< 序章 > - 惑星 -


 岩石として生まれ変わった私は、宇宙空間をただひたすら漂っていた。

 いや、ただひたすら漂っていたのではない。次から次に飛来する岩石の餌食にされていた。ナンパの一つもされたことのないこの私が、こんなにモテるなんてって、岩石にモテたってうれしくもなんともないわよ。

 おっとまた話が逸れた。


 五感が利かないのに、周囲の様子が認識できてしまうため、意識を取り戻したばかりの時は、岩石が飛来するたびに恐怖で悲鳴を上げたくなったけど、口がないので悲鳴にもならないし、目をつむりたくても、目がないのでつむることもできないし、ましてや周囲の状況が勝手に頭に浮かんできてしまうので、つむる意味もない。


 まったくやっかいな身体に「転星」したもんだわね。


 結局、暫くすると慣れてしまった。痛みとか感じないから、ぶつかる恐怖さえ克服してしまえば、後は心の平穏をどう保つかと言うことだけだ。

 ただ、次から次へと飛来する岩石は容赦なく私を襲い、体中が穴ぼこだらけになってしまっているので、私の心の平穏はいまだに保たれることはないんだけどね。


 こんな私でも寄る年波に抗い、美容化粧品もかなり上等なものを、独身の財力に飽かせて手に入れ、お肌の手入れを綿密に、着実に、念入りに、そして徹底的におこなっていた。

 顔面偏差値が平均の私だって、抗って抗って化粧をすれば馬子にも衣装、それなりに見栄えは良くなる、はず、きっと、たぶん、そうなるといいなって、そんな風に思っていたのよ。結果は、自明の理だけど。

 その私の肌が、長年大枚をはたいて築き上げてきたツルスベの肌が、今や凸凹の穴だらけ、荒涼とした水分ゼロの岩石肌。潤いもへったくれもない。これで心の平穏を保つなんて、ぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇったい無理!!!!!


 そして、もう一つ私の心の平穏を脅かすことがある。

 私の身体は、今や数十㎞ほどの大きさに達し、転星してからと言うもの、日々降り注ぐ隕石たちによって、ブクブクと肥大化していくのだ。まるで無理矢理食事を強制される相撲部屋の新弟子のように。

 それこそ人間の時は、お肌の手入れを始めとした美容に関することには、細心の注意を払っていた。

 女独身貴族が、着の身着のままの、草臥れただらしない姿のおばさんでは誰も寄りつかない。そうなれば、仕事場での私の居場所はなくなり、あっという間に肩叩きをされて追い出されかねないのだ。


 一般職で入社した私にとって、結婚とは縁がなかった時点ですでにその価値は半減しているのだ。仕事が多少できたからと言って、女性として、人間としての価値を落としてしまえば、煙たがられるのは火を見るより明らかだ。たとえ差別だ何だと騒いだって、それが現実なのだから、仕方がない。

 まぁ草臥れただらしない姿のおじさん連中も煙たがられているのだから、歳を取るというのは、そういうことなのかも知れないけど。


 そうならないためには、華美になりすぎず、年相応に見えつつも、だらしない感じを最小限に抑え、草臥れたおばさん感を極力消し去ると言う、美容と健康の難題に日々取り組んでいたのだ。

 その一つが美容化粧品の類いで、そしてもう一つは健康的な美しさを保つダイエットだったのだ。

 ガリガリに痩せ細るでもなく、かといって膨らみすぎないよう、運動を取り入れながら身体を鍛え、食事に気をつけて、日々体重計と睨めっこして、グラム単位で一喜一憂していたのがアラフィフのこの私だったのだ。


 そんな私の身体が日々巨大化していくのだから、ダイエットに悩んでいたのが馬鹿馬鹿しくなる。何せ日々トン単位で体重が増えていくのだから、グラム単位のダイエットなんて、ちっぽけな悩みで、意味のない、やる価値もない、単なる笑い話でしかないわよね。

 美容に健康にと心血を注いでいた私にとって、こんな状況下に置かれた私の心が穏やかになろうはずもなかった。


 日々巨大化していく私の身体だが、宇宙空間にいると言うこともあって、その重さ自体を実感することはない。体重計に乗ってるわけでもないし。

 その代わり、日々大きくなる身体自体が私の心を苛むのだ。大きくなればなるほど、飛来する岩石の数が急激に増え、クレータの数もドンドン増えていくので、ますます私の心は平穏から飛躍的に遠ざかっていってしまう。

 誰よデブって言ったのは!確かに丸くてぽっちゃりしてるけどさ。


 とにかく、こうして私の岩石生活が始まった。穴だらけになった岩石肌や、ブクブク巨大化していくこの身体も、私にはどうしようもできないし、受け入れるしかないのだが、いまだによく分からないのは、なんでこんな身体に転星したのか、どうしてこんなところを浮遊しているのか、ホントに誰かに説明して欲しかった。

 神様イベント、今からでも遅くないからやってくれないかなぁ。

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