< 第一章 > - 認識 -
天照を周回する日々は、やることは何もないどころか、やれることも何もない。しかし、この状態の私ができることは、思考、思索、考察、想像、創造、探求、回想、反省、検証、洞察、計画って、なんだか結構やることあるな。まぁ結局全部「頭を使う」ことしかできないってことだけど。
と言うわけで、認識能力が備わってからは、この能力を徹底的に鍛えることに専念していた。
認識能力というのは、私が転星してからすぐに備わった能力で、周囲の状況を映像として認識できる能力である。
この能力の向上は、情報収集能力の向上に直結する。なぜなら、頭しか使えない私にとっては、思考や考察、検証、計画などに必要な情報を収集するたった一つの手段がこの能力なのだから、鍛えないわけにはいかないし、結局自然と鍛えられてもいるのだ。
この認識能力って、文字通り周囲の状況を認識する能力である。
ただ、人間って言うのは普通、外界の情報を様々な感覚器官が「知覚」して、その情報を神経が脳に送り、脳が処理することで初めて周囲の状況を「認識」するらしいのだ。
しかし、今の私にはそのプロセスが存在しない。と言うかするわけがない。なぜなら、今の私は惑星であり、意識はあっても無機物であって、生命体ではないのだから。この身体に神経が通っているとは到底思えないし、当然感覚器官が備わっているなんて、絶対にあり得ない。
世の中に絶対と言うことはあり得ないけれど、まぁ惑星の私に目とか耳とかそんなのがついていたら怖いでしょ、まずあり得ないよね。実際そんな感覚はまったく無いし、周囲を認識しているこの意識に届いている情報も、「目」からの情報ではなさそうだしね。
それじゃ、私の感覚器官はいったいどこにあって、どういう刺激を受容して、どういう情報を基に周囲の状況を認識しているのだろうか。
例えば、視覚なら光とか色とかを目で知覚し、聴覚なら音を耳で聞き、嗅覚ならにおいを鼻で感じるのが一般的である。しかしながら、今の私が認識しているのは、視覚的な情報である映像であり、この映像を知覚している場所がこの身体のどこかにあるはずなのだ。
まさか、怪しい電波を発信してその反射を受信しているとか?とうとう、この年になって電波少女とかになってしまった?
何?電波おばさんじゃないわよ!
まぁ、そんな電波とか発信している訳はないけど、やはりどうしても気にはなる。
この認識能力が受け取る情報を知覚している場所や物が分かれば、この認識能力の向上にかなり役に立つはずだと思う。
だから、色々考察はしてみるのだが、結局分からずじまい。いくら意識を集中しても、そもそもこの視覚的情報を受け取っている場所自体が特定できないのだ。
仕方が無いので、そちらからのアプローチは早々に諦めた。
と言うわけで、この認識能力を別の視点から分析しようと思う。
さっきも言ったように、認識ってそもそも、知覚し、脳が処理し、それを意識して把握する、このプロセスのことを指し、認識した結果を「知識」、判断した結果を「認知」と言ったはずである。確かそんなことが哲学だか心理学だかの本に書いてあった気がする。
認識という物がこう言うものであるなら、私のこの認識能力というのは、周囲の状況を意識的に把握する能力であり、このプロセスそのものに特化した能力であると言うことだ。
周囲の状況から得られた情報を知識や判断に結びつけることは、また別の話であり、認識とは違うプロセスと言うことなのだ。つまりこの能力とは直接関係はないと言うことである。
そう考えると、知覚する方法や受け取る内容を工夫することで、受け取る情報の量を劇的に増やすことができるはずである。
漠然とした情報が、意味のある情報へと変わる可能性が一応これで見えてきた。
そもそも、私のこの能力は岩石に転星した時に突然降って湧いたように身についた能力である。まるで赤ん坊が生まれ落ちてから、初めて目を開けたら周囲が見えるのと同じように、何も意識せず、何の努力もせずに身についたものであり、まさに生体機能が働いているようなものだ。
だから、今まで意識もしてこなかったのだ。だって、ちゃんと見えてるのに視力を矯正したり、ちゃんと聞こえてるのに耳の手術をしたりしないでしょ。それと同じことよ。
それに、上下左右前後から容赦なく岩石が降り注いでいたのよ、この能力について考察する意識も、暇もなかったわよ。
と言うわけで、私の認識能力は私の意識に関係なく、ドンドン成長していた。私が惑星として成長するにつれて、認識範囲はドンドン拡大し、受け取る情報の量もドンドン増加してきた。
当初自分自身の周囲数㎞程度の範囲しか認識できなかったが、次第に範囲が拡大し、今や天照系全体と、全天球に広がる星景までも把握できるようになったのだ。
天照系全体というのは、天照系の隅から隅まで、すなわち天照系内に存在する小さな塵芥から惑星や天照に至るまでのすべての状況を把握できることである。
