< 第一章 > - 共生 -


 さて、前回の続きを話そう。


 泡細胞の進化に多大な影響を与えた存在、それは、無機物から有機物を作り出す「合成」という機能を持った異微である。


 一般的に、この「合成」には化学エネルギーを使う「化学合成」と、光エネルギーを使う「光合成」とに分けられるが、ここ桜雲星においても、それは同じだった。

 化学合成の方は、体内で化学エネルギーを利用して、化学反応を起こして有機物を合成する。一方光合成の方は、光エネルギーを利用して、硫化水素や水を二酸化炭素と反応させて有機物を作るのだ。

 この「化学合成をおこなうものの中で酸素を使うもの」、そして「光合成をおこなうものの中で水を使うもの」、この二つが、泡細胞の進化に多大な影響を与えた存在となるのだ。


 まずは、話を進める前に名前を付けておきたいと思う。

 化学合成をおこなうものの中で酸素を使うものを、「用酸素異微ようさんそいび」、光合成をおこなうものの中で水を使うものを、「作酸素異微さくさんそいび」と呼ぶことにする。もっと格好いい名前を付けたいけど、分からなくなっちゃうから、取り敢えずこれで。


 それから、それぞれの形質を説明しておくと、「用酸素異微」は、酸素を用いてエネルギーの元となる有機物を作り、その結果二酸化炭素を排出する。

 一方「作酸素異微」は、光エネルギーを用いて、水と二酸化炭素を反応させ、酸素と有機物を生成する。これを頭に入れて、話の続きを聞いて欲しい。

 

 では順を追って話をしていこうと思う。

 泡細胞が誕生し、そこから異微が変異して現れた。その異微の中に化学合成をするものと、光合成をするものが現れた。

 そして化学合成をするものの中に「用酸素異微」、光合成をするものの中に「作酸素異微」が生まれたのだ。

 ここまでは前回話したことだが、問題ないよね。


 では、ここからが本題となるわけだけど、まずは泡細胞の遺伝子体の話から進めようと思う。

 泡細胞は元々、基本的な遺伝情報を持つ遺伝子体と、それを包む細胞質そして細胞膜によって守られていただけの簡単な構造の生物だった。

 遺伝子体も一本鎖で不安定な状態だったため、死滅するものや、突然変異をするものが多く、順調に複製するものは数が限られていた。

 しかし、複製を重ね、変異を重ねていくことで、この不安定な状態を解消できた遺伝子体だけは生き残ったのだ。


 遺伝子体自体にも変化が現れた。

 最初の泡細胞には基本的な遺伝情報を持つ遺伝子体が数本あっただけだった。

 やがて、この小さな遺伝子体が成長し、長くなってくると、自然と螺旋を形成し、安定性も増してくるようになった。

 また、一つの泡細胞に存在する遺伝子体の本数も飛躍的に増えた。

 そして、一本鎖だった遺伝子体は二本鎖になり、最終的に私の知っている二重螺旋構造を持つ遺伝子体にまで進化したのだ。

 内部の塩基構造を守るためとか、構造的に螺旋が安定するからとか、結合部がこの角度でしか結合しないためとか、色々説があるとは聞いていたけど、そんな諸説は関係なく、この綺麗な二重螺旋構造は見ていて美しく、これぞ「遺伝子」と言う感じで、模式図ではない実物を目の当たりにして、余計に感動を覚えていた。


 こうして泡細胞は、自身が持つ遺伝子体を、DNAのような二重螺旋構造になるまで進化させてきた。そしてその過程において、様々な機能を獲得していったのだ。

 しかし、その機能を維持するためには、多くのエネルギーが必要であり、それを自身の化学反応能力だけでは賄いきれなくなってきたのだ。


 最初は仲間との共同生活をすることで、必要な物資のやりとりをおこない、単独では賄いきれなかったエネルギーや物資を互いに融通し合っていた。

 しかし、それも不便になったのか、やがて一つの細胞へと合体するものが現れた。お互いに遺伝子体を出し合い、一つの大きな細胞へと変貌していったのだ。まるで、アニメでよく見る、周囲のものを取り込んで合体して、巨大化していくような、そんな感じだった。

