第三部 贖罪
俺たちはどこで間違ったのだろうか
目を覚ますと、寝顔の華子がいた。
亮介は小さく息を吐く。吐息によって華子の前髪が揺れた。化粧を落とした華子はいくぶん幼く見えた。しかし、日々磨き続ける容姿は、確かな美しさを宿していた。
亮介は華子を起こさないように身体を起こす。上に被っていたシーツがよれて、全裸の自分たちが見えてしまう。白い肌。――もう、何度も見てきた。
亮介は華子のもとを離れて、洗面台に向かう。水を流し顔を洗った。冷水が肌に当たり、意識を強制的に覚醒させる。
鏡で、自分と対面する。
腑抜けた、自分の顔を。
「……ひでぇ顔」
まるで、幸福と不幸を混ぜたかのような表情だった。側面から見れば幸福に見えて、別の面から見れば不幸に見える。亮介は自分でも理解できない感情に苦しさを覚えた。
あの出来事から三ヶ月が経過する。亮介は華子と正式に恋人になった。西尾からはからかわれたが、そのからかいには微かな嫉妬さえ滲んでいるように聞こえた。亮介と華子。学校では周知となる関係は、はたまたベストカップルなどと呼ばれているらしい。
亮介はこの三ヶ月間、華子の彼氏として自分を振る舞い続けた。――その期間が、自分を強く歪ませようとしている。この関係も悪くない。自分の感情が嫌でも変化しようとしているのがわかる。
自分は、華子を好きになりかけている。
――
この感情は本物なのだろうか。
ある種の強迫観念なのではないか。亮介はそう思わずにはいられない。この感情もまた偽物で、自分はそう思い込みたいだけなのかもしれない。そうすることで、贖罪をしているつもりなのか。
あまりにも酷い。自分の罪深さに吐き気がした。あの日以降、亮介は罰ゲームをしなくなった。もう、できなかった。若井チサがしたことは、亮介の心の奥底に傷跡を残した。
「――りょうくんっ」
がばっ、と背中にのしかかる重さ。柔らかな感触。スーツを被る華子が亮介を後ろから抱きついていた。
「おはよう、りょうくん」
「……ああ」
華子はまだ寝ぼけているのか、亮介の首元を小さく噛みついた。微かな痛み。訴える間もなく、華子は離れた。首元に小さな跡が残る。
時折、華子は亮介に噛みつく。それが所有物を証明しているように思えてしまう。亮介と華子は隣になって支度を始める。
「――ねえ、りょうくん」
支度が遅い華子が口を開く。
「なに?」
「もう一回、
支度が遅い原因とは、それが理由らしい。亮介は首を振る。
「学校だろ。サボるつもりはないな」
「えぇ、いいじゃない」
華子らしくない、――否、今の華子らしい口調で甘える。しかし、華子は生活上では亮介の意見に従うのである。むっとした表情を浮かべながらも、その会話自体を楽しんでいるような余裕があった。支度をし始める。亮介はその姿を眺めていた。
「……ほら、準備するぞ」
「はぁーい」
頬が緩む。その直後、引き攣りを起こしていた。なんとも言えない、ギリギリ笑みと言える表情を彼は浮かべていた。
自分たちはいったい、どこで間違い、この結末を迎えようとしているのだろうか。
*
華子はその日常に満足していた。
華子の母親はこの三ヶ月間でまったく帰らなくなった。それを良いことに、華子は亮介を家に連れ込んでいた。今日もまた泊まりにさせた。亮介の家では、息子が家に寄り付かないことを気にしないらしい。――その家庭環境の歪さも、似ている。
華子と亮介は二人して家を出た。四六時中、華子たちはともにいる。
それが、華子の求めていた幸福の形だった。
あの日の出来事が遠い過去のように思える。若井チサの起こした行為は徐々に学校からも忘れ去られている。自分のしたことを、華子は悔いていない。すべては、正当化されるべき理由があったのだから。この幸福のための、必要な礎だったのだから。
自分たちは、何一つ間違っていない。
華子は、今、幸せだった。
そっと亮介の手を絡める。遅れて、亮介の方も握り返してきた。その力強さに意識を強く寄せ始めた。
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