< 第一章 > - 生命 -


 ある日、蠢くものが現れた。そう、生き物だ。

 薄い膜を持つ、泡のような形をしたやつだ。

 こいつが分裂をしてその数を増やしていたのだ。

 まさかホントに生き物が現れるとは思わなかった。

 ここがハピタルゾーンだったことが、これで証明されたと言う訳だ。


 私が彼らを見つけたのは偶然だった。大気ができて、雨の時代になり、海洋ができて、自分の身体が冷えていくのを感じた。もちろん熱を感じたわけではない。

 溶岩だった私の地表面はみるみるうちに冷え固まって岩石となり、吹き出ていたマグマもようやく収まったのを見て、冷えたと思ったのだ。


 海洋ができたせいなのかは分からないけど、あちこちで地表面の隆起が起こり、火山活動が更に活発になった。私の体内のマントルが対流を始めたのが主な要因だと思われる。

 と言うわけで、私はこの火山を一つずつ観察し、ある物を探していたのだが、その矢先に彼らを見つけたのだ。


 この場所は火山地帯にある間欠泉の奥である。天照の光もまったく届かない地下深く、高温の地下水が豊富にある、様々な金属鉱床が眠る場所だ。

 ここでは、豊富な金属と高温の熱水により、化学反応が盛んに行われていて、場所によっては小規模な核反応が起こったりしていた。

 おそらくウラン鉱床か何かがあって、それと反応しているのだと思うが、原子レベルで確認するとものすごい光を発して、エネルギーを発生させているのが分かったので、おそらくそう言うことなのだろう。


 生物が誕生するには、化学進化が必要で、原子が化合物になり、化合物が分子になり、分子が有機物になる必要がある。そして有機物の一種アミノ酸が生成されなければ、話が始まらないのだ。

 アミノ酸は生命誕生の鍵を握っていると言われ、アミノ酸が生成されれば、それでタンパク質を形成することができるのだ。

 タンパク質は生命にとって最も重要不可欠な「情報の蓄積と伝達」を行えるので、従って、タンパク質が形成されなければ、地球型の生命の誕生は不可能となる。

 岩石生命体とかエネルギー生命体とかそういうのが誕生してくれても、それはそれで面白いし興味深いけど、自然界ではどうやらそれは無理そうだしね。


 そんなわけで、私はずっと有機物、特にアミノ酸やタンパク質を桜雲星の隅々まで探していたと言う訳なのだ。そんな矢先に、生命を見つけることができたのは幸運だった。 

 どうして間欠泉の地中深くで見つかり、授業で習った熱水噴出孔付近ではなかったのか。もちろん熱水噴出孔付近もくまなく探してはみたけれど、結局見つからなかったので、やはり何か理由はあるのだろう。

 ちょうど良い温度とか、化学反応をするのにちょうど良いエネルギーが供給されたとか、そう言ったことだ。小規模とは言え核反応があったのも有機物形成の一助になったのかもしれない。

 まさに偶然とも呼べる、選択、淘汰が、原子のレベルから綿々と行われてきて、ここに生命が誕生したのだろう。


 夢にまで見た生命誕生に立ち会えたのだ。

 理科の授業では、生命の誕生の話はさらっと流されてしまったので、非常に気になっていたのだ。何せ私が学生だった頃は、隕石スープ説、熱水噴出孔説、雷・プラズマ説ぐらいしかなくて、当時新説だった「RNAワールド仮設」なんて言う、小難しい説が出てきたって習ったぐらいで、水井先生曰く、

「証拠も裏付けもいい加減な怪しい説ばかりだから、将来もっと確実な、信憑性のある説が出てくるまでは、こんなのが今世間の常識になっちまってる、って軽く流しといて良いぞ。」

 って言ってた。

 しかし、どの口がそれを言ったんだって感じで、その学期の考査にしっかり「RNAワールド仮設」に関する超難問が出されたんだけどね。まったく、水井先生って人はどういう性格をしている人だったんだか。


 とそれは置いといて。

 そんな訳で、ずっと気になっていたんだよね。生命誕生の瞬間が、どこでどのようにして生まれたのか。

 後でまたじっくりと記録を見返そうと思う。どういう仕組みか分からない立体録画機能なんだけど、とっても便利なのよね、これ。

 

