< 第一章 > - 異微 -
前回は私のトラウマの話をしたが、桜雲星に誕生した生命の話に戻そう。
この生物は小さな小さな泡のようではあるが、地獄絵図のようだった私の身体に、癒やしを与える大きな存在となった。
この泡細胞の誕生は、まさに奇跡だった。
私は、記録を何度も何度も見返してみたが、あの間欠泉の奥で起こったことは、奇跡としか言いようがない。
原子が化合物になり、そして分子、有機物と変化していく過程において、化学反応によって様々なものができあがった。ここまでは何の問題も無い。あくまでも化学の反応なのだから。
しかし、私が頭を悩ましているのは、化学反応で誕生した有機物が、なぜ遺伝子体になったのか、なぜ分子が規則正しく並んだだけで遺伝子体となったのか、なぜ複製を始めたのか、なぜ生命活動を始めたのか。どれをとっても、やはり、さっぱり分からなかった。
まるで原子に意思があり、なにか設計図の様なものを基に有機物を作り、生命を作り上げているような、そんな神の存在があるかのような気さえしてくるのだ。
昔、進化論に反対していた人々が、結局進化論が正しいとなった時に、自身の宗教と進化論との折衷案で、神が作った設計図を基に生物たちは進化した、と言うことを考え出したそうだ。
これを初めて聞いた時は、そんな馬鹿なことがあるかと思ったけど、あながち、それも嘘ではない気がするほど、生命の誕生は神秘的で、不思議だった。でも、なんで化学反応で作られた有機物に命が宿ったのかは、いまだに分からない。
無機物は複製しないし、有機物でも複製はしない、だが生命は複製する。この三つを分ける違いは
それとも生命というのはまやかしで、複製というのは生命活動ではなく、単なる化学反応の一種だとでも言うのか。それでは、生命の基盤が崩れてしまう。
いくら考えても答えは出ない。
いずれにしても、こんな奇跡のような出来事を間近で見ることができたのだ。謎は深まれど、感激は一入だった。
さて、こうして誕生した泡細胞たちは、ただただ分裂して増殖していたのではない。まだまだ彼らが持つ遺伝子体の遺伝情報は不安定なことも多く、複製に失敗することもしばしばで、突然変異のようなことを何度も繰り返していた。
突然変異というと、なんだか特別なことが行われているような感じだが、要するに、分子配列が変わったり、複製して分離するはずがそのままくっついていたり、逆にバラバラになってしまったり、と言う複製の失敗のことである。
この失敗がまた奇跡を起こし、泡細胞が持っていなかった性質や特徴、すなわち
こうして現れた、言うなれば「変異した泡細胞」は、他の泡細胞に遺伝子体を送り込んで変異させたりするものや、化学反応を利用して有機物を合成するもの、有機物を分解してエネルギーを得るもの、細胞壁で外界から身を守るもの、複製の効率を上げたものなど、多種多様にわたり変異していたのである。当然変異が失敗して、死亡するものも数多くいた。
そして、変異して生き残った泡細胞たちは、姿形も変わり、彼らの生態に適した形質へと変貌していったのだ。
私は変異したこれらの泡細胞たちを、文字通り異なる生態を持つ微生物という意味で「
この異微は、まさに生物の授業で習った真正細菌とか古細菌とかによく似た生態をしている、いわゆる原核生物と呼ばれるやつだ。私の記憶だと、真正細菌は寄生や共生をするもの、古細菌は極限環境に耐性を持つもの、だったと思う。
しかし、この異微は極限環境においても寄生したりするものがいたり、寄生も何にもしないのに極限環境に耐性がないものがいたり、さらには真正細菌や古細菌のような形質を持たないものもいて、私の知識では、真正細菌なのか古細菌なのかいったい何なのか区別できないので、彼らを纏めて「異微」と呼ぶことにした。
つまり、今桜雲星の生物は、生命誕生から存在する「泡細胞」とそれが変異した「異微」の二
この異微と泡細胞との関係は、変異したものとしなかったものと言う関係から始まったが、やがて食うか食われるかと言う敵対関係になるか、もしくは共存共栄の関係になるか、の二択を迫られることになる。それには、異微が持つ形質が大きく関わってくるのだ。
特にこれから話す、異微の存在が泡細胞の進化を大きく変えたと言っても過言ではない。
この話はまた長くなりそうなので、次回に持ち越そうと思う。
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