瘡蓋

 華子が学校に来なくなってから、一ヶ月が経った。

 最初こそ、華子の欠席には誰しもが心配していた。が、時が積み重なるにつれて、不穏さを孕みつつあった。何かがおかしい。それが不登校と呼ばれる名を与えられるようになると、一気に湧いた。

 特に、彼氏であった亮介には理由を尋ねようとする仲が大勢いた。亮介はそれに対して答えることができなかった。できる術がなかった。

 ある意味、これは破局に近い。

 それも、最も最悪な終わり方として、だ。

 ある方面からは、亮介が華子の長期欠席に無関心であると非難していた。……もちろん、関心がないわけではない。ただ、関心を持ちたいとも思えなかった。

 若井チサ。そして、あの出来事。

 華子はそれに関わっていた。本人曰く、若井チサを殺したのは自分だという。華子は最後まで弁明らしいものをすることはなかった。できれば、してほしかった。それすらも、してくれなかった。

 亮介の中には、言語化出来ない怒りが込められていた。本来であれば、釈明すべきだ。華子は、一対一で語るべきだったのだ。どこかで、自分たちは失敗した。おそらく、後戻りできない部分までたどり着いてしまったのだ。

「……なあ、館崎?」

 昼休み中、西尾が尋ねてきた。

「あんだよ」

 わずかにやさぐれている亮介が答える。

「お前さ、別れたん?」

「はぁ?」

「いや、草鹿さんと? どうなん?」

「――誰かが言ってるのか?」

「まあ、石野とか?」

 余計なことを。亮介は怒りの燃料を投下された気分に陥った。ひどく落ち着かない。西尾は亮介の反応に当たりをつけて、ニヤリと笑う。

「まじで、別れたん?」

「知らねえよ」

「へえ、まじか。へぇ」

「しつこいぞ」

 西尾は茶化すのをやめない。ニヤニヤと笑いながら、予想外のことを口にした。

「なら、俺にもチャンスあるかなぁ」


「――はぁ? ふざけんなよ」


 思いの外、強い口調になっていた。西尾は固まる。驚いたように目を丸くしていた。それは亮介も同じだった。自分の反応に絶句した。――どうして、ムキになる。

 西尾は気まずそうに視線を逸らした。ネタに走ったつもりが、額縁通りに受け止められてしまった。そんなふうに思っているに違いない。亮介も、自分の不甲斐なさを恥じた。

「館崎。なんか困ったことがあったら、言えよな」

「……」

「軽い食事なら付き合ってやるから」

「……お前持ちだろうな?」

「ざけんな。付き合ってやってんだから。お前が払え」

 亮介は苦情した。察しの良い悪友に感謝したい思いだった。


  *


 西尾との昼休みを過ごした放課後、亮介は華子の家に向かっていた。

 華子の家に着くまでの間、何を口にすべきか考えていた。しかし、結局思うような言葉が浮かぶことはなく、彼女の家まで到着してしまう。

 インターンホンを鳴らした。ボロ家のためか、軋むような音が響いた。返答はない。……いないのか。居留守なのか。判断がつかない。おそらく前者だろう、と亮介は思う。小さく息を吐いた。安堵している自分がいる。そのことに表情を歪ませた。自分はどうして、いつもなのだろうか。

 亮介は華子の家を後にしようとした。

 ……目の前に人がいた。 

 彼女(という年齢かはさておき)は目を丸くしていた。似ている。何かが似ているのか、その正体に気づくよりも早く、彼女は言った。

「もしかして、?」

 彼女は、華子の母親だった。


  *


 華子の母親は近くの公園まで亮介を連れて行った(強引に)。亮介は流れるような展開に茫然としている。

「あなたが、彼氏ねぇ……」

 華子の母親は亮介を眺めている。無遠慮さに不快感を覚えた。……しかし、華子に似ていた。雰囲気が、とても近い。

「いつも娘がお世話になってますね」

「……いえ」

「あ、でも。今は学校に行ってないみたいだならねぇ……」

 自分の娘のはずなのに、希薄だった。違和感を覚える。同時に、既視感もあった。まるで、自分の両親を見ているようだったからだ。華子の母親と顔を合わせるのは初めてだが、直感的にわかる。

 この母親は、おかしい。

「わたしね、一度会ってみたかったのよねぇ。りょうくんに」

 そう、自分を呼ぶな。言いかけた言葉を飲み込む。

「小学生から、りょうくんのことが好きだったからねぇ、あの子――」

「  」

 華子の母親の言葉を、亮介はほとんど聞いていなかった。衝撃が大きかったのだ。自分のことを、小学生のときから? 記憶が刺激される。ズキリとした痛み。

 ――あの、覚えて、ますか?

 じりじりと、締め付けられるような痛み。噴き上がる記憶の奔流。亮介は目を見開いた。硬直していた。

 ――……いや。あんた、だれ?

「あ……」


  *


 ――草鹿は? 俺のこと、いつから?

 ――……前から、だよ

 ――若井よりも?

 ――ずっと、ずっと、前から

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