 さて、誕生した生命に話を戻しましょ。

 この生命、はっきり言って生命だとは最初分からなかった。なにせ、ただ薄い膜の中に有機物の小さな塊があるだけの、泡のような物だったのだから。

 泡にしては浮いていかないし、おかしな泡だなと思って見ていたら、分裂を始めたので、思わず「ビンゴ!」と叫んでしまった。もちろん声は出ないよ。

 

 この泡の様な生命、暫く観察していると、化合物を体内に取り込んで、それを使って中にある有機物が化学反応を起こし、その発生したエネルギーで自己複製していたのだ。そして、有機物が分裂すると、泡のような膜も分裂を始め、それぞれに有機物を持った細胞が誕生するのだ。

 この状況からして、この有機物はおそらく遺伝情報を持っているものだと思われるが、確証は持てない。なぜなら単なる有機物の塊にしか見えず、あの有名なDNAのように螺旋構造をしているわけではないのだ。

 しかし、確証は持てなくても、RNAであれば、螺旋構造をしていなくても不思議ではないし、実際この有機物が分裂をして、細胞分裂が起こっているのだから、遺伝情報を持っていると確定してもおそらく問題ないと思う。

 科学的ではないので、いろんな界隈からああだこうだ言われそうだが、何度でも言う。この世界は私がルール!

 なんつって。


 まぁ、遺伝情報を持っている物体の構造なんて、教科書や参考書の図式でしか見たことないのだ。実際にどんな風なのかなんて知らないし、知る機会もなかったから、いくら考えても分かるわけがないので、この有機物の塊を遺伝情報を持つ物体としてしまおうと思う。


 遺伝子と言えば、RNAを「リボ核酸」、DNAを「デオキシリボ核酸」とか習ったけど、「核酸」って、あれ、遺伝子のことだったのかな。

 でも、「核酸」って老化防止に良いって話で、サプリメントとして飲んだこともあるのよね。あれって確か「核酸」っていう成分だと思っていたけど、そういえば、遺伝子?成分?どっちなんだろう?

 

 まぁよく分からないし、遺伝子を核酸とか言っても私にはあまりピンとこないので、遺伝的な働きをしてたら、皆一纏めにして「遺伝子体」と呼ぶことにする。

 つまり私が勝手に名付けた遺伝情報を持つ物体と言うことで「桜雲型遺伝子体」、その略称を「遺伝子体」と言うことにする。後で困ったらまた呼び方を作れば良いしね。「核酸」よりは分かりやすいでしょ。


 それと、遺伝子体の名前も付けたことだし、この泡のような生命体にもちゃんと名前を付けてあげなきゃいけないよね。

 「始祖」とかはありふれているし、「祖先」なんて言うのも違う感じがするし、理科の授業で習った、確か「コアセルベート」とか言うのに似てはいるが、そのまま付けるのも違う気がする。いっそのこと見た目のまんまで「泡細胞あわさいぼう」ってのはどうかな?可愛い感じだし、良いでしょ、覚えやすいし。よし、これに決めた。

「泡細胞ちゃんたち、これからこの星の生物界を支えていってくださいね。よろしく。」


 こんな㎛ほどしかないちっちゃな生命に、ずいぶん大きな荷物を背負わしてしまったが、期待も大きくなるってもんでしょ。なんせこの先、この子たち恐竜まで進化するのよ。ホント楽しみなんだから。生きた恐竜に出会えるの。

 えっ?人間?人間は取り敢えず良いわ。あんまり期待してない。科学者が色んなことを解明して、その論文を読む楽しみはあっても、人間社会にはあまり興味が無いかな。どうせしばらくは戦争戦争の歴史だろうし。

 おっと今度は心の闇が顔を覗かせてきてしまった。封印、封印っと。


 さて、この泡細胞たち。すべての生物の始祖となる小さな生命だが、岩石と海洋しかなかったこの地獄絵図のような桜雲星に癒やしをもたらしてくれたのだ。ホントに感謝でしかない。誕生してくれて本当にありがとう。

 早く恐竜に進化してね。後数億年かぁ、待ち遠しいなぁ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る