全天球の星景というのは、要するに夜空を見上げて見える星々のことである。ただし、その見えている恒星にまで意識を飛ばして、詳細を把握できるわけではない。せいぜい拡大して見る程度のものだ。まるで自分が宇宙望遠鏡にでもなった気分である。
この広範囲にわたる認識能力は、私が惑星として肥大化、もとい巨大化、いやいや、大きくなって……、ってどれも同じことか、とにかく、私が成長するにつれて徐々に範囲が広がったものだ。
私自身が意識的に広げたのではなく、勝手にというか、むしろ私の成長と共に広がったとも言える。
この範囲拡大のお陰で、天照系内のことは塵芥に至るまで事細かに把握できるようになったし、全天球の星景が見られるので、星座なんかを考えたりするのがホントに楽しいのだ。まぁ無数に星が見えているので、どの星をピックアップして星座に採用するかが悩みどころなんだけどね。
とまぁ、認識範囲の拡大についてはこんな感じだった。
ところがこの能力の一番やっかいなのは、もう一つの方だ。
もう一つの能力というのは「全天球認識」である。
全天球認識とは、私が勝手に付けた名前だけど、要は球状のテレビ画面を内側から見ているようなものである。
転星して意識が戻った時、私に衝突してきた岩石を最初に見たのは、この全天球の光景だった。人間だった頃は当然のごとく目を使って景色を見ていたので、前方だけが見えていたのだが、転生してからずっと、頭の後ろにも、上にも、下にも、右にも、左にも、要は全方向に向けて目がある状態で、それを同時に見て認識しているような感じなのだ。
最初は頭がパニックになった。何せ四十七年間ずっと二つの目で見た光景しか処理してこなかった脳が、いきなり全天球の光景を処理させられるのだから、処理が追いつかないのは当然である。8ビットパソコンに、8K動画を処理させるようなものであり、処理できるわけがない。
最初に戸惑ったのは、前も後ろも右も左も上も下もどっちがどっちだかまったく分からないと言うことだ。人間の頃は、前後左右上下は意識せずとも認識できていた。だが、転星後は意識しないと、「どこを見ている」のか、と言うより「どこをも見ている」ので訳が分からないのだ。
自分でも何を言っているのかよく分からない。方向感覚がバグるとはまさにこのことで、天照を発見して目印として脳が認識するまでは、ホントに「ゾーブ」にでも入れられて転がされているような感じだったのだ。
この全天球認識が問題なのは方向だけではない。奥行きもあるのだ。つまり近くから遠くまで、目の前から全天球の星景まで、すべてを認識しているのだ。8ビットパソコンで8K動画を処理するなんてものの比ではない。「無限大K動画」を処理するようなものだ。
こんな光景を休む間もなくずぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっと見せられているのだから、ホントに良く頭が熱暴走しなかったものだ。
惑星になってからというもの、睡眠は必要ないし、食事やトイレ、入浴など、生活活動も一切必要ないので、言うなれば年中テレビを見ながらゴロゴロしているようなものなのだ。
何にもせずに、何も考えずに、ただひたすらこの全天球の光景を見て過ごしていても何のお咎めもないのだから、「永遠のニート」をしていても良いのだが、それでは第二の人生、いや「星生」が退屈なものになってしまうし、この四六時中見せられている光景をどうにかしないと、本当に気が狂ってしまいそうなのだ。
と言うわけで、これをどうにかするための能力開発をするために、認識能力の向上に努め、脳が大量の情報を処理できるように訓練をしたいと思ったのだ。
そこで最初に考えたのは、意識を集中して一カ所だけ、見たいところを見ると言う方法だ。例えば、紅輝星だけを観察するとか、桃双星の様子を確認するとか、兄弟姉妹の大喧嘩を観戦するとか、そう言うこと。
しかしこの方法の難点は、一カ所に集中している間も、他の場所の状況を認識はしていると言うことなのだ。意識していないだけで、ずっと見えていることに変わりはない。実際全天球画面の一カ所だけに意識を集中して見ているだけなので、他の部分が見えていないわけではないのである。
これが、私の能力の中核となる「全天球認識」の能力であり、この能力と対をなすのが、認識する対象を絞り込んで見る「一カ所集中認識」ということになる。ここまでは、初期の岩石だった頃に私が持っていた認識能力なのである。
この一カ所集中認識ができなかったら、全天球から襲いかかる岩石の雨霰を四六時中見ていなければならず、それと合わせて天照系内のありとあらゆる事象も見ていたので、マジで精神崩壊寸前だったんだから。
まぁそうならずに済んで良かったけど。
あっそうそう、この能力、見逃し配信の機能もあるんだよね。
これは滅茶苦茶便利。
一カ所集中認識をしている間でも、全天球認識は働いているわけで、その情報は、まるで録画機能があるように、すべて記録されているようなのだ。
一度奇妙な動きをした惑星があったので、どうしてそんな動きをしたのか、どういう動きだったのか、もう一度見たいなぁと思っていたら、頭の中にその時の映像が映し出されたんだよね。まるで、ビデオの再生でもしているかのように。ビデオと言っても二次元映像じゃなくて、三次元映像なんだけど。