 この巨大化した泡細胞のことを、今までの泡細胞と区別して、「原核泡細胞げんかくあわさいぼう」と呼ぶことにする。


 「原核生物」と言う言葉があるが、これは一般的に細胞核を持たない生物のことで、「真核生物」になる前の生物を総じて言い、真正細菌や古細菌なども含める言葉である。

 しかし、「原核泡細胞」には真正細菌や古細菌のような形質を持つ「異微」を含めない。あくまでも、泡細胞が進化して巨大化したものだけを「原核泡細胞」と呼ぶことにする。


 元の十倍ほどにまで巨大化した、この原核泡細胞は、効率化を図ったはずなのに、結局必要なエネルギーや物資の量が膨大に増えてしまって、相変わらず単独では賄えず、死滅するものが多く存在した。


 しかし、ここでも工夫を凝らしたものが現れた。それが、手当たり次第に捕食していた異微の活用である。今までは、異微を捕食しても、消化してエネルギー源にするだけだったが、その異微を消化せずに利用することにしたのだ。

 もしかしたら、原核泡細胞の消化活動に打ち勝った異微が、そのまま居座っただけかもしれないが、いずれにせよ、原核泡細胞は体内に異微を住み着かせ、利用したのだ。


 一方、捕食された異微たちは、原核泡細胞の思惑など関係なくやりたい放題だった。もちろん彼らも生き残るために必死である。消化されては堪らないからだ。

 やれることは何でもやるが、とりわけ遺伝子体に対する攻撃が熾烈を極めた。遺伝子体を壊すのはもちろんのこと、自分たちの遺伝子情報を書き込んで、都合の良いように改造するなんてこともしていた。


 原核泡細胞も異微も、互いにやるかやられるかの戦いを繰り広げていた。

 この戦いの中でも、原核泡細胞はやられっぱなしではなかった。

 異微たちの攻撃から遺伝子体を守るために、タンパク質の保護膜を作って、その中に遺伝子体を仕舞い込んだのだ。こうして、遺伝子体の防御力を上げていった。

 これが、いわゆる細胞核である。そして、この細胞核を持つ原核泡細胞、すなわち真核生物である「真核泡細胞しんかくあわさいぼう」が誕生したのである。


 しかし、真核泡細胞になったからと言って、彼らのエネルギー問題が解決した訳ではなかった。細胞核を持つことで、原核泡細胞より更に十倍ほど巨大化した真核泡細胞にとって、エネルギー問題は解決に向かうどころか、逆に深刻化していたのだ。

 異微を取り込むことで、解決するかに見えたエネルギー問題だが、異微たちが供給するエネルギーではまったく足らなかった。消費する量が膨大に増加したためだ。


 そこで、登場するのが救世主の「用酸素異微」である。

 用酸素異微は酸素を用いてエネルギーの元となる有機物を合成するのだが、この量が今までの異微とは桁違いに多いのだ。まさに真核泡細胞たちにとっては救世主のような存在、いや救世主そのものだった。


 ただ、ことはそこで終わりではなかった。用酸素異微を取り込んで満足した真核泡細胞も確かにいた。しかし、それで満足しなかった真核泡細胞は、「作酸素異微」を次のターゲットにしたのである。


 用酸素異微を取り込んだ真核泡細胞たちは、確かに大量のエネルギーを得られるようになったが、それと同時に大量の酸素を必要としたのだ。

 必要な酸素が足りないならば、作れば良いと言うことだ。パンがなければケーキをと言う話とはまったく違い、材料は水と二酸化炭素だ。無限と言って良いほど存在するものである。当面枯渇することはない。


 と言う訳で、作酸素異微が真核泡細胞に取り込まれ、水と二酸化炭素を用いて酸素と有機物を作り、その酸素を用酸素異微が利用して、エネルギーと二酸化炭素を作る。そして、その二酸化炭素をまた作酸素異微が利用する。まるでリサイクルのような循環が成立したのだ。まさにエコである。


 こうして誕生した真核泡細胞に、用酸素異微だけを取り込んだものと、用酸素異微、作酸素異微の両方を取り込んだものの二種類が現れた。これがいずれ、それぞれ動物と植物に進化していくことになるのだ。

 まさに、この用酸素異微と作酸素異微が登場し、共生をしたことにより、泡細胞の進化の道筋が大きく変わったのである。


 泡細胞、異微、そして原核泡細胞と真核泡細胞の四種類の生物が、この桜雲星に誕生し、共存を始めた。まさに多様化の初期段階に生物たちは到達したのだ。

 ここから様々な進化をしていくのかと思うと、楽しみでしょうがない。


 さて、次回は彼らとは別の進化をしたものの話をしようと思う。

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