瓦解
華子は古崎美恵と食事をともにしていた。
ここ最近、華子は古崎美恵と一緒にいることが多い。古崎美恵もまた、天然の美少女だ。それに加えて、容姿に磨きをかけている華子の二人組は見栄えが良かった。華子も周囲から視線が集まることに慣れていった。
華子の人生はまさに絶好調である。恋人関係も良好。――否、良好という言葉だけでは括れない。将来を誓い合ったと言っていい。亮介自身がかけた呪いを解くことなど、できるはずがない。
「――華子さん、嬉しいことでもあった?」
古崎美恵がそう尋ねてきた。
「ううん、なんで?」
「なんだか、嬉しそうに見えたから」
「そうかな?」
華子は笑みを作った。
意外にも、古崎美恵との関係は良好である。というより、とても自然な関係なのだ。釣り合っている。この表現が一番しっくりくる。古崎美恵がどう思っているのかはわからないが、華子はこの関係もまあまあいいのではないかと思い始めていた。
華子の予想に反して、古崎美恵と伊坂優太の恋人関係も継続していた。どうやら、古崎美恵が伊坂優太にゾッコンという話は事実らしい。華子はそれを面白可笑しく思う。
「――伊坂君はいないの?」
当の伊坂優太の姿はその場にいなかった。古崎美恵はどちらかというと、独占力が強いほうだ。何度か、食事の場に引っ張り出していたのを見たことがある。
古崎美恵は苦笑を浮かべた。その笑みが、どこか大人っぽく見えて、どきりとする。
「最近、ユウ君、友達と食べるようにしてるんだって」
「友達?」
イマジナリーフレンドか? と一瞬でも疑ってしまった。失礼だと思いつつも、驚きを隠せなかった。華子の様子を察したのか、古崎美恵が説明する。
「少しずつだけど、ユウ君も人と関わることを始めててね。そういうの、尊重していきたいから」
「……へぇ」
何か、心のどこかでズキリとした痛みを覚えた。その痛みの名前を知っていた。知っていたからこそ、目を見開いていた。
これは、敗北感に近い。
自分は今、目の前のカップルに負けたのだ。何に負けたのか。明確な言語化は不可能だ。しかし、何かが違う。停滞し、永遠を願う自分と、何かを変えようとする伊坂優太たちとの間には、深い溝がある。
急激に、華子には古崎美恵が、伊坂優太が、遠い存在のように思えた。華子は目を伏せた。その感情を必死に押し殺そうとしていた。
「あ、華子さん――」
華子は顔を上げる。古崎美恵が別の方向に目を向けていた。
「館崎君、来てるよ」
「え?」
華子は反射的に振り向いていた。扉の先に、亮介がいた。華子は息を呑む。そして、充足した幸福感が溢れた。要件はいい。自分の前まで来てくれたこと自体に、意味があるのだ。
しかし、その幸福感は途端に萎んだ。亮介の顔が引き攣っていたからだ。何かを堪えるような、真剣な顔つきだったからだ。華子の警戒度は上昇する。
――ああ、嫌な予感がする。
小さな音を、聞いた気がした。
*
華子は亮介に校舎裏まで連れて行かれた。
いったい、何の話があるのだろうか。わざわざ人目のつかない場所に呼ぼうとしている辺り、危険な匂いがする。自分のこれまでの行動を振り返る。――いや、バレるようなことはしていないはず。協力者の伊坂優太と古崎美恵は何も口にしていないはずだ。そもそも、若井チサだって、口をきけない存在になっている。
「りょうくん、どうしたの?」
「……ああ」
亮介と向き合う。彼の表情に違和感を覚える。とても、苦しそうな顔だったからだ。不幸を抱え込み、その重さに潰れそうに映った。
「華子……、ちょっと、聞きたいことがある」
警戒しろ。動揺するな。
華子は飛びきりの笑みを作った。
「うん、なに?」
「チサのことだ」
――チサって。名前呼びするなよ。口から飛び出しそうになる言葉を飲み込む。亮介は顔を上げた。……ちょうど、屋上が見える。この地点なのだろうか。若井チサが倒れていた場所は。
「あの日、俺は遺書を持っていた」
「うん」
「俺の恨みを綴った遺書だ。俺が、罰ゲームで、チサを駆り立てた」
「……そうだね」
「それは、本当なのか?」
どこでだ。どこで気づいた。
何をした。自分はボロを出していた。
わからない。わからないが、嫌な気分だということはわかる。詰められている。必死に逃げないといけない。――ただ、音がうるさい。この音は、なんだろうか。
「華子。お前、なんで。チサの遺書の内容を、知ってたんだ?」
崩れるような、壊れるような。
「チサのことと、関係があるのか?」
破裂した、音が響く。
世界が、瓦解した、音。
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