とまぁ、こう言うことがあったので、よくよく考察してみたら、私が認識しているこの全天球の光景はどうやら、どこかに記録されているようなのだ。それも見たまんまの光景そのままで。
億年単位の膨大な立体映像の情報量なんて、ギガとかテラとかそんな話ではない。それこそ無量大数、いやその情報量は無限になるはずである。
以前、東京23区をパソコンでリアルに再現する場合、都市景観と人口を再現するだけで六千ペタバイト必要だと言う試算を見たが、たかが東京だけでもそれだけかかるのだ。宇宙規模にまでリアルを追求し、原子レベルまで再現するとしたら、いったいどれほどの容量が必要になるのか、自明の理より自明の理、つまり不可能である。
しかも、そんな超大容量をどこに記録しているのかも、どのような方法で記録しているのかも、そしてどうやってその情報を引き出せているのかもさっぱり分からないのだ。
ただ、この記録をしているためなのかは分からないが、一カ所集中認識をしていても、全天球認識を止めることはできないのである。
さてここまでは、私の認識能力の基礎となる部分である。
私の認識能力は、本質的には視覚的なものである。目がない私にとって、目で見た情報ではなく、全天球型の認識機能が周囲の状況を視覚情報として認識しているのだ。
前にも言ったけど、私が持っているはずの感覚器官が見当たらないので、結局周囲の状況を認識しているこの光景も、何か分からない知覚器官が受け取った情報を基に、脳内で作成している世界に過ぎないのである。
別の感覚器官による確認ができないので、本当に自分が惑星になって、この宇宙を、この天照系を公転しているのかどうかだって、分からないのだ。知覚した情報の裏付けができないからね。
人間だった時は手足を使って触ったり、音を聞いたり、においを嗅いだりすることで、目で見た物が実在する物だと感じていた。錯覚という物を知るまでは。
錯覚を知って、本当は脳に自分が騙されているんだと知った時は、子供ながらにホント衝撃だった。この世界は単に感覚器官が受け取った情報を基に、脳が再構築しているだけに過ぎないのだと言うこと。そして、知識や経験と言ったものを基に、都合良く構築した世界を、現実だと認識していると言うことなのだ。つまり脳が脳を騙しているのだ。
なので、今自分はもしかしたら、事故の後、病院のベッドに寝かされたまま、脳の実験をされているのではないかとか疑ってみたりもした。
でも、これだけリアルに感じる情報、全天球の星景すべてをカバーするほどの情報量を扱えるスーパーコンピュータの存在を、私は知らない。
その上、経過した時間が、億の年数をすでに超えているのだ。この時間感覚までコンピュータに騙されているのだとしたら、相当優秀なプログラマーによるもののはずだ。しかし、数億年間も異次元空間に閉じ込められるようなボタンを押した覚えもないのだから、そんな長期間にわたる時間経過を脳に認識させるなんて不可能である……、はずだよね?。
もう一つの疑点は、私一人がこんな実験の被験者になり得る可能性が低いことだ。普通実験をするなら、複数の被検体を用意するはずである。もし私一人が被験者でないとするなら、少なくとも人数分のスーパーコンピュータを複数用意する必要があるはずだが、何のためにそんな実験をするのか、そこまでのコストをかける必要がある実験とは何なのか。この段階で、私の理解の範疇をすでに超えてしまっているので、それだけの規模の実験を行う意味を今のところ私は見出せないでいるのだ。
とするならば、たとえ、この状況が何かの実験によるものであったとしても、私が何かの組織に利用されているのだとしても、転星したんだと納得して、この状況を楽しんだ方が、数倍も、いや数億倍も良いに決まっている。
ましてや、あと五十年もなかった人生が、億年単位の星生を満喫できるようになったのだから。
さて話がまたまた大分逸れてしまった。
この後、視覚的情報以外の情報をどう認識するかについての考察と、どういう能力を開発するかについての考えを話すつもりだった。
要は、一般的に言われている八系統の感覚、すなわち、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、皮膚感覚、自己受容感覚、平衡感覚、内臓感覚の八つについて、視覚以外の感覚をどう認識するかと言う話をしようと思ったのだが、ドンドン話が長くなりそうなので、ひとまず別の機会に譲ることにする。
取り敢えず、私の認識能力については、どんな物なのか理解して貰えてるとありがたい。
また、こんなとりとめも無い話を聞いてくれるとうれしいな。
なんせ独り身で数億歳のおばさんなんて、誰も相手にしてくれないからね。
そもそもここには私以外に誰もいないんだけど。
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