< 第一章 > - 海洋 -


 さて、前回は私の能力について、だらだらと話してしまったが、今回は、桜雲星に海ができた話をしようと思う。

 海の話をするならば、海ができあがるその大前提である大気の話をしなくてはならないと思う。


 私が岩石に転星した頃は当然大気なんて無くて、生身の身体が宇宙空間に晒されていたので、飛来する隕石も容赦が無かった。隕石のほとんどがただの岩石で、私の周りで一緒に公転している岩石群たちから飛来した物ばかりだった。

 あの頃はホントに怖かったわよ。年中岩石がぶつかってくるの。痛みとかはなくても、いやよあれは。その上パノラマ以上の全天球の映像で、良くも悪くも大迫力なんだから。失神もせず、気も狂わなかったのが不思議なくらいよ。

 

 あっ大気ができる話よね。

 隕石が降り注いでくるうちに、私もいつの間にか地球よりも大きくなっちゃって、おおよそ地球の倍ぐらいにまではなったんじゃないかな。それでもまだ、大気らしい大気がないことに変わりは無かった。

 それもそのはず。まだ私は溶岩状の塊だったから、身体の表面は溶岩が覆い尽くしていて、灼熱地獄の有様で、地獄よりも地獄だったのだから、大気なんか存在しようはずもなかった。


 とはいえ、大気がまったくゼロだったわけではない。こんな環境なので、大気らしい大気が存在したわけではもちろん無いが、それでも、うっすらとではあるが水蒸気はあったし、そのほかの気体も少しは存在していた。

 なぜなら、周囲から飛来する岩石型の隕石以外にも、紅輝星の周辺や、それより外側の、遠く外縁部辺りからも隕石が飛来してきていて、中には気体を多く含む岩石だったり、氷の塊だったりが飛来してきていたのだ。この隕石たちから噴出した気体が、うっすらとではあるが、私の身体を覆っていたのだから。

 このようにして、隕石たちが桜雲星の「大気の素」を少しずつ醸成していた。


 しかし、本格的に大気ができる切っ掛けを作ったのは、私にとってのジャイアントインパクトである、衛星の那岐、那美ができた時の惑星との衝突だった。

 私より二回りほど小さい惑星が衝突したので、相当な部分が抉り取られてしまい、私の中身も相当出てしまったのよね。

 溶岩やマグマが飛び散ったのはもちろんのこと、その時私の体内にあったガスも大量に噴出したのよ。おならじゃないわよ!失礼ね!

 この噴出したガスが、元々あった「大気の素」と混ざり合って、元祖の大気が大量にできあがった。

 

 それでも、まだ大気と呼べる物ではなかったわ。ジャイアントインパクトの時もまだ私は溶岩の塊のままだったのだから。

 そのため、大気らしい大気になるのは、もっともっと先の話。相変わらず外縁部から飛来する隕石によって、水蒸気やら大気の成分が供給されているようだったけど、それだけで、私の身体を覆うほどの大量の大気がもたらされたわけではない。


 大量の大気ができるための供給元はもう一つあった。それが火山なのよ。

 私の体内に溜まっていた大量のガスは、…言っとくけどおならじゃないわよ…、地下から溶岩を通って吹き上がるたびに、溶岩で高温に熱せられ、軽くなったガスはドンドン宇宙へと放出されてしまっていた。高温に熱せられたガスが宇宙へ放出されるたび、熱も併せて宇宙へと放出されていった。

 これによって、地表も徐々に冷却されていったので、惑星の衝突で剥き出しになっていたマグマも徐々に冷え固まった。

 それに伴い内部のマントルが対流を始め、上昇してきたマントルが高温と高圧の影響で新たにマグマを作り、そのマグマが地表を押し上げて火山を形成したのよ。


 火山からは、内部の溶岩と共に火山ガスが大量に噴き出し始めた。溶岩を通って吹き上がっていた時の比ではないほど、大量のガスが地表に吹き上がってきたのだ。

 このような火山は、惑星と衝突した際にできた巨大なクレーターの場所だけではなく、他の場所にも大量にできていた。まさにニキビよ。私のツルスベ肌は今や全身がニキビだらけ。ホントやんなっちゃう。

