不揃いな鏡

 ――……その目は、不揃いでもねえよ。綺麗だ

 華子は、その言葉を思い出していた。今でも、これからも、何度だって思い出すであろう言葉。それが華子に最後の決断を下せる力となった。

 華子は、自分というものを振り返る。

 そうして、ようやく自分というものの存在に気づいた。華子の本質は鏡なのだ。誰かを映し、それを真似する。

 華子は昔から引っ込み思案な性格をしていた。自分でも嫌になるような生き方をしていた。

 その根源をたどれば、母親に行き着くのだ。母親もまた、最悪な性格をしていた。生きていることすら申し訳なさそうにしている。いつだって、周りの目が気になってしまう。華子は、そんな母を見て育った。

 鏡は、華子に影響を与える。

 自分というパーソナリティは、母によって形成されていったのだ。それだけは、間違いない。

 ならば。自分が鏡であるならば。

 若井チサのようにもなることができるだろう。

 若井チサ。館崎亮介の元カノ。

 その性格はざっくばらんとしていて、ある種の明るさがある。同時に、自己主張がはっきりとしている。我が道を行く。振る舞いに対して、周りの目を気にしない。それが、若井チサなのだ。

 さらに言えば、それは館崎亮介にも該当する部分があるのではないか。似た者同士。そのため、二人は通じ合う部分があった。これまでの華子にはなかったものだ。華子は若井チサをイメージする。自分の理想と現実をすり合わせていく。外面に合わせた内面へ。

 華子は、新しいものを映した。


「――りょうくん」


 華子は、生まれ変わった。


  *


 新しい華子の振る舞いは良い意味で反響が良かった。華子自身も、この振る舞いこそがかつての自分だったのではないかと錯覚するほどだ。事実、かつての自分に対する嫌悪感は増していた。

 華子の変化に対して、古崎美恵はなんとも言いがたい表情を浮かべていた。

「華子さん、変わった」

「え? そうかな?」

 華子は笑みを浮かべた。

「――もし変われたように見えているなら、美恵のおかげだよ」

 きっと、今の華子であれば、こう言うのだ。口にすると、妙にすっきりする。しかし、古崎美恵は表情を引き攣らせていた。あ、うん。と微妙な反応を返す。華子はその行動の意味について考えようとした。

 つまり、嫉妬しているのだろう、と。

 古崎美恵は元々、自分のことを疎んでいた。それがまさか、脅威的な存在になるとは思っていなかった。そう言いたいのかもしれない。

 あるいは、伊坂優太を取られてしまうのではないか、と危うんでいるのかもしれない。正直、伊坂優太は眼中にない。自分はもはや、古崎美恵も越えたのだ。

 古崎美恵という人間が、華子にはちっぽけに見えるようになっていた。なぜ、古崎美恵は伊坂優太のことが好きなのだろうか。興味が刺激され、華子は問うていた。

「美恵は、どうして伊坂君と付き合ってるの?」

「……え?」

「どこを好きになったのかなぁ、って」

 古崎美恵は一瞬の間のあと、答えた。

「自分には、絶対にないものを持っていると思ったからだよ」

「……?」

 予想外の答えに華子は首を傾げた。

「私とユウ君の違い。それはなんでしょう?」

 古崎美恵はクイズのように放り出した状態で、肝心な答えを口にすることはなかった。


  *


「――ねえ、ちょっとさ」

 今にして思えば。これは運命だったのかもしれない。華子の心の中でも、決着をつけたい部分があった。それだけは間違いない。

 そのときが訪れることをどこかで察していたのか、華子は動揺しなかった。その声を聞き、振り向いていた。

「話があるんだけど?」

 そう、若井チサが言った。

 華子は微笑みを返す。

「――うん、わたしも話してみたいなって思ってたの」

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