湿布と包帯!ショッピングモールでよかった……!」


笑顔で戻って来た彼女はそそくさと快の応急処置をしてくれる。


「よし、これで完了!よかった、まだ私やれる……!」


そう言って英美とリクの二人は手を繋いで再び歩き出す。


「………」


しかし快は立ち上がれないでいた。

英美との差を痛感し自分は必要とされない存在であるとより深く実感したのだ。


「ん?どうしたの?」


そんな快の感情も知らず、英美はその笑顔を見せて振り返る。

正直やめて欲しかった。


「俺は、いいよ……」


そしてとうとう諦めの一言を放った。

本当はこんな事言いたくない、だがしかし今の快の精神はボロボロで自暴自棄になってしまっているのだ。


「何言ってんの……?ほら、一緒に行こうよ!」


そう言って手を差し伸べる。

本当にそういう所が嫌で仕方がない。


「もう、もうやめてよ……それが嫌なんだよ……!」


あまりにも身勝手な言葉だというのは分かっている。しかし自分を守るにはこれしかなかった。


「……え?」


何も出来ない自分が惨めで。


「何で……君はそんな風に出来るんだ……?これ以上俺を惨めにさせないでくれ……!!」


「え……?」


突然大声をあげた快に少し驚く英美。


「そんな事ないよ、君は惨めなんかじゃ……」


少し冷や汗を流しながら言う英美。

しかし。


「綺麗事ばっか言ってさ!そんなんじゃ苦しんでる人は救えないって……!!」


苦しんでいる人、まさに自分の事だ。

綺麗事ほどイラつくものはない。


「っ……!!」


英美は快のその綺麗事を否定する発言に反応した。


「君が命を救えばその分俺の心が傷ついてく、でもそんな事誰も気にせず君を讃えるんだろ……?良いよな、君は愛されて……」


「……………」


「"選ばれし者"って、訳わかんねぇよ……!」


少し考えるような素振りを見せて英美は答えた。


「私はさ、別に自分を選ばれし者だなんて思ってないよ。」


「……!」


「綺麗事じゃ心は救えないっていうのも分かってるつもり。でも私、綺麗事しか分からないから……」


少し震え始めた。


「でもリク君は救ってる……」


「気休めでしかないよ、根っこの悲しみまでは消せない」


自分の無力さを感じながらも声を振り絞って言う。


「私は命を救う事しか出来ない、でもそれが私に出来る事ならやるって決めたの」


そして決意を固めたような表情で言った。


「ただ"自分になら出来る事"を見つけてやってるだけ。何度も何度も間違えて、ようやく見つけた答え」


「………」


「自分にしか出来ない事がある、だからそれをやればいいの。いつか分かるよ。」


快は俯きながら答えた。


「俺に出来る事なんて……何も無い」


「そんな事、だって君は……」


そう言いかけた途端、地面が大きく揺れる。

バビロンが暴れているのだろう。


「おわっ……!」


「危ない!」


快の座っていた辺りの床が崩れ始める。

その崩落に巻き込まれ快は下に落ちてしまいそうだ。


「うわぁぁぁっ!!」


まだ死ぬわけにはいかない。そんな思いで手を伸ばす。


「キャッチ……!」


その手を英美がキャッチしてくれた。

崖になった所から落ちそうな快を必死に引っ張って掬い上げようとしてくれている。


「何でここまでするんだよ!君まで危ないだろ!」


「バカ!」


「……!!」


「まだ何も分かってないのに……そんな事言わないで!!」


英美の目からは涙が流れていた。


「今はまだ分からなくても!自分に出来る事は必ずある!だからこんな所で諦めないで!!何度失敗しても必ず辿り着けるから!!」


「......くっ」


何とか力で登ろうとする。


「うう!」


そこにリクも加勢してくれた。

三人の力で何とか快を引き上げる。


「はぁ、はぁ……」


「ちょっと、休んでる余裕ないよ!」


未だ建物は大きく揺れどんどん崩れ始めている。

早く脱出しなければ。


「出口こっち!」


三人は急いで走り出す。

捻挫した快は必死に走り、英美はリクと手を繋いで走った。


「あった出口!」


そしてやっとの思いで出口に辿り着き出ようとした時。


「……!!」


英美は反射的にリクを突き飛ばす。


「……え⁈」


次の瞬間、英美の上から大量の瓦礫が降り注ぐ。

その瓦礫に英美は押し潰されてしまった。


「……おい、おい!大丈夫か⁈」


英美は何とか生きているが瓦礫に埋もれて動けないようだ。

快とリクの2人は瓦礫を退かそうとした。

その時。


「グゴォォォッ!!」


バビロンの咆哮が聞こえる。

恐る恐る横を見ると建物の崩れた所からバビロンがこちらを覗いていた。


「グルルル……」


まさか三人気付いたのではと肝が冷える。


「くっ……二人は逃げて!」


「は⁈何言ってんだよ!」


「そうだよ一緒に逃げようよ!」


リクも初めてまともに声を出せたほどだ、相当英美に懐いているのだろう。


「俺だってヒーローになりたいんだ、こんな時こそ……!!」


そう言って瓦礫を撤去する作業に移る。

リクも続けて同じ作業を開始した。


「やめて……やめてよ……!もう私のせいで人を死なせたくない……!!」


英美にもプライドがあるのだろう。

何か言いかけているがプライドならこちらも負けてはいない。


「さっき"出来る事を見つけて"って言ったよね?俺はヒーローを出来る事にしたいんだ……!だから

助けるから!絶対!」


「お姉ちゃん!!」


「……だめ」


2人の必死の言葉にも英美は自分を曲げなかった。

そしてこんな事を口にした。



「ねぇ、ヒーローになりたいなら今は"リク君のヒーロー"になってあげて……」



「……え?」


一瞬快の手が止まる。

英美の言葉を聞いて泥だらけの手を止めてしまった。


「このままだと三人ともダメだよ、だからリク君を連れて逃げて。そしてリク君のヒーローになって。」


これは英美の最期の願いだった。


「君なら上手くやれる、私の目に狂いはないはずだよ…!」


快はバビロンの方を見る。


「コォォォ……」


何やらエネルギーを溜めている。

まさか熱線を撃つつもりなのでは。


「……!!」


英美の言う通りだ、このままでは三人とも死んでしまう。自分の夢も終わりになってしまうのだ。


「はぁ、はぁ……」


時が止まったように感じる。

快の決断の時だ。


「(俺は……)」



「えっ?」


次の瞬間、快は作業をやめてリクを抱きかかえた。


「……ありがとう」


英美は嬉しそうな、悲しそうな表情を浮かべる。


「何すんだよ!これじゃお姉ちゃんが!!」


泣き喚いて暴れるリクを抑えながら出口へと走る。


「君ならやれる、私に出来なかった"心を救う事"が……」


最期に英美はそう言った。


「ゴォォォッ!!!」


そのタイミングでバビロンは熱線を放った。

ショッピングモールの外へ出た快は振り返る。


「……ニコッ」


「……!!」


そして。


英美の残されたショッピングモールは大爆発を起こし跡形もなく消え去った。


______________________________________________


「くっ……そぉ……あぁぁぁ!!」


こんなに辛くても涙は出ない。

ただ声を上げるしか。


「うわああぁぁん……!」


リクも声を上げて泣いている。


快は今、自分が許せなかった。

英美の気持ちに応えてリクを連れて逃げた理由。

それは"恐怖"。死ぬ事への、夢を失う事への恐怖が快の選択を決めたのだ。

つまりは英美を見捨てて逃げたのと同じ事。

やはり自分はヒーローではない。そう痛感してしまった。


そして英美の言葉を思い出す。


『ただ自分に出来る事を見つけてるだけ。』


「(そんな事、あるわけないだろ……)」


快が苦しんでいるのは"出来る事が見つからないから"じゃない。



「"やりたい事"が出来ないから…辛いんじゃないかぁぁ!!!」



悲痛な叫びが燃える街の真ん中に響く。


「くそぉ、こんな時も自分の方が心配だなんて……」


再び死を目の前にしても他人を想えるほど余裕がなかった。

こんな自分、生きてる意味はあるのだろうか。

何故ヒーローである英美が死んで臆病者の自分がのうのうと生き延びている?



『大丈夫、君は大丈夫だから!』



こんな時またあの幻聴が聞こえる。


「(何が大丈夫だよ、見てわかんねぇのかよ…)」


快の心は完全に折れてしまった。

幻聴の空気を読まないポジティブな言葉に苛立ちを覚える。


『だって君は託されたから』


すると幻聴が今までにない"続きの言葉"を語り出した。


「……え?」


突然の事に快は理解が追い付かず固まってしまう。


『自分には出来ない事、君になら出来ると信じて託した。応えなくていいの?』


理解は追い付いていないが必死に考えて幻聴に対し反応を見せる。


「何言ってんだ、彼女に出来なくて俺に出来る事なんてある訳ないだろ……」


泣き叫んでいるリクを見て言う。


「現に俺は怖くて逃げたんだ、助けられたかも知れないのに英美さんを置いて……」


するとこんな返事が。


『だったら何で一人で逃げなかったの?』


そう言われてハッとする。


『君はしっかり意思を汲んでこの子を救ってくれた』


そして次の一言で快は気の重さが少し抜ける事となる。



『君はもうヒーローだよ』



肩の重荷が少し軽くなった気がした。

まだ完全に抜けた訳ではないが言ってもらいたかった言葉を初めて言ってもらえたから。


「これは……?」


すると瓦礫の中に一つだけ輝く石を見つける。

よく見るとそれは英美が持っていた革のネックレス付きの蒼い水晶だった。


『さぁ、覚悟が出来たらそれに触れて』


息を呑んで手を伸ばす。

ヒーローになりたいから、夢を叶えるためにやるのだ。


「っ……⁈⁈⁈」


覚悟を決めて石に触れてみると途端にフラッシュバックが。

しかし今までのような精神的ダメージから来るものではない、明らかにこの水晶を通じて脳に"記憶"のようなものが流れて来るのだ。



そこには快が思い描いたヒーローの如く人々を救う救い主の姿が。

それと同時に心に複雑な感情が流れ込んで来る。


喜びのような希望のような、後悔のような絶望のような。

その全てが混ざり合ったような感覚に陥ったのだ。


しかしそれらを乗り越えた先にヒーローはいる。



『君は大丈夫、この世で最も大切なものを求めているから!!』



いつもの幻聴で聞こえる声も。


『求めよ、さらば与えられん』


自身の心に直接声が響いた。


『君は何を求める……⁈』


そんなの決まっている。


「俺は……ヒーローになりたいっ!!」


そして目覚めたのだ、その姿がみるみる変わって行く、そして。



『ハアアァァァァッ!!!』



思い描いたような姿で快はこの破壊された新宿の地に降り立つ事となる。





つづく


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