外面と内面の不一致
「その眼鏡、外さないの?」
「……これだけは、ちょっと」
古崎美恵の協力のお陰で、華子の容姿は見栄えするようになっていた。これには古崎美恵自身にとっても予想外の結末だったと言える。
華子は自身の髪や化粧した姿をして、居心地が悪そうにしている。これまでの自分の容姿とは乖離する。それがひどく落ち着かないのだ。
……華子は引き攣った顔を浮かべながら、首を振る。
「とにかく、ありがとう。古崎さん」
「美恵でいいよ、華子さん」
古崎美恵は小さく微笑む。上品な笑みだった。その素振りは自然と身についていて、彼女が古崎美恵であることを成立させている。
「明日が楽しみね」
「……はぁ、そうですね」
館崎亮介の顔が一瞬浮かんだ。
生まれ変わった自分の姿を、館崎亮介は見てくれるだろうか。古崎美恵の言葉に釣られたわけではない。そう言い聞かせつつも、華子は自身の高鳴りを抑えつけるのに必死だった。
*
――が、結果には、なんともいえない。
それは、この眼鏡が原因なのか。あるいは、華子に何かしらの瑕疵があるのか。館崎亮介は驚きの顔をしているが、それは魅入るという感覚ではなかった。意外さはありつつも、恋愛的要素を感じさせない。
代わりに、他の人達の反応が変わった。露骨に視線を向けてくる男子や、話しかけようとする気配を見せる女子。華子は静かに驚いていた。同時に、失望もしていた。
結局のところ、人は外面で判断されるのか。その真理は、古崎美恵の言葉と同じだった。彼女は既に世界の構造の一部を知っていた。華子は知らなかったのだ。
本当に見て欲しい人。――館崎亮介だけが、自分を見ていない。それがひどく億劫だ。
華子は密かに伊坂優太に連絡を取った。昼休み、図書館に来い。その連絡に対する返答に華子は顔を顰めた。
『美恵さんもいますが、大丈夫ですか?』
大丈夫なわけねぇだろ。
*
「わっ、華子さん。綺麗」
古崎美恵は華子の姿を見ると、感心した声音を掛けてきた。華子は頷きをもって応えたつもりだった。
「……変わったねぇ、草鹿さん」
伊坂優太も目を丸くした。そのまま魅入るように視線が食いつき。
「……いでっ!」
伊坂優太は表情を歪ませた。よく見ると、足を押さえている。……一瞬、古崎美恵が伊坂優太の足を蹴ったように見えたのは気のせいだっただろうか。
「華子さん、ユウ君を呼んだのはワケがあるんでしょう? 私にも手伝わせて」
古崎美恵の腹の底が窺えない。
彼女は何を持って、自分に協力しようとしているのか。華子は結論を出せずにいた。ずるずると引きずっていく感覚。――あるいは、認めなくないのか。……いったい、なにを?
「……聞くに耐えない話だと思いますけど?」
華子が口にしたのは、写真流出の件だった。既成事実を作り上げることで、恋人関係を強固にする。わたしこそが館崎亮介の彼女にふさわしい。そう認識を作る。一度でも作り出してしまえば、後は周りが妄想してくれる。勝手に外堀は埋められる。内側が無理なら、館崎亮介の周りを固めてしまうのだ。
写真はSNSサイト上を通して投稿する。
古崎美恵は華子の話を聞いて、目を見開いていた。ああ、引いたな。と直感する。
伊坂優太は自分の撮った写真をそんなことに使われるのかと知って固まっていた。
「いや、でも、それは……」
伊坂優太が何かを言おうとした。が、それよりも早く、古崎美恵が言った。
「わかった。やろうよ」
「え、美恵さん?」
「いいじゃない。ユウ君」
華子に微笑みを返す。
「どうせなら、徹底的にやらない?」
華子は投稿する時刻、教室に戻っている。投稿をするのは、伊坂優太と古崎美恵だ。そうすることで、その時間帯に華子が投稿していなかったアリバイを作るのだ。
念の為、SNSのアカウントは新規で作ることになった。アカウント名はウタ。考えたのは、古崎美恵だ。
「ユウ君の名前は優太でしょ? ユウタ……、Uタ、ウタってこと」
目の前でいちゃつかないでもらいたい。
華子は精々としつつも、同時に、充足感のようなものを感じていた。もしかすると、この感覚が、華子がかつて望んでいたものの一つだったのかもしれない。その名前はまでは、華子は気付けなかったが。
*
◯匿名希望★
スクープ写真を撮っちゃったよーΣ(゚Д゚)
*
外面ができても、内面が一致しない。
華子はそれを強く実感していた。どれだけ取り繕うとも、中身は底が知れている。草鹿華子という人格は、どこまでも薄っぺらい。
投稿がされた後、館崎亮介は廊下に出てしまった。しばらく教室で待っていたが、周りから質問責めをされるぐらいで、館崎亮介が帰ってくる気配がない。
ジリジリと追い詰められた気がした。華子は廊下に飛び出す。――館崎亮介はどこにいるだろうか? 彼の反応が見たい。流出した写真をどう思っているのか。この、既成事実を、どう捉えるのか。
館崎亮介の姿が見えた。華子は声を掛けようとした。が、その寸前。
「――リョウ」
立ち止まっていた。
若井チサが、彼を呼び止めていたから。
……は? はぁ? は? はぁっ?
内心、混乱する。怒りが湧き上がる。
なんで、あの女と、館崎亮介が喋っている。別れたはずだ。元カノのくせに。どうして平然と、若井チサは話しかけている。なんだ。なんなのだ。ふざけるな。ふざけんな。華子の思考は怒りの言葉で埋め尽くされていく。やがて、何かを話し終えた二人は別れる。華子の目には、館崎亮介の方が未練が残っているように見えた。
「――館崎君」
華子は声を掛けていた。
……彼氏のくせに。わたしこそが、ふさわしいはずなのに。――華子は館崎亮介を見ていた。
「……なんだよ」
不貞腐れたような声音だった。
「さっき、若井さんと話してたよね?」
「ちょっとな。大したことじゃない」
「館崎君は、若井さんみたいの人が、好み?」
「……はぁ?」
「ああいう、明るい人のほうが、好み?」
そうなのだ。きっと、館崎亮介は
「……違うっての」
嘘つき。
「……そっか」
――リョウ。
そう、彼女は呼んでいた。
特別な呼び名だ。若井チサは、ある意味、特別だったのだ。ならば。
華子は決めていた。自分自身が、若井チサのようになればいい。
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