虚像
「いいよなぁ、館崎はなぁ……」
西尾はけらけらと笑いながら、いつもどおりの呑気な口調で言った。亮介は口にしていたサンドイッチを飲み込む。華子の手作りであったサンドイッチは美味だった。ただ、素直に美味しいと口にできなかった。そういった、素直になれない部分が塵のように積もっていき、亮介の胸の内に溜め込んでしまっている。
「……なにが?」
「あれよ、華子さんっすよ」
華子さん、と西尾は言う。A校の華子さん、と広まるようになった名は、認められた証拠だった。あのイモ女は消えた。今あるのは、誰からも愛されるような、そんな美少女だ。
あれほど馬鹿にしていた西尾でさえ、華子さん、という名を本気で使っている。亮介はそのことに、違和感を覚えずにはいられない。
「その手作りだってよぉ、あぁ、羨ましいぞ、この野郎」
「うるせえ」
「ちぇっ、クールぶりやがってさぁ……」
西尾はぶつくさ言いながら床をこついた。
亮介たちがいる場所は屋上に続く扉の前、階段に腰を下ろしていた。ここはある種の穴場だ。教師の目から逃れられ、スマートフォンでのゲームや、男子たちの間で回されている十八禁の書物を読む場所としても最適だ。もとは屋上を使っていたが、
「なあ、西尾?」
「ん? 恋愛相談か?」
「違うっての」
「恋愛ってのはなぁ、向き合うことだと思いますよ、俺は。その子のケツの穴まで愛せたら、それはもう一生ものだと――」
「違うって言ってんだろ。つうか、なに言ってんのお前?」
亮介は呆れた息を洩らしながら、本題に触れた。
「罰ゲームのことなんだけどさ」
「ああ、最近してねえな。またやるか?」
「いや、それはいいんだけど」
二度としない。そう、心に誓っていた。ズキリとした胸の痛み。この話題を自分の中で整理するのに三ヶ月もかかってしまった。
「罰ゲームって、もともとどういう経緯で生まれたんだっけ? 覚えてるか?」
亮介は、
「んぁー、罰ゲームか……、あれは、いつだっけなぁ……?」
亮介は罰ゲームが始まった日を覚えていなかった。記憶が薄らいていたのだ。あの悲劇が起きた原点のはずなのに、それに対しての関心が低い。低すぎる。自分の残酷さに驚き、おぞましく思った。
「ああ、あれじゃね? いつかのコンビニ」
西尾は記憶を絞り出し、それを口にした。いつかのコンビニと言われても、記憶は蘇らない。
「学校帰りにコンビニに行ったろ。暑かったからアイスを買おうってなったんだ。――たぶん、夏なんだろうな――普通に買ったって面白くないだろ? ジャン負けしてアイスをそいつが全持ちするって話になったんだよな。誰だっけな、俺や館崎ではなかったような――」
薄っすらと、亮介は思い出していた。
コンビニの前でじゃんけんをする自分たち。たったの三択で一喜一憂する。負けた者がアイスを買うとさらに大盛り上がり。それが、起源だったのか。それだけで、自分たちは味をしめてしまったのか。
――たった、それだけのことで。
あの悲劇は、起こってしまったのか。
愕然とする。……そう、こうなるなんて知らなかった。今更、知らなかったでは済まない。それでも、自分は知らなかったと言い張りたくなる。この出来事を、起こしてしまうとは。
――あなたをゆるさない
その遺書の前に、自分は言えるのか。
……言えない。言えるはずがない。
「まあ、今にしてみればガキ臭えのかねぇ。あの頃は若かった――って、今も若いわっ」
ワカイ。若井。若井チサ――……。
彼女の顔を、亮介は思い出す。
「――若井チサについてどう思う?」
「へっ?」
西尾は目を丸くした。彼にとって見れば、突然話題に入ってきた名前だったため当然の反応と言えた。しかし、この屋上。事件現場とも言える場所は、西尾に若井チサの出来事を想起させていた。わずかに顔をしかめる。
「まあ、気の毒だわな。お悔やみぐらいしか言えねえけど」
逆に、それ以上言っても、不自然なだけだ。
「なぁんも、知らねえもんな。俺は。……あ、館崎は元カレだし」
「俺もだよ」
「……ん?」
「俺も……」
何も知らない。若井チサについて、何も知らなかった。罰ゲームで繋いでいた自分たちは、不純だったのだから。
「……知らない」
不意に、言葉が途切れる。
「
亮介は目を見開いていた。
「おい、館崎。どうした? なんか様子変だぞ。振られたか? 振られたんだな?」
西尾の言葉は耳に届いていなかった。亮介はある可能性にたどり着いていた。その推測に言葉を失っていた。音、音が聞こえる。何かが壊れる音。もしかするとそれは、罰するためのカン、カンという木槌の音だったのかもしれない。
――若井さんは、許さないってりょうくんを憎んでた。だって、罰ゲームはそれぐらい、ひどいことだったから。だからね、りょうくん。あなたに尋ねたいの
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