< 序章 > - 衛星 -

 

 岩石に転星してから、すでにかなりの年月が経った。

 かなりの年月とは言っても、どれぐらい経ったのかはさっぱり分からない、数年なのか、数十年なのか、もしかしたら数万年、数億年経ったのかも知れないけど、時間の間隔があまりないので、さっぱり分からないのだ。


 しかし、ブクブク巨大化していた私の身体が、とうとう地球よりも大きくなって、直径がだいたい地球の倍ぐらいになってしまったのは、紛れもない事実である。


 転星してから暫くは、岩石が降り注いで作るクレータを気にしていたけど、いつの間にか身体が灼熱の溶岩に包まれていて、クレータも何もなくってしまった。今まで悩んでいたのは何なのよって言いたくなる。

 おそらく降り注ぐ岩石の影響だとは思うけど、自分の身体がドロドロに溶けているのは、これはこれですごく奇妙な感じがするものだった。


 こんな身体になったものの、良かった面も一応はある。

 感覚器官がまったくないと言うことだ。神経がないから、何がぶつかってきても痛くも痒くもないし、苦痛もない。当然、溶岩に包まれても熱くもなんともない。音が聞こえないから岩石と衝突した時も静かだし、嗅覚がないから様々な悪臭を感じることもない。良い匂いもかげないけど、それは仕方のないことである。ただ、感覚器官がなくても、周囲は認識できるので視覚代わりにはなる、それだけが唯一の救いではある。


 そしてこの視覚代わりに認識できる範囲が、身体の大きさに比例して飛躍的に伸びたことも良かった面である。

 今までは自分がどこを漂っているのかすら分からなかったが、認識できる範囲が広がったことで、周囲の状況を把握しやすくなり、飛来する岩石を事前に察知できるようになった。そのお陰で、心の準備ができるようになったのは、本当にありがたかった。


 更に認識できる範囲が拡大したことで、この恒星系全体の様子も把握できるようになった。人間だった時には考えられないほどの広大な範囲である。

 そして分かったのは、私が周回しているこの恒星には、私と同様に周回する惑星たちが大小合わせて100個弱ほども存在していたことだ。かつて独りっ子だった私にとって、初めてできた大勢の兄弟姉妹だった。ただ会話もできなければ、遊んだり、喧嘩したりすることもできない兄弟姉妹だったけどね。


 時折互いに激しくぶつかり合っているので、喧嘩していると言えなくもないが、負けた方が粉々に砕けるなんてこともあるので、これは喧嘩ではなく、バトルロワイヤルのようなただの殺し合いでしかない。

 こんなことに自分も巻き込まれる可能性があるかと思うと、他人事ではないのだから、兄弟姉妹とは仲良くしたいものだと思うのだが、結局その思いは通じなかった。


 私が周回している星系は、どうやらまだ誕生したばかりで、星雲ガスや岩石がまだ大量に残っている状態で、中心に鎮座している恒星もまだまだ不安定な状態だった。

 恒星から吹き出す恒星風も勢いが収まる気配はまるでなく、また重力も不安定なため、周回する惑星たちの軌道はどれも定まらず、軌道が突然交錯するのは日常茶飯事だった。

 そのため、タイミングが悪いとバトルロワイヤルよろしく惑星同士が衝突してしまうので、まったく気が抜けない。

 惑星同士の衝突なんてまさに地獄絵図よ。


 そうそう、惑星とは言っても厳密には惑星に該当しない星もあるだろうけど、取り敢えず恒星を周回している球状の星だったら、惑星でいいでしょ。岩石だって「小」惑星って言うんだし。

 冥王星を惑星から引きずり下ろした団体にいちゃもんをつけられても、そんなことはしったこっちゃないし、ここは地球じゃないんだし、太陽系じゃないんだから。

 この星系では私がルール!

 なんつって。

 まぁそんな前世の界隈連中は置いといて、私はいつも周囲を警戒しながら過ごしていた。いつ兄弟姉妹から喧嘩を売られるか分かったもんじゃなかったからね。用心するに越したことはない。


 だけど、その時は突然訪れた。

 ある日、気がついたらすぐ後ろに、私より二回りぐらい小さな惑星が現れ、あれよあれよと言う間に迫ってきていた。

 このままでは軌道が交錯するぞと思ったら、案の定そのまま一直線にこちらに向かってきて、あっという間に激突したのだ。

 激突時の衝撃はすさまじく、身体の大部分が抉り取られ、溶岩で満たされていた私の身体からは大量の溶岩が飛び散り、体内からはマグマも吹き出てきた。

 ぶつかってきた惑星もそのほとんどが崩壊し、大量の岩石が辺り一面に飛び散り、原形をとどめないほどであった。


 私のこの巨大な身体が一瞬で真っ赤な炎に包み込まれた時は、さすがに私の「惑星生」も終わりを迎えたかと思ったが、かろうじてまだ意識はあり、惑星としてもまだなんとか生き延びていた。

 熱さを感じることはないこの身体でも、熱を感じるような気がするほど、灼熱地獄の様相でまさに地獄絵図だった。

 私は暫く言葉もなかった。

 あまりの出来事に恐怖で頭が真っ白になっていたのだ。


 飛び散った岩石の一部はそのままどこかへ飛んでいったが、大半の岩石や溶岩は私を周回し始めた。

 周回を始めた岩石のほぼすべてが真っ赤に燃え上がりドロドロに溶け、溶岩になっていた。溶岩となった岩石は徐々に私の赤道面軌道に集まって円盤状になり、周回を続けていた。

 また、二つの巨大な塊も、同じように私を周回していた。

 一つは、ぶつかってきた惑星の残骸だったもの、もう一つは大きさこそ見劣りはするが、それでも大きい方の半分ほどはある塊が、周回を始めたのだ。この残骸の巨大な塊たちも当然高温にさらされたのか、溶岩と化していた。

 この二つの巨大な塊が衛星の「たね」となり、周回していた溶岩を巻き込みつつ成長していった。

 二つの衛星に巻き込まれることがなかった溶岩もかなりの量が残り、赤道面を周回しながら、リング状となり、土星の環のようなものを形成していった。

 時間が経つにつれ周回を続ける溶岩たちは徐々に冷え、二つの衛星と四本の環を持つ惑星に私は変貌を遂げていたのだ。 

 私自身はまだ溶岩で覆い尽くされたままだったけど。


 この衛星たちと環が周回する光景は、まるで子供たちが周りに集まってきて遊んでいるようで、ホントに可愛くて、愛らしい。

 惑星がぶつかってきた時には、感情が高ぶり、恐怖を感じたけど、衛星たちが形成されるにつれて、その愛らしさに怒りや恐怖も和らぎ、むしろ子供たちを見守る親心のような気持ちが湧きあがってきたのだ。親になったことはないけど。

 彼らの動きを見ていると、楽しいし、可愛いし、感動したりすることもあるので、退屈な日常に彼らを見守るというささやかな楽しみができたのは、単純にうれしかった。

 あの時は、ホント死ぬかと思ったけど。

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