矛盾性の話
亮介が彼らに呼び止められたのは、華子の母親に会ってから三日後のことだった。最初、名を呼ばれたとき、亮介は困惑した。その相手が、まさかの伊坂優太と古崎美恵だったからだ。
古崎美恵の方が話すと思いきや、伊坂優太が口を開いた。
「もしよければ、このあと、話す時間はありますか?」
「……は、は? お前と?」
「はい、僕たちとです」
亮介は不思議に思った。伊坂優太はこのように、毅然と対応するような人間だっただろうか。亮介の認識では、まず間違いなく、イモ女だった頃の華子と同類であると思っていた。見た目が特別変化したわけではない。ただ、古崎美恵と付き合い始めてから、何かが変わった。
「……わかった」
亮介と伊坂優太、古崎美恵は近くのファミリーレストランを訪れた。人の目を気にせず、話せる場所といえば、と古崎美恵が提案したからだ。
いったい、なんの話をされるのか。亮介が訝しんでいたが、突然、伊坂優太は言った。
「――すみませんでした」
謝罪――……。亮介は目を見開いて、固まっていた。その内容を実際に聞いて、さらに仰天とする。
曰く、いつかの華子とのデート写真を流出したのは二人だという。ウタというアカウント名の構造など、どうでもいい情報も付け加えて、彼はその話を口にした。
二人の認識では、亮介と華子の仲をできる限り進展させるつもりだったらしい。これは、あくまでも延長線上だと思い込んでいた。
「……なんで、伊坂たちが協力するんだ?」
「恩人なんです」
もともと、二人が付き合うきっかけになったのは、華子の一言があったかららしい。その事実に、戦々恐々としたものを覚えた。罰ゲームの内容で、亮介は二人の告白予想ギャンブルをしていた。そして、負けた。この一連の裏側にも、華子が糸を引いていたのか。これまでの罰ゲームも、もしかすると――。
「……ほんとうに、すみませんでした」
伊坂優太は頭を下げる。亮介はなんとも言えない表情を浮かべていた。怒りは湧いてこない。事実を事実として処理しきれなかった。
「――館崎君」
そこで、初めて古崎美恵が口を開いた。
高嶺の花とも呼ばれる美少女を前に、亮介は威圧された。彼女は怒っているようにも、泣いているようにも見えた。
「一つ、お聞きしたいことがあります」
「……」
「華子さんのこと、好きですか?」
*
亮介はそれに答えなかった。しばらくの間、亮介と古崎美恵の睨み合いは続く。長くも短くも感じた沈黙を彼女自身が壊した。
「私は、華子さんが貴方を恋人になるために色んなことをしているのを察してました。」
色んなこと。柔らかな、あまりにもオブラートに包まれた表現をした。
「華子さんの恋を、応援していました」
「……なんで、古崎が?」
純粋な疑問だった。いっそのこと、何かしらの打算さがあった方が納得できた。古崎美恵は苦笑を浮かべる。
「私、友達少ないんですよ、実は」
「……」
「自分がみんなから高嶺の花なんて呼ばれ方をされているのも、知ってます。けれど、誰も、私を見てくれない。見ているのは、高嶺の花である私なんです。きっと、高嶺の花と聞いただけで、美少女然とした妄想を、人は浮かべるんです。……贅沢な悩みですかね?」
「……かもな」
「ええ、私も、そうなのかもしれないと思ってます」
それは古崎美恵にしかわからない悩みなのだろう。亮介は安易に頷くことや、共感することはしなかった。おそらく、正解だった。
「打算的な理由です。私を、私自身を見てほしい友人が欲しかったんです」
「……それが、華子か?」
「はい」
華子さんはきっと、そんなふうに思ってはいないだろうけれど。自嘲するように彼女は言った。
「――私からは、どうしても、貴方に知ってほしいんです。華子さんが、貴方のことを本当に好いていることを」
「それは――……」
言葉が出てこない。
信用できない。そう、言いかけた。素直な恐怖心もあった。これまでの行いが、亮介を躊躇させている。
「華子さんはきっと、寂しいんです」
「……寂しい?」
「寂しい。けど、認められないんです」
寂しい。けど、寂しいと思われたくない。一人になりたい。けど、一人になるところを他人に思われたくない。恋人なんていらない。けど、いない自分が恥ずかしく仕方がない。自分は醜い存在だ。けど、他人に醜いと思われたくない。
そんな、矛盾性の話。
「館崎君だって、そうでしょう?」
「俺は――」
「誰かを、貴方を、愛したいんです。愛したけれど、華子さんは、それよりも、貴方に愛されたかった。自分本位です。それは私にもわかります。身勝手だと怒りたくもなります。でも、
華子さんは、その気持ちが誰よりも、強い。その強さが、草鹿華子なのだ。
「どうか。華子さんと、向き合ってください。――お願いします」
数秒、亮介は黙り込んでいた。
「……なあ」
「はい」
「古崎は……、どういう立場なんだ?」
古崎美恵は目を丸くした。
やがて、微笑みながら答える。
「――親友です」
*
亮介は、小さく息を吐いていた。
華子の家の前に立っている。インターホンを押した。おそらく、彼女は出ない。予想通り、彼女は応えなかった。
亮介は仕方なく、鍵穴に鍵を差し込み、扉を開けた。驚いた物音が聞こえてくる。亮介は構わず家に入り込んだ。
目を見開く華子が固まっていた。実に一ヶ月と二週間ぶりである。どこか、イモ女然とした空気感が戻りつつあった。どことなく、違和感を覚えた。
「母親から鍵は貰ってるんだよ」
亮介は種明かしをする。華子は舌打ちをした。そして、亮介から視線を逸らす。
「……なに?」
「今から出かけるから。準備しろ」
「……え? ……は?」
「ほら、早く。支度は待ってやるから」
「え、あの、りょう――……、どういう」
亮介は答えない。華子が準備をするまで粘るつもりだった。自分の大胆さに驚いてもいる。華子はなんとも言い難い表情を浮かべていたが、部屋に戻っていく。数十分後、ある程度の支度を整えてきた。ギリギリ人前で出ても問題のない地味な格好だった。
「……どこに、行くの?」
亮介は立ち上がりながら言った。
「――
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