 まぁ詮無い愚痴は置いといて。

 この火山から吹き出す火山ガスが、何万年も何億年もかけて、桜雲星の大気を大量に作り上げていった。

 こうして隕石と火山によって醸成された大気は、やがて、ドンドン冷やされていく地表面により冷やされ始めると、ポツポツと雨が降り始めたのだ。


 大気ができあがるにつれて、ようやく待望の雨が降り始めたのだ。

 しかし、ぽつりぽつりと降り始めた雨も、すぐに土砂降りとなり、やがて雷も加わり嵐となった。バケツの水をひっくり返したなどという生やさしい物ではない。むしろ、海の水をひっくり返したようなと言うに相応しいほどの大量の雨が降り続いたのだ。まるで冥府の入り口にでも立ったような、そんな気分にさせられるほどの、私を包み込む巨大な嵐だったのだ。


 いつ止むとも分からないほど大量の雨が、地上へと降り注いでいる様は圧巻だった。これが何千年も何万年も、止むこと無く、永遠とも思えるほど続いたのだから、圧巻と言わずになんと言えば良いのか。


 この圧巻の光景に見とれていただけなのに、どうしても頭から離れない記憶の疵瑕(しか)を呼び起こしてしまった。それは中学時代に初めて受けた理科の中間考査である。ことあるたびに思い出す、悔しくて、屈辱的な思い出。できることなら忘れてしまいたいが、忘れることができない記憶の疵瑕である。


 当時の理科の担当は、背が高く面長の、生徒たちから馬とか馬面とか呼ばれていた、歳は多分四十代ぐらいの、名前は確か水井みずい先生だったか。この先生が意地悪な先生で、定期考査に必ず一問だけ超難問を入れることで有名だった。

 今振り返れば、その時は生徒たちから馬だの、馬面だのと馬鹿にされていたから、嫌がらせの一つもしたくなったのだろう、と理解はできるけど、当時の私はそんなことを考える余裕があるほど大人でもないし、ただただ悔しい思いをして、ひたすら逆恨みをしていた。


 小学生の時は理科が結構好きで、テストでもまずまずの点数をとっていた私は、中学の理科の授業も引き続き楽しく受けていた。

 小学校では学べなかったことが沢山出てきて、理科に限らず、当時は中学からだった英語の授業とか、算数から呼び名が変わった数学とか、国語も古文や漢文が加わったりと、学ぶことが多くなって大変になる一方、大人の仲間入りをしたような気分で、制服を着られるようになったこともあり、高揚感を覚えたのを今でも鮮明に覚えている。


 そんな時の理科の授業だったから、かなり内容は難しくなったけど、この水井先生の授業は結構分かりやすく、決して小難しくて、いけ好かない、意地悪先生に良くいる陰湿なタイプではなかったので、授業内容はちゃんと理解できたし、授業も時々脱線してトピックを掘り下げて話してくれることもあり、楽しい授業だった。

 そう、最初の中間考査までは。

 中学最初の中間考査で、私は出鼻を挫かれ、人生の汚点、記憶の疵瑕を作ってしまったのだ。


 今でもあの問題が解けなかった自分に腹が立つし、そんな問題を出した水井先生を恨んでいる。たとえそれがただの逆恨みだったとしてもだ。

 中学最初の中間考査は、小学校で受けていた、ただただ知識を問うような問題とはがらりと変わり、設問の意図を汲み取りながら、考えて解かなければならなかった。難解なテストに苦戦はしたが、それでもなんとか解くことはできた。そして鬼門だったのは最後の一問、毎回出されると言う超難問であった。


