蛹
古崎美恵と華子は向かい合っていた。
古崎美恵に誘われるように(半強制的に)訪れた喫茶店。華子には到底似合わないような雰囲気を醸し出したお洒落さ。意外にも、伊坂優太は落ち着いている。古崎美恵の隣りに座りながら、珈琲を口に運んでいた。……忌々しいほど呑気だ。華子はこの状況を作り出した伊坂優太を睨みつける。が、効果はなさそうだ。
古崎美恵は伊坂優太から大体の事情を聞いていた。おそらく、伊坂優太が堪えきれず洩らしたのだろう。
「――大方の事情は把握してるから。警戒なんてしなくていいよ」
古崎美恵はにこりと微笑む。
その様子が余裕綽々といった感じで、華子は好かなかった。
「……なにが目的なんでしょうか?」
「草鹿さんは、館崎君のことが好きなんですよね?」
「……まあ」
今さら隠すことはできない。華子は小さく頷いた。
「そして、付き合っていると」
「……はい」
どれほど古崎美恵は事情を把握しているのだろうか。華子は二人の間にある微妙な駆け引きに思考を巡らせていた。――最悪、罰ゲームについても知り尽くしているのではないか。華子の画策はともかくとして。
「私にもぜひ協力させてください」
「……は?」
考え尽くしていた数十通りの答えとは予想外の答えが古崎美恵から齎された。華子は目を見開く。
古崎美恵は微笑を浮かべながら、説明を始めた。
「ユウ君の背中を押してくれたのは、草鹿さんだと聞きました」
ユウクン――? 華子は一瞬、それが何を指しているのか理解できなかった。しかし、遅れて、伊坂優太を指していることに気づく。伊坂優太は照れたように笑っていた。
は? ユウ君? 古崎美恵が、伊坂優太に向けて? 華子の頭は混乱している。
その混乱をよそに、古崎美恵は説明を続けてしまっている。
「私、これまで踏み込むことができなかったんです。中学の頃は、むしろ、草鹿さんとユウ君が付き合っているんじゃないかって勘違いして、勝手に苛立って……、そんなことばかりで」
そんなこともあった。あの追求に、古崎美恵の苦悩があったとは知らなかったが。
「だから、草鹿さんはわたしたちの橋渡しになってくれた、恩人なんです」
「……はぁ」
華子はなんともいえない反応を返すことしかできなかった。
だが、脳内では古崎美恵の協力はありだと告げていた。古崎美恵の言葉は純粋な恩義で動いているとは考えづらい。
その本質は、華子に借りを作りたくない、というのがあるのではないか。古崎美恵は伊坂優太から、告白に華子が絡んでいることを知った。もしかすると、その告白すら華子によって利用されていたことも理解したかもしれない。だからこそ、生まれてしまった借りを非常に屈辱的な意味を含んでいることになる。
もちろん、古崎美恵が表面上、恩知らずな行動をするとは思えない。ならば、この機会に返してしまえ、と。
「……なら、ご協力、お願いします」
「ええ」
古崎美恵は嬉しそうに(なぜ、嬉しそうに微笑んでいるのか――?)微笑むと、華子の手を掴んだ。
「なら、さっそく始めましょう」
「え、は?」
「ユウ君、今日はごめんね。これから、華子さんと行くから」
「うん、また今度」
「うん」
「え、あの。……ん、ハナコサン?」
華子は状況が理解できないまま、古崎美恵に連れ去られる。呑気に手を振っている伊坂優太を視界に留めた。――許すまじ、伊坂優太め。
*
そうして、華子が訪れたのは古崎美恵御用達である美容院である。華子は引き攣った表情で椅子に座らされていた。
古崎美恵は美容師に何かを話している。華子はその会話の殆どを理解できない。やがて、美容師は華子に声を掛けてくる。
「何か、髪型に要望はありますか?」
「え、は、……その」
「まずはね、外面を磨きましょう。外面が結局のところ、重視されるから」
古崎美恵の口からは信じられない言葉に思えた。これには遠回しに華子の容姿を揶揄しているとも解釈できた。ただ、古崎美恵があまりにもさっぱりとした口調で話すために、聞き流してしまえる。
古崎美恵は華子の表情から考えを察したのか、頬を緩めた。
「確かに、内面も重要だけれど。人って、外面から情報を作り出すのよ。外面から内面へ。ある程度の容姿というフィルターがあるから、内面も捉えることができる。見えない内面から外面なんて、できないでしょう?」
「……それは」
「案外、華子さんって、ロマンチストなんだね」
馬鹿にされた気がして、羞恥心が募った。
華子は美容師に意識を戻した。ここまで来てしまったら、やり抜くしかない。
「髪型は……」
頭の中にあったのは、モデルのポスターだった。美容師は頷くと、要望通りに髪を切り始めた。
*
「美恵ちゃんと同じ高校なんだってね?」
「あ、は、はい」
「えぇ、部活、なにかしてる?」
「それは――……」
「あ、綺麗な瞳。なんていうんだっけ? えっと、ん〜」
「あ、えと、その」
「シャンプーもするよね? あ、顔そりもだよねぇ」
「……」
*
――疲れた。
自分の変化した髪型の感動よりも、どっと疲労感が襲った。……確かに、髪はすごい。印象がガラリと変わった。ただ、疲れたのだ。
古崎美恵は満足そうに頷いていた。
「じゃあ、次は化粧ね」
「……え、まだ?」
華子はため息を飲み込んだ。協力関係を結んだのは間違いだったかもしれない。
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