< 第一章 > - 微琉 -
泡細胞、異微、原核泡細胞、真核泡細胞の四種類の生物が誕生したこの桜雲星に、実はもう一つ別の存在がいたのだ。
その存在こそが、ウイルスである。
先の四種類の生物とは異なり、一種異質と言っても良い存在で、地球では生物とも生物ではないともされている。
しかし、私はこのウイルスを生物であると思っている。それは彼らの誕生を目の当たりにしたからであり、彼らの起源こそが、生物である所以だと思っているからである。これから、その根拠について話をしようと思う。
桜雲星に誕生した生命は、原子が化合物になり、分子、有機物へと変化した結果誕生したものだ。
生物の身体は、有機物のアミノ酸やタンパク質からできあがった。
その一方、生命の核となる遺伝子体は、燐酸、糖、塩基の三つからなる有機物、すなわちヌクレオチド(核の結合体)が規則正しく並ぶことで、遺伝情報を持ち、遺伝子体となったのだ。これは授業で習った知識である。
このヌクレオチドが四、五十個並んだところで、初めて遺伝子体としての働きをするようになった。これはここ桜雲星で観察して知ったことだ。
こんな小さな有機物が、生命活動に重要な役割を果たしているのだから、まさに驚きである。
習った知識を鑑みるに、この小さな有機物とは、アミノ酸からできた塩基と、グルコースからできた糖の化合物であるヌクレオシド(核の化学物質)を、燐酸が結合して遺伝子体を形成したものである。
遺伝子体は誕生すると、まもなくタンパク質を纏い、その身を守ることを覚えた。更に安全を期すために、燐脂質の膜を纏ったものが泡細胞になり、その一方でタンパク質を殻状に変質させたものがウイルスとなったのである。
このウイルスを私は「
音もウイルスに近いし、結構良い名前を付けたと思っている。
まぁいつもの自己満足だけど。
今後、「ウイルス」と言えば地球のウイルスを、「微琉」と言えば桜雲星のウイルスのことを指していると思って欲しい。
さて、話を戻そう。
先ほどは、遺伝子体がタンパク質を纏って、更に燐酸の膜を持ったのが泡細胞になり、タンパク質を殻に変質させたのが微琉になったと言う話をした。
しかし、泡細胞と微琉が袂を分かったのは、纏ったものの違いではない。それは、遺伝子体自身が複製をするかどうかなのだ。
遺伝子体自身が複製することで、その必要な機能を備えていったのが泡細胞となった。
その一方で、複製しないことで、活動に必要な最小限の機能以外は、他の生物に依存する方法を採ったのが微琉になったのだ。
こうして誕生した微琉は、やはり遺伝子体という生物の根源から進化したものなので、私は微琉を生物だと思っているのだ。
次に、微琉の生物界に対する影響について話そう。
ウイルスと言う言葉は、ラテン語の「毒素、病毒因子」と言う意味の言葉「ウィルース」を音写したもので、中国語でも「病毒」と言うらしいので、「ウイルス」はその名の通り病原菌ではある。
同様に「微琉」も病原性を持ち、やっかいな存在でもある。しかし、それだけではなく、実は、泡細胞や異微たち桜雲星の生物の進化や生態系にとって、重要な影響を与える存在なのだ。
この微琉は遺伝子体とそれを包むタンパク質の殻からなる生物である。非常に単純な構造で、まさに遺伝子体を守るためだけに存在しているようにも見える。
しかし、この単純な構造の微琉が、なぜ生物界にとって非常に大きな影響を持っているのかというと、彼らの生態に答えがあるのだ。
自己増殖できない微琉は、他の生物に寄生して増殖する。これはウイルスと同じであるが、しかしそのやり方は、まったく異なるのだ。
微琉は泡細胞や異微など、ターゲットにした宿主の細胞膜に直接張り付いて、無理矢理穴をこじ開け、自分の遺伝子体を注入する。そして宿主の機能を利用して増殖するのだ。
ウイルスが細胞の受容体に取り付き、言うなれば、ドアロックを解除してこっそり侵入するのに比べて、微琉のやり方は、窓ガラスを叩き割って堂々と侵入するようなものである。
そして、この微琉が生物界に多大な影響力を及ぼす、その最大の要因となっているのが、注入した遺伝子が、自分の都合の良いように、宿主の遺伝情報を改竄してしまうことなのである。書き加えたり、書き換えたりするだけでなく、破壊してしまうこともあるのだから、宿主にとっては迷惑であり、恐怖でもある。
微琉は宿主にとって、言うなれば、突然押し入って来る強盗のようなものだ。
突然窓を割って侵入してきた彼らに対し、宿主は抵抗らしい抵抗もできず、金銀財宝を奪われた挙げ句、食事や寝床、生活で必要な一切合切を提供しなければならないのだ。
その上、この強盗はそれだけに留まらず、家業も乗っ取り、好き放題してしまうのだ。事業が成功すればよいが、傾いて倒産してしまっては目も当てられない。
一家離散の憂き目に遭うことになるかもしれないと言う恐怖を、宿主たちは常に持っており、防犯設備の向上や護身術の習得と言った、対抗策を次々にしなければならないのだ。
しかも対抗策をおこなったから即安心ではない。対抗策への対抗策を強盗側の微琉もおこなうようになり、結果鼬ごっこの様相を呈することになるのだ。
つまり、微琉が宿主に寄生し増殖すれば、宿主側はそれに対抗する策を練る。すると、微琉はその対抗策に対する対抗策を練る。そうしたら更に宿主はその対抗策の対抗策の対抗策を練る。つまり堂々巡り、鼬ごっことなり、結果互いに進化していくと言うわけである。
こうして、微琉も宿主も互いに生存を掛けて、利用し、進化してきたのだ。
これが、微琉を生物界に多大な影響を及ぼす存在だと言う所以なのである。
微琉がこの桜雲星に誕生したことは、確かに他の生物にとって恐怖なのかもしれないが、彼らにとっても大きな存在であることは間違いない。
この微琉が命運を握った桜雲星の生物たちが、どう進化するのか今後も目が離せない。
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