 その問題の配点は50点あり、解けなかったら半分持って行かれてしまったので、たとえ中学に赤点がないとはいえ、今まで90点台をとっていた理科で、35点しか取れなかったのは、屈辱以外の何者でもなかった。

 親にも散々、

「どうしたの、こんな点数とって。」

 と心配されたほどで、子供が悪い点数をとったからと言って、決してなじったり、怒鳴り散らしたりするような親じゃなかっただけに、それが余計悲しくて、辛くて、悔しくて、その日の夜は一晩泣き明かしたのを、今でも鮮明に覚えている。


 その時の問題が、「海洋の成り立ちと、大量降雨のメカニズム」に関する設問で、「太古の地球に海洋ができた過程とそのメカニズム、および現在の海洋ができた理由を説明せよ」と言う物だった。

 内容の間違いはもちろんのこと、漢字の不使用や誤字脱字があっても、部分点のない、一発アウトの超難問だった。

 

 そう言えば、後に東大へ進学した風間かざま君だけがクラスで唯一満点をとっていたっけ。風間君かっこよかったなぁ……まぁ、それは置いといて。この問題を正解したのは、学年でも風間君の他に2人だけだったらしい。

 そんな難しい問題を私みたいな平凡な頭の女子が正解できるわけもなく、そんなのは分かってるけど、それを理解したところで、悔しい気持ちが消えるはずもなかった。

 

 そう言う難問を出す先生だと知って、当時も無茶苦茶恨んだが、今思い出しても悔しい。

 この問題を経験してからは、授業もこれまで以上に隅々まで理解しようと、一生懸命聞いたし、嫌いになった水井先生であっても、どうしても分からないところは嫌々でも訊くようにした。特に先生が雑談と称して脱線した話の中には、超難問のヒントが転がっているのだと、風間君が皆に教えていたので、授業は一切気が抜けなくなってしまったのだ。

 それに、授業の内容を聞いただけでは、理解するのはもちろん無理なので、理解を深めるためにも市の図書館などに行って、高校生や大学生向けの本を読んでは、理解を確固たるものにすることを習慣にした。

 それでも分からないことは、良くお父さんにも教えてもらったっけ。


 そのお陰か、考査の超難問を落とすことはなくなった。何事も傾向と対策である。

 あれから私の図書館通いが始まり、社会人になっても何か知りたいことがあると、図書館に行って調べ物をしていた。

 確かにあの中間考査がきっかけだったし、調べ物を習慣にしていたことで役に立ったことも数え切れないほどあった。その点には感謝している。

 だけど、それとこれとは別の話、恨み辛みがなくなるわけではない。


 そんな記憶の疵瑕だが、この降りしきる雨を見て、まるでパンドラの箱のように、開けてはいけない記憶の蓋を開けてしまった。やはりこの記憶からは逃れられないのかもしれない。この水井先生は、私の人生に大きな影響を与えた人物であり、私の人生を左右する呪いを掛けた人物である。しかし、今はあまり詳しく話したくないので、ここまでにとどめておく。


 つらつらと記憶の疵瑕を話してきたが、とにかく、今はこの降りしきる雨が海洋を形成したことを喜び、この海洋にいつか生命が誕生するのを期待しよう。

 こうして、桜雲星に海ができあがったのだ。喜ばしいことであるのだから。


 地球の太古の海は酸性だったと聞いたことがあるが、この桜雲星の海も酸性であることを願いたい。ここに、リトマス試験紙でもあれば一発で簡単に分かるんだけど、まぁ無い物ねだり。もし酸性であれば、取り敢えず太古の地球の海洋と同じ条件になるので、生命が誕生する可能性もぐっと上がる。

 この海は、果たして生命の誕生を育んでくれるのか。

 海が液体で存在できているのだから、ハピタルゾーンにいる可能性は十分高くなったので、生命誕生にも自ずと期待が高まるというものだ。

 今から非常に楽しみである。

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