< 第一章 > - 精鋭 -
前回微琉を紹介したことで、現在桜雲星に存在するすべての生物についての紹介がひとまず終わった。すなわち、泡細胞、異微、原核泡細胞、真核泡細胞そして微琉の5種類の生物である。
彼らのこれまでの歩みは、まさに過酷そのものだった。
生物誕生の時代から、間欠泉の奥底で泡細胞や異微は、高温、高放射能などに曝されていた。
その後、彼らから進化した原核泡細胞や真核泡細胞たちは、その極限環境から逃れ、新天地を求めて生息エリアを拡大していった。しかし、そこには更に過酷な、高温、高圧、強酸、高塩濃度、高放射能、高紫外線など挙げたら切りがないほどの極限環境が広がっていたのである。それにもめげず、変異し進化して耐性を獲得していったのだ。
このような過酷な環境の中で、彼らが着実に進化し、熾烈な生存競争を生き延びてきたのは、まさに自然界に選ばれた、エリートたちだからである。
このエリートたちをまずは
一応説明しておくと、超界とは生物分類の最高階層で、生物を分類した際の一番上の階層であり、ドメインとも呼ばれるものである。
生物を分類する際に使用する呼び名は、上から「
地球では一般的に三超界説(3ドメイン説)が主流で、古細菌、真正細菌、真核生物の三つに分類されるものが、「超界」である。
ここ桜雲星においては「五超界」、すなわち五つに分類することにした。
その五つとは「
一応それぞれの超界についても説明しておこう。
「泡生物超界」は、原子生命体である泡細胞が属する超界で、構造も遺伝情報も生存に必要な基本的なものしか備えていない。
「異態微生物超界」は、泡細胞から変異した異微が属する超界で、基本的な構造や遺伝情報を基に、更に様々な機能を突然変異で獲得したものが多くいる。
「原核泡生物超界」は、泡細胞が巨大化し進化した原核泡細胞が属する超界で、構造も遺伝情報もかなり高度化し、遺伝子体も一本鎖だけでなく二本鎖になり、異微と共生するものも多数いる。
「真核泡生物超界」は、原核泡細胞が更に巨大化し進化した真核泡細胞が属する超界で、細胞核を持ち、遺伝子体も二本鎖で、異微と共生することで環境耐性を向上したものたちである。
「微琉生物超界」は、微琉が属する超界で、寄生して増殖するものたちである。中には宿主の遺伝情報を改竄するものもいて、他の超界の生物たちにとっては、害にも益にもなる存在である。
さて、話が逸れたので、彼らエリートの生存戦略に話を戻そう。
彼らがエリートになったのは、綿密な計画に基づく戦略があったわけでもなく、言うなればすべてが偶然の産物ではある。しかし、その偶然を、数十億年にわたる長い期間繰り返した結果、彼らはエリートとして生き残って来たのである。
たとえそれが偶然だったとしても、彼らが過酷な環境に耐え、熾烈な生存競争に勝ち、自然界に選ばれて来たと言う事実は揺るぎないものであり、遺伝情報の高度化、複雑化、多様化を実現したことで、子孫繁栄を勝ち取って来たのである。
そのための手段の一つが、増殖と繁殖の高度化なのだ。
一応説明しておくと、増殖とは自分の複製を作り上げることで、自分の身体を分裂させる方法と、化学反応によって新たな身体を作り出す方法の二種類がある。
また繁殖とは、生殖行為によって子孫を増やすことで、クローンを作る無性生殖と、配偶子の合体により新個体を作る有性生殖の二種類がある。
この増殖と繁殖の高度化というのは、簡単に言ってしまうと、いかに遺伝情報の組み合わせパターンを増やすかと言うことに尽きる。
例えば、ある高温に耐える遺伝情報があったとして、その遺伝情報を持つ生物は高温環境で生存することが可能であるが、しかし、その生物が低温環境に遭遇した場合、生存が途端に困難となるかもしれない。
一方、もし別の生物が高温環境と低温環境の両方に耐える遺伝情報を持っていた場合、その生物はより広範な環境で生存することが可能になる。
これは、遺伝情報の組み合わせパターンを増やすことで、生物が様々な環境に対応できるようになると言う例である。
こう考えると、パターンを増やすことがいかに生存に必要な手段であるかが分かると思う。パターンが増えれば増えるほど、対応できる環境は益々増えていくのだ。
このような観点から、五超界すべての生物が増殖、繁殖の高度化に舵を切っていったのだ。
例えば、微琉生物超界に属する微琉たちは、独自に増殖も繁殖もできないので、他の生物に寄生する方法を進化させることで、その高度化を図っていった。
寄生した宿主の遺伝情報を改竄することで、自分に都合の良い行動をさせるだけでなく、宿主から必要な遺伝情報を盗み取ることで、寄生へのハードルを下げ、確実に子孫を残す方法を模索していったのだ。
その一方で、微琉生物超界以外の四超界に属する生物たちは、独自に増殖と繁殖できるため、その方法自体を変化させ、進化させることで、高度化を図ることができたのだ。
元々無性生殖ばかりしていた彼らは、やがて雌雄に分かれて配偶子を作る方法を編み出し、更に減数分裂という、継承する遺伝子を半分にすることで、組み合わせパターンを増やす方法を編み出し、繁殖の高度化を図っていったのだ。
こうして、生物たちは増殖と繁殖の高度化を成し遂げ、極限環境にも耐えられる形質を身につけ、生き残ってきたのである。
まさに、過酷な環境が彼らを進化させ、選別していく。その環境に耐え、選別され、生き残れたものだけが、この環境における正解者であり、成功者となるのである。
しかし、こうして成功したものたちも、成功者であり続けるためには、変化や進化を続けていかなければならない。
そこで彼らが採った方法が共同生活である。仲間同士が集まって互いに物資やエネルギーを融通し合うと言う、一種のコミュニティを作り上げていったのだ。
だがしかし、このコミュニティも万能ではなく、やはり個々が単体で存在している以上、環境耐性にも限界があったのだ。
それは、個々が単体で存在しているため、情報のやりとりが確実におこなわれず、必要なものが必要な時に得られない、と言うことが度重なっていたからである。
すると、個々の細胞同士でコミュニティを形成するのを辞めて、一つの生物のように数体から数十体でひとまとまりになり、物資やエネルギーを融通し合う、いわゆる「群体」と呼ばれる、一種シェアハウスのような共同生活を始めたものが現れたのだ。
こうすれば、ひとまとまりでくっついている分、情報のやりとりは確実性が増し、互いに融通する物資やエネルギーも確実に交換できるようになっていったのだ。
しかし、これにも問題があった。元々違う細胞同士の集まりであるが故に、各々の細胞が好き勝手に行動していたのである。まさに生活リズムが異なる者同士が同居するシェアハウスそのものであった。
しかし、シェアハウスでは、彼らが目指す多細胞化はできなかったのだ。
ちなみに多細胞化とは、単細胞生物が複数の細胞からなる生物に進化するプロセスで、生物はより複雑な体制や役割分担を持つことができ、様々な環境に適応しやすくなるのだ。
こうなると、シェアハウスでの共同生活が嫌になり、家族で暮らしたくなる者が現れてもおかしくはない。まさにそれが、本当の多細胞化への第一歩だったのだ。
自ら分裂した細胞を切り離すことなく、くっつけたままで一つの生物として生存活動をする。まさに血族であり、家族のような細胞の集まりである、多細胞生物の前身となる群体が誕生するのだ。
このように、自分の血族だけで生活を始めた群体は、情報のやりとりも効率的におこなわれ、更に役割分担も効率的におこなうようになっていった。その結束力は共同生活をしていた群体たちとは雲泥の差が生じたのだ。
こうして、自ら増殖した細胞たちだけで、一つの生物として行動を共にするようになると、情報伝達や物資交換など様々な面で効率化が図られるようになり、やがて時が経ち、役割分担が固定化してくると、その役割を遂行するための機能に特化するものが現れ始めたのだ。
例えば、消化を担当していた細胞は、単に取り入れた物資を分解し、他の細胞に配っていた状態から、胃腸のように物資を段階的に効率良く分解し、有用無用を分別し、有用なものだけを体内に取り込むようになった。
また、移動を担当していた細胞は、単に自分だけが動いて移動していた状態から、移動の効率を上げるために筋肉のような、他の細胞ごと動かせる力を身につけ、全身を使って移動できるようになった。
更に、防御を担当していた細胞は、単に外側をぐるっと覆っていただけの存在であったが、やがて、浸透圧による体液の放出防止や、有害な刺激物に対する耐性力の強化など、まさに皮膚のような細胞へと変質していったのだ。
このように、その生物が必要な機能を役割分担していた細胞たちが、徐々にその役割に特化した身体へと、自らを変質させていったのだ。
これを授業で「分化」と習ったと思うが、この分化が進むと、いよいよ単細胞の集合体である群体から多細胞へとランクアップすることになるのだ。
多細胞になれるのも、やはりエリートだけである。微琉生物超界を除くすべての超界において、多細胞になれたものは数多くいたが、しかし、当然のことながらなれなかったものもいた。
ただ、なれなかったからと言って、即彼らが落ちこぼれになったと言うわけではない。彼らが死滅しなければ、当然彼らも環境に耐性を持っている、言わばベテランのエリートと言うことになるのだ。
いずれにしても、単細胞生物であれ、多細胞生物であれ、極限環境に限らず様々な環境において、耐性を持つことが彼らをエリートたらしめた所以なのである。
しかし、単細胞生物よりも多細胞生物の方が、この環境耐性力をより高くできることは、先ほど説明した遺伝情報の組み合わせパターンの増加により、自明の理であろう。
更に、多細胞生物が役割分担や相互協力によって、危機回避能力が向上したことは言うまでもない。
例えば、有害物質を体内に入れないようにしたり、たとえ入ってしまっても、無害化したり排除したりすることができる。
また、天敵の襲来や突然の環境変化が起こっても、危険から逃げることができる運動能力によって、危機を回避することも可能なのだ。
多細胞生物にはこのような強みがあるのだ。
これらの能力が、多細胞生物をより複雑な生態系に適応できるようにし、生存競争に打ち勝っていける可能性を高めたと言っても過言ではない。
こうして、単細胞生物から多細胞生物にいたる様々な生物が、同時多発的に大量に誕生し、環境に耐性のあるエリートたちが
生物界は益々賑やかになってきた。
後に私はこの多細胞生物が誕生した時代のことを「第一次生物爆発時代」と呼ぶことになるが、それはまたの機会に話そうと思う。
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