誓いの正体
華子には目標がある。
この恋人関係を確実なものにすることだ。そのためには、館崎亮介が自分のことを好きになってもらわないといけない。しかし、現実問題、人の感情を動かすのは容易ではない。ならば、罪悪感を募らせる手段を使って、恋人関係を確固たるものにする。
華子が若井チサの遺書を館崎亮介に置いたのは、そんな意図が込められている。館崎亮介は若井チサの遺書を見る。そこで、初めて罰ゲームの深刻さを認識することになる。後はじっくりと、華子が追い詰めればいい。
「あなたは、とても傲慢だ」
館崎亮介の逃げ道を、華子は潰していく。
館崎亮介は目を泳がせる。これ以上にないほど動揺している。あと一歩。徹底的に館崎亮介を壊してみせる。
「人を好きになるって、すごいことなんだよ? それを、平然と裏切って、ネタにして、笑って。それが、許されることだと思う?」
「……誰だって、してるだろ」
もちろん、知っている。
誰だって、やっていることだ。しかし、館崎亮介は知らない。その、誰かに華子は入っていない。自分はネタにしたことがない。されただけだ。された人間が、したことがないなんて、当たり前のことだ。その当たり前を館崎亮介は知らない。彼はいつだってネタにする側の人間だから。若井チサも、古崎美恵も、彼らは皆、
「りょうくんは、自分が女の子から好かれて当然だと思ってない?」
お前たちはいつだってそうだ。自分の都合通りに進むのが当然だと思っている。華子の記憶に浮かんだのは、自分の机の上に座っていた若井チサのことだった。
若井チサは華子の机を占領していた。何も言えない華子を馬鹿にしていた。――その都合の良さに腹が立つ。
「罰ゲームはいつから始まったのかな。それ自体は、問題がないと思うよ。ただ、告白に関してのみは、わたしは肯定できそうにない。だって、あまりにもひどいことだもの。――はっきり言って、不快」
この罰ゲーム自体は、嫌いだ。
自分は罰の象徴ではない。しかし、今は罰してあげよう。この罰を館崎亮介の奥底まで刻み込んであげよう。
「若井さんは泣いてたよ」
彼女は飛び降りる寸前、何を思ったのだろうか。泣いていただろうか。――それはない、と華子は思う。あの気が強い彼女のことだ。最後まで自分を恨んでいたに違いない。あの、遺書がそれを証明している。
「ねえ、りょうくん。わたし、思うんだ。どうして、若井さんが
館崎亮介は首を振る。
それを拒絶する。
「若井さんは罰ゲームの告白にショックを受けたから、あんなことをしたんじゃないの?」
決定的な言葉を投げかけても、館崎亮介は認めない。まだ、逃げる。
「あいつは、そんなことであんなことをするやつじゃない」
あなたが若井チサのことをどれだけ知っているというのだろうか? 笑いたくなる。あなたは何も知らない。何も知らないのだ。
――あくまでも、自殺の後押しをしているのは館崎亮介の罰ゲームなのだから。
「そうかな? りょうくんは、若井さんのことをどれだけ知っているの?」
「お前こそ、あいつをどれだけ知っているつもりなんだ」
知っているさ。あなたよりは、多く。
「罰ゲームで成り立っていた恋人関係なのに、りょうくんは、若井さんをちゃんと見ていたの?」
偽物の関係は崩れていく。
今こそ、本物の関係へ。
「りょうくんは、告白を罰ゲームにしちゃうような、そんな人なんだよ? 相手の気持を理解できるような、そんな大層な人間なの? ――違うよね? りょうくんは、若井さんの背中を押しても同然なんだよ」
「違うッ!」
違わないよ。
「りょうくん。目をそらしちゃだめだよ。わたし、見てたよ。りょうくんはあの日、何か紙のようなものを持ってたよね? あれは、若井さんの遺書だったんじゃないの? そこには、なんて、書いてあったの?」
――あなたをゆるさない
「持ってなかった」
――あなたをゆるさない
「嘘だよね。もう捨てちゃった? そりゃあそうだよね。バレたくないもんね。自分が若井さんがあんなことになった原因だなんて、思いたくないもの」
「違う、違う……」
――ゆるさなくていいよ
落ちた。
華子はそれを悟った。ただトドメの一撃を放つために、華子は優しい声音を作る。
「ねえ、りょうくん。聞いて」
慈愛の笑みを浮かべて、彼に尋ねるのだ。
「わたしはね、あなたのしたことに怒っているわけじゃないの」
「……は?」
「りょうくんは、反省しているでしょう? 自分のしてしまったことに、後悔しているでしょう?」
「若井さんは、許さないってりょうくんを憎んでた。だって、罰ゲームはそれぐらい、ひどいことだったから。だからね、りょうくん。あなたに尋ねたいの」
これで終わり。
「
華子は館崎亮介の手を強く握った。そのまま覆いかぶさるように、館崎亮介をベッドに押し倒した。
「りょうくんは、わたしを裏切らないよね?」
館崎亮介は小さく頷いた。華子は心の中で歓喜していた。
……ようやく。ようやく。
「じゃあ、証明して?」
華子と館崎亮介は肌を合わせる。唇を重ねる。貪るように、館崎亮介を喰らい尽くす。一片足りとも、奪わせるつもりはなかった。この身体も、唇も、肌も、瞳も、息も、魂さえも。すべて、華子のものだ。激しくぶつかる感情の嵐。華子の成就は、最も醜く、美しく行われた。眠る亮介の顔を華子は眺めていた。唇にそっと口づける。ひんやりとした、柔らかさ。
「……ふふっ、ふふ」
華子は、一人嗤う。
第二